旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

「のぞみ34号」重大インシデントについて元鉄道マンの考察と提言(14)

(3)根幹を支える職員を自社の責任で育成する

 このように安全輸送を守るためには、現場に携わる職員の存在が必要不可欠であり、こうした職員には実践で培った経験と技術が重要であることは、これまでにも何度も述べてきました。
 しかし、近年、多くの鉄道会社では少子高齢化の進行とともに利用者の減少が始まり、運賃収入が減少へ転じていることなどから、できるだけ経費を削減することを重要視しています。もちろん、経営に携わる側から見れば経費の増大は避けなければなりません。特に経営に携わる側から見ると、人件費は経費の中で最も高い割合を占めるので、経費を抑制・削減=人件費の抑制・削減といわれてもいます。
 その結果、今日の鉄道会社の多くは、現場の業務を専門に扱う子会社を設立し、アウトソーシングの名の下に業務を委託しています。親会社にとって、業務を子会社に委託することで、人件費を抑えることが可能であり、また多くの職員を抱える必要もないので煩雑な管理も必要とせず、ワークフローも単純化できます。

 業務を委託された子会社は、一定の委託費を受け取って現場業務を遂行しなければなりません。委託された現場業務の内容は、鉄道会社が直営でやっていたことと大きく変わらないので、比較的安価に抑えられた委託費で同じことをしようとすると、会社としては成り立たなくなってしまいます。

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 そこで、やはり人件費を抑えようとします。そのため子会社は、現場の職員を正社員として雇用せず、契約社員やアルバイトといった形で従業員を雇用します。それまで親会社の正規の職員が担っていた現場の仕事を、給与も抑えられ雇用も不安定な非正規社員が担っている実態があります。また、雇用が不安定で給与も安価な分、将来への不安などから長く勤めずに他の仕事へ転職していくという例も多いと聞きます。こうした非正規職員が担う業務の多くは、乗客と直接かかわることの多い駅での業務に見られます。
 また、親会社に長く勤め続けてきたベテランを、出向という形や早期定年という形で移籍させ、それまでよりも給与を抑えて雇用し現場の仕事に就かせるという話を多く聞いています。
 現場での経験を積み重ね、豊富な知識と技術をもったベテランほど、給与は高くなる傾向があります。これは、日本型雇用システムである以上、経営側も避けては通れないことは十分に知っています。そうした職員にかかるコストを下げながら、これまでと同じように現場を維持しようとするために、子会社への出向や移籍をさせている実態があります。
 こうしたベテランの出向や移籍という方法の多くは、車両検修や施設・電気といった技術系の現場に多く見られます。
 実際、私が一緒に仕事をした先輩の中には、かなりの経験と技術をもち助役まで昇った方が、関連会社に出向させられ、そこで定年を迎えたたという事例もあります。
 また先日、買い物に行く途中に通った機関区構内を見ると、機関車や電車に電気を供給するトロリー線の摩耗検査をしている場面に出会いましたが、かつては自社の職員自身が検査をしていたのが、今日ではベテランが移っていった関連会社や子会社の社員が検査をしていました。トロリー線の摩耗検査は数メートルおきに専用の計測器を使って、トロリー線の状態を検査するという地味で根気のいる作業ですが、電車線にかかわる技術を習得する上でも重要な作業です。しかし、残念ながら今日ではこうした地味で基本的な現場業務を関連会社や子会社へ丸投げしている現状を鑑みると、今日大きな課題となっている技術継承がままならないのも肯ける話ではないでしょうか。

 その一例を挙げるならば、2017年中に度々起きた東急田園都市線の電気系統のトラブルでしょう。2017年10月に三軒茶屋駅構内にある高圧配電盤が短絡(ショート)し駅構内の照明などへの電力供給が止まり、翌11月には池尻大橋駅でトロリー線(電車へパンタグラフを介して電流を送る銅線)へ変電所からの電流を供給するき電線が短絡したことで列車の運行が止まっています。

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 電気関係に携わったり、そうした知識を持つ人ならお分かりとは思いますが、高圧電流の設備で短絡は絶対にあってはならない事故で、最悪の場合は火災に発展することもあります。また、短絡防止は電気関係の技術では最も基本となることの一つで、2か月の間にこうした事故を起こすということは、鉄道会社の職員の技術力が低下していることの表れだといえるでしょう。
 これを受けて、東急電鉄では電気設備の緊急点検を実施しましたが、電力ケーブルが納められているトラフ(線路脇に設置されているコンクリート製の工作物)の蓋を協力会社の社員が外し、蓋が開いたところから鉄道会社の職員が点検をするというものでした。筆者は「トラフの蓋ぐらい、自分たちで外せよ」と思いもしましたが、それだけ現場の仕事をする鉄道会社の職員が極端に少ないことの証左ともいえます。
 さらに驚いたのは、こうした点検に際して、保守管理を任される技術系統の社員が、実際の設備に触れる機会が極端に少ないということです。この緊急点検を伝えるニュース記事の中で、「現場の設備に触れる機会を増やしたい」という担当者の言葉や、トラフを開けずにトラフの外観だけを目視点検するなど(蓋がされた中にあるケーブルを見ずに、トラフの外観だけを点検するというのも非常に疑問ですが)、現場の技術力をしっかりと維持していたのか疑問に思わざるを得ません。
 また、この記事の中では、2000年代から現場での作業や点検をアウトソーシングにして関連会社に点検を任せ、さらには保守工事の立ち会いすらも関連会社に任せたということに非常に驚かされました。厳しい言い方をすれば、会社は現場に必要とされる社員を採用・配置することを忌避し、肝心な技術力をもった社員の育成を怠り、その結果として技術の継承を困難にした上、技術力を低下させてトラブルを頻発させたといえます。

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 今回の重大インシデントを起こしたJR西日本にも同じことがいえるでしょう。JR西日本の採用求人を見ても、同業他社と同じように煩雑な現場の仕事に従事する社員は子会社が採用し、加えて子会社での採用はほぼすべてが非正規のアルバイトなどで賄おうとしています。これでは、技術の継承など難しくなってしまいます。それ故、前にも述べたとおり台車枠の溶接部の異常な研磨を見落とす遠因になったといえます。

 以上のように、鉄道会社の多くが現場業務をアウトソーシングの対象にし、子会社や関連会社へほとんど丸投げの状態になっているというのが現実であることを考えると、鉄道会社自身が本来もってなければならない安全輸送を確保するための技術力そのものを手放してしまったと言わざるを得ません。
 今回のような重大インシデントをはじめ、輸送障害を少しでもなくすためには、鉄道会社は多くの乗客の命を預かっていることを自覚し、安全で安定した輸送サービスを提供しつづけることが重要であると考えます。そのためには、鉄道会社は列車を運行させるために法令上定められた必要最低限の職種だけを職員を雇用するのではなく、安全輸送を支えるのは現場だということを自覚して、駅業務はもちろんのこと、車両保守や施設・電気といった目に見えない、収入とは直接無縁でしかも経費となる部門でも、鉄道会社がこれらに携わる社員を直接雇用しつづけることで、経験がモノをいう技術をしっかりと継承しなければならないといえます。
 言い換えれば、鉄道会社は子会社や関連会社に仕事を丸投げするのではなく、これらの会社の協力は得つつも、現場に携わる人員を雇用することで、自社で技術力をもつ社員を責任をもって育成し続けなければ、今後ますます安全輸送を脅かす事象が増えるともいえます。