旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第一章・その18「機関区での整備…台車検査と臨時検査」【後編】

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◆機関区での整備…台車検査と臨時検査【後編】

前回までは


 機関区の検修は、大きく分けて午前と午後に作業がある。もちろん、ずっとぶっ通して作業をするわけにはいかないので、途中に10分程度の休憩が入る。この時間に水分を補給したり一服したりしてリフレッシュをしている。
 15時の休憩が終わり、検修庫内を歩いていると、突然、甲高い汽笛と野太いタイフォン、そして空気が一気に吐き出される「ブシューッ、スパン!」という音が庫内に大音響で響いて思わず飛び上がってしまった。
 鉄道マンにとって、出し抜けに汽笛を鳴らされると肝を冷やすどころか、最悪は列車にはねられるかもしれないと身の危険を感じてしまうものだから、私も庫内にいたとはいえ機関車が走ってきたのか!?と条件反射的に思った。
 だが、知る限りここは機関車が走るところではない。
 いったい何が起きたのかとキョロキョロと周りを見ると、私が驚いて飛び上がった姿を見ていた先輩たちは、みなニヤニヤと笑っていた。
 やっぱり検査中で台車を外されたEF81形の姿しかない。
 そのEF81形からは汽笛の音が出ていて、エアーが吐き出されて周りに砂埃が舞い上がっていた。さらに度肝を抜かされたのは、運転台の屋根上にある突起から信号炎管の炎が立ち上り、火薬の臭いが充満していた。
 実はこれも検査の一つだった。
 運転台には機関車でも電車でも、必ず赤い丸形の大きなボタンが取り付けられている。そのボタンには「緊急」と白文字で書かれ、プラスチックのクラッカープレートという強く押すと割れるカバーがついている。ちょうどビルや学校などにある火災報知器の非常ボタンと同じような物で、そのボタンを押すと自動的に非常ブレーキがかかり、汽笛を鳴らし続け、屋根上にある信号炎管を発火させ、さらには異常事態が起きたことを周辺の列車に知らせて強制的に停車させる防護無線を発報して二次災害を防ぐという、列車緊急防護装置と呼ばれる装置が備わっている。
 どうやらこの汽笛と空気の吐き出される音は、この列車緊急防護装置の作動試験だったのだ。
 それにしても、試験をするならするで事前に教えておいてくれればいいものを、何も知らない私や同期の研修生はビックリして肝を冷やし、ただでさえ夏の陽気で暑くて汗ビッショリなのに、冷や汗までかかされたではないか。
 いやはや、本当に驚かされた。
 ちなみにこの装置を作動させて吹鳴する汽笛は止めることができないようで、空気だめに溜め込んだ空気がすべて抜けるまで鳴り続けていた。空気がなくなる頃の汽笛の音はなんとも間の抜けた感じで、喉の擦れたラッパのようだった。
 後にも先にもこの防護装置が作動したところを見たのはこの一回きり。走行中にこの装置を使っては一大事。使われないことに越したことはない。

【この項終わり】