旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

「のぞみ34号」重大インシデントについて元鉄道マンの考察と提言(17)最終章

終わりに…「安全神話」などは存在しない

 ここまで長々と「のぞみ34号」台車折損事故について、筆者の経験などをもとに考察し、提言を書いてきました。
 最後に新幹線の安全輸送を語る上で述べておきたいことは、安全神話」などは存在しないということです。


前回までは 

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 新幹線は確かに安全な交通機関です。1964年の開業以来、鉄道事業者の責任における重大事故や乗客の死亡事故は1件もありません(乗客の故意、あるいは過失による死亡事故はあります)。200km/hを超える高速で、高頻度に運転される鉄道としては、世界的にも稀に見る安全性の高さだといます。この交通機関として輝かしいとされる記録は、鉄道の安全輸送に携わった立場からすると、至極当然のことなのです。それはそうでしょう、安全が保障された乗り物でなければ、最高速度320km/hという速さで走るようなものに、乗客は安心して乗るはずがありません。

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 こうした記録のみを見て、一度インシデントが発生すると、マスメディアや鉄道を専門にするジャーナリスト、さらには政治家などは「安全神話は崩れた」などと騒ぎ立てます。しかしこの「安全神話」とは、いったい誰が定義したのでしょうか。
 新幹線を開発する時、当時の国鉄の技術陣は安全の確保に対して非常に神経を尖らせたといいます。それもそうでしょう、1960年代に200km/hを超える超高速運転をする鉄道など、世界中を見渡しても日本だけでした。加えて国鉄は多くの苦い経験をしています。戦後の国鉄五大事故と呼ばれる惨事のうち、三件は鉄道での事故でした。列車火災事故である桜木町事件、多重衝突事故となった三河島事故鶴見事故、いずれも多くの犠牲者を出しています。そうした経験から、常に高速運転をする新幹線で同様の事故を起こすわけにはいきません。
 線路は原則として高架あるいは盛り土にして、一般道路と交差する踏切を設置せず、容易に人が立ち入ることができない構造にしました。カーブも原則として在来線と比べて緩やかにし、高速運転での列車の乗り入れに配慮しながら、カーブを通過生する時に遠心力で横転することがないように配慮しています。これらの線路に使われるレールもまた、高速運転に対応できるものとしました。在来線で使われるレールよりも強固で重い60kgレールを使い、乗り心地にも影響するレールのつなぎ目を極力減らすためにロングレールを多用しています。
 駅の配線も「こだま」のような各駅停車タイプの列車が待避する待避線と、速達列車が通過する線路は別にし、さらに通過線はホームに接しないようにするか、やむを得ず通過列車がホームに接した線路を通過する場合には、当時としては珍しかった可動式のホームドアを設置しました。
 信号設備もまた当時としては最も先進的だった自動列車制御装置ATC)を導入しています。高速で運転する列車からは、在来線と同じ地上信号機は確実に見ることができないことを研究開発の段階で把握し、営業線ではすべて車内信号式にしました。運転士が確実に信号を確かめ、適切な速度で運転することが安全性を高めるという考え方からです。そして、ATCは運転士に指示した速度を超えて運転をすると、自動的にブレーキをかけて速度を落とすようにしました。これらの速度信号は、単に先行する列車が閉塞区間にいることだけを見ているのではなく、曲線線路に設定された制限速度にも対応しています。列車に速度指示を与えるATCだけではなく、指令所で全線の列車の運転状況を把握し、ダイヤ設定に合わせた分岐器操作や信号操作をする列車集中制御装置(CTC)を導入しました。
 また、新幹線には開業当初から列車無線を導入しています。必要に応じて、指令所の指令員と、列車の乗務員が的確な情報伝達をおこなえるようにしました。
 こうした当時の在来線にない厳しい線路設計と、最新の技術は新幹線の安全性を高めることに成功しています。今日、在来線でも導入された数々の保安技術は、新幹線の産物といえるものが多分にあります。国鉄の技術陣は、失敗は絶対に許されないという使命のもと、こうした技術を開発したといいます。また、最新技術は何度も試験線で試験を重ね、慎重の上にも慎重を期して、けっして自らの技術を過信することなく取り組んできました。
 そして、何よりも新幹線の安全輸送を支えた乗務員や技術者たちも、事故は起こしてはならないという使命感をもち、無理をしない安全運転や、僅かなことも見逃さない高い技術力をもって職務に当たってきました。国鉄では新幹線で業務に従事する職員は、在来線での勤務成績や技術力などを考慮して選抜していたようです。その証左に、国鉄時代の新幹線乗務員が着用する制服は在来線職員と異なるものにし、高いステータスを与えていました。
 このように、開発した技術陣、運転する乗務員、車両や線路・電気設備を保守管理する技術者たちのたゆまぬ努力によって、新幹線の無事故記録を続けてきたことは特筆に値するとともに、忘れてはならないものだといえます。突き詰めていえば、よく言われる新幹線の「安全神話」というものは、こうした人たちの努力によってできあがったものだということです。
 時代の流れとともに新幹線を取り巻く技術も大きく進化しました。しかし、最新技術をもってしても、それを扱う人間か過信したり、必要な技術力を身につけなかったりすれば、たちまち安全輸送は脅かされるのは言うまでもないでしょう。
 今回の重大インシデントでは、JR西日本の車両検査能力、輸送指令の情報把握と判断、さらに乗務員や技術者と指令員のコミュニケーション能力、さらに会社としての体質に大きな課題があることを浮き彫りにしました。また、車両を製造した川崎重工の製造現場の技術力やコミュニケーション能力、そして出荷する時の検査と、経営陣を含めた社内体制にも課題がありました。
 加えて、これはJR西日本川崎重工だけの問題ではありませんが、技術力の継承と後継となる人材の育成についても深刻な問題があるといえるでしょう。人件費を必要以上に意識するあまり、安易なアウトソーシング非正規社員の雇用を常態化し、技術継承や必要な人員を確保する妨げになっている実態も改善する必要があるといえます。
 こうした安全輸送を脅かす様々な課題や問題に正面から向き合い、必要な根本的な対策を人的にも財政的にも講じ、今後このような安全輸送を脅かす事態を起こすことがないように願うばかりです。

 最後に、筆者が鉄道マン時代に、毎朝の点呼で唱和した「安全綱領」を掲げて、この稿の結びとします。

 1.安全の確保は輸送の生命である
 2.規定の遵守は安全の基礎である
 3.執務の厳正は安全の要件である