旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第一章・その19「臨時検査入場・・・その訳は」【後編】

◆臨時検査入場…その訳は【後編】

 ところがその後、まさか自分に降りかかってくるなんてこれっぽっちも考えてなかった。
 検査長から臨時入場する機関車を聞いて、人身事故を起こした車両は検査と修繕をしなければならないというのは本当なんだなと知った。そして、その機関車がED76形の1014号機というのもこの時知った。


前回までは

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 さて、人身事故を起こした車両はそのまま運用することができない。でも、定期検査の予定には組み込まれてないので、台車検査や交番検査を担当する班は作業ができない。そこで機動班の出番だ。
 機動班の人数はそう多くなかったから、各班から少しずつ応援の人を出して貰って、できるだけ早く検査・修繕を済ませて出場して運用に戻さなければならなかった。会社も国鉄時代とは違って、必要最小限の数しか機関車を持っていないから、いつまでものんびりと時間をかけている余裕はない。
 少しでも早く作業を終わらせるには人手がいる、ということで目を向けられたのは私たち研修生だった。
 私は先輩たちと一緒になって、機関車の下回りの油脂を取り除く作業を手伝った。ピットと呼ばれるレールとレールの間に掘られた穴に入って、動輪やモーター、台車についている油脂類を耐油グローブをはめた手で取り除いていく。
 こう書くととても簡単そうな作業に思えるかも知れない。でも、実際にはかなりの覚悟と根気の要る作業だった。
 というのも、人身事故を起こした車両は、一度洗浄されているとはいえ完全ではない。だから、多少なりとも人体組織が付着しているから、独特の臭いもしてくる。そして、取り除いた油脂類にそれが混ざっているが、完全に別けることができないので手で取るしかなかった。
 時には塊のようなものにも出くわすこともあり、それが人の一部だったと思いながら作業をするととてもじゃないが耐えられなくなるので、そのことは忘れて一目散に取り除くことだけを考えていた。

f:id:norichika583:20180428195011j:plain▲門司機関区構内にある仕業検査庫のED76形1017号機。仕業検査はほぼ日常的に行われる検査で、下回りはもちろん屋根上も車両係が検査をする。そのために、容易に屋根上に昇ることができるように階段と足場が備え付けられ、庫内の電車線(架線)は断路器で電流の遮断をすることができるようになっている。(1991年門司機関区 筆者撮影)

 先輩たちはといえば、慣れているというのはないかもしれないが、感状に流されず自分の仕事をこなしていた。ある先輩は感情を表に出さずに事故の概略を教えてくれた。どうやら自殺だったらしく、女性が貨物列車に飛び込んだらしかった。どちらにしても、亡くなった方にはそうしなければならない事情があったのだろうし、さぞ無念だっただろう。それに、突然肉親を失ったご家族も気の毒でならない。心より哀悼の意を捧げたい。
 一度事故を起こした車両は規模の大小を問わずに、このようにして人手をかけて検査と修繕をしなければならない。それに、一度列車に轢かれるとただでは済まない。命があったとしても、五体満足でいられることはほぼないし、多くは命を落としてしまう。
 だから、くれぐれも駅のホームを歩く時は気を付けて貰いたいし、遮断機のしまった踏切を強行突破なんて絶対にしないでほしいと思う。

 この日の作業は今も忘れないほど印象的で、そしてある意味精神的にも肉体的にも厳しかった。が、後にも先にも人身事故にかかわったのはこの一回だけ。
 その日の寮の夕食はといえば、こういう時に限って肉料理。でも、気にしていて何も食べないわけにはいかないからとにかく食べた。食べなければからが参ってしまう。同期からは「よく食べられるな」なんていわれたけれど、暑い夏、それもさらに暑い検修庫内の作業を乗り切るには体力をつけなければねえ、こっちが倒れてしまうよ。