旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

昭和から平成へ 激動の時代を見続けてきたロマンスカー【後編】

それから10年後の2007年になると、小田急電鉄80周年と初代ロマンスカーである3000形登場から50周年を記念して、再び登場時の塗装に塗り替えられました。 前回までは ところがロマンスカーを取り巻く環境は2000年代に入って一変します。バブル経済崩壊と長引…

悲運のハイパワー機 期待を一身に背負ったはずが【5】

実力を発揮できるまでもてる性能を抑え、ただひたすら軽い列車を牽き続けてきたEF200形は16年目にして日の目を見ることができました。 しかし、それは長く続くことはありませんでした。 2008年には、パワーを抑えた後輩であるEF210形と共通の運用、つまりEF2…

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第一章・その18「機関区での整備…台車検査と臨時検査」【前編】

◆機関区での整備…台車検査と臨時検査【前編】 前回までは 自動車に法定12か月点検と車検があるように、鉄道車両にも法定点検がある。車検に相当する全般検査は小倉車両所のところでもお話ししたように、文字通りオーバーホールになる大がかりな検査なので、…

昭和から平成へ 激動の時代を見続けてきたロマンスカー【中編】

前回までは ところが、この7000形は日本の鉄道史上、稀に見るできごとに出会うことになりました。あろうことか、ライバルである国鉄から高速試験のために貸し出してほしいというのです。 私鉄の、それも特急用の車両が国鉄線上を走り、国鉄の手による試験運…

悲運のハイパワー機 期待を一身に背負ったはずが【4】

前回までは さて、こうして就役した21両のハイパワー機、EF200形。 多くの期待を一身に背負いながら、東海道・山陽本線の高速貨物列車牽引の運用に就きました。ですが、開発当初の目的であった1600トン列車の高速運転は実現できず、当面は在来のEF66形でもこ…

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第一章・その17「門司機関区での添乗実習・・・日田彦山線のDD51」【後編】

前回までは ◆門司機関区での添乗実習・・・日田彦山線のDD51【後編】 東小倉駅を通過し、列車は小倉駅へと入っていった。小倉駅では鹿児島本線と日豊本線が分かれていく。列車はたくさんの線路と分岐器がある構内を、相変わらずのんびりとした速さで通過し…

昭和から平成へ 激動の時代を見続けてきたロマンスカー【前編】

いつかは乗ってみたい、そう思った列車もなかなか機会に恵まれずに、気がついたらもう引退直前になっていた、ということは多々あります。まあ、思っていてもなかなか行動に移すことができる時間がとれなかったというのも、理由の一つかも知れません。 小田急…

「のぞみ34号」重大インシデントについて元鉄道マンの考察と提言(10)

2.列車無線システムの見直し 前回までは・・・ 列車の運転中に事故など異常事態が起きた時に、現場の乗務員などと輸送指令が連絡を取り合う手段として、現代の鉄道のほとんどで列車無線が整備されています。 もともとは常磐線で起きた三河島事故を契機に整備…

悲運のハイパワー機 期待を一身に背負ったはずが【3】

新鶴見機関区を住処にしたEF200形の試作機901号機は、廃棄目前のコンテナに死重を積み込んだコンテナ車を牽いて試験を続けます。当初の予定どおりに6000kWという出力の余裕からくる性能のおかげで、20両編成1000トンの列車を余裕で牽くことができました。さ…

両手で開いた黒革のパスケースの中からは・・・

今日は全国的に夏日で暑かったです。なんでも日中は25℃を超えるところもあったとか。まだ4月なのに~と言いたくなってしまいます。まあ、今年は桜の開花も早ければ、散ってしまうのも早かったですから、夏が来るのも早いかも知れません。 その暑い中、今日は…