旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第二章 電気区・保全区での仕事・その1「電気区に着任」【前編】

◆横浜羽沢電気区に着任【前編】

 九州支社での研修勤務を終えた私は、関東支社に戻ると横浜羽沢電気区に電気係として配属された。
 「鉄分」の濃い方でも、あまり耳にしない名称の職場だと思う。私も、電気区とはいったいどんな仕事をするところなのか、一応は研修を受けたとはいえ、細かいことはあまり知らなかった。いや、小倉電気区で説明を受けたのだが、あまり耳に入っていなかったというのが正直なところ。やはり、人の話はきちんと聞かなければいけいないなあ。


 前回までは 

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 着任の日は、一度大井機関区に集合することになっていた。そこで配属先の現場長か助役が迎えに来て、一緒に新しい職場へ行くというのだ。なんとも信じられないくらいの待遇にビックリした。今ではそんなことをすることはないだろう。
 もっとも、貨物駅や機関区といったところは広大な敷地を必要とする。そんな施設をつくるとなると、市街地の中心部など無理な話で、必然的に市街地から離れたところになってくる。当然、旅客駅からはかなり離れた、ともするとふつうには分かりづらいところになってしまう。
 そして、私たちは国鉄以来、民営化以後初めての新採用なので、会社としても新人の扱いは半ば手探りに近かったと聞くから、できるだけ確実に現場に行けるようにしたのだと思う。今にしてみれば、なんとも有り難いことだし、現場長が新人を迎えに来るなんてなんとも恐れ多いことだった。
 私が配属された横浜羽沢電気区には、私を含めて三人の新人が着任した。そして、同じ場所に横浜羽沢施設区というのもあり、そこには新人が一人配属となった。
 私たちを迎えに来たのは区長で、白髪でスラリとしたナイスミドルの方。ところがこの区長は、国鉄時代は保線区長だったというから驚いた。そして、さらに驚いたのは区長は施設区と電気区の両方の区長を兼務しているということだ。兼務区長は社内でもそう多くない。大人数を束ねる機関区長や車両所長、東京貨物ターミナル駅のような大規模駅の駅長と同等の指定職と呼ばれる幹部の人だった。
 私たちはその区長に「引率」されて、新しい職場へと向かった。
 横浜駅からバスに乗り、15分ほど揺られると丘陵地にある住宅街の中で降りた。坂道の上にあるバス停の周りは住宅しかない、ごくごく横浜市内ではありふれた光景だ。こんなところに貨物駅なんかあるのか?と聞きたくなるような場所だったが、区長を先頭に新人4人は黙ってついていった。
 住宅街の中を通り抜け、坂道を下りると何やら防音壁のような壁が見えてきた。その壁沿いに進むと、丘陵地の谷間を渡る橋が見えてきた。その橋は、なんと丘を切り拓いてつくった貨物駅を越えるための橋で、いくつもの線路が敷かれているのが見えてきた。
 こんなところに貨物駅があったのか!
 私は駅の存在は知っていたが、詳しい場所までは知らなかったから、こんな住宅街の中に貨物駅があることに驚いてしまった。
 横浜羽沢駅はその名の通り横浜市内にある。神奈川区羽沢町が所在地なので、ちょうど私が通った高校と同じ神奈川区内なのだが、高校は東神奈川駅に近いところで都会のど真ん中。ところが駅のある羽沢町は丘陵地のど真ん中で、同じ神奈川区とは思えないほどの様子が違う。本当に横浜って広いなあ。
 その横浜羽沢駅の中に、私が配属された横浜羽沢電気区があった。広い構内の中で、駅の入口は一番東側、つまり鶴見方にあったが、電気区は一番西側の戸塚方の構内本部と呼ばれる建物の中にあった。その構内本部、正式な入口はあるにはあったが、区長はその入口がある方までは行かずに、道路の途中で建物の方へひょいと上がっていった。
 なんと、道路から仮設足場でつくった渡り板を通って、直接二階の通路へと行ったのだ。
「え、マジで!?」
 私たちはあまりにも突拍子もない入り方に、思わず声を上げるくらいビックリした。こういったあたり、当時はまだまだ国鉄の名残があったのかも知れない。
 その仮設の渡り板を通って、二階の通路へ飛び下りると、すぐに電気区の詰所があった。その詰所のドアには「横浜羽沢施設区・横浜羽沢電気区」という表札もかかったいる。これから勤める新しい職場だ。
 制服に着替えて首席助役と着任の事務手続きをすると、これから使うデスクを割り当てられた。
 これには正直驚いた。というのも、鉄道の仕事は基本的に24時間の交代制。だから、ある程度の役職に就かなければ、個人のデスクなど割り当てられない。例えば駅の輸送係は個人のデスクはないし営業係も持つことは少ない。機関区でも機関士にはデスクはなく、デスクを割り当てられるのは助役以上だ。車両所といえば、ほとんどがデスクがなかった。
 それが、新人の私たちにデスクを持たされるのだから、それはもうビックリするほかなかった。
 デスクに座り少しすると、先輩たちが現場作業から帰ってきた。ある先輩は珍しいものでも見るかのような目で見たり、ある先輩はやっと若い衆がやってきたと喜んだりしている。やはり10年近く若い新人の採用がなかったから、ちょっと戸惑っているようだった。
 そうこうするうち、昼食までに施設の主任の号令で、臨時の点呼が始まった。そして、区長から新人が着任したことを知らされると、前に立って自己紹介。緊張していたので何を言ったかは憶えていないが、とりあえずは無事に済ませたような気がした。
 緊張した中で昼食を済ませると、午後からはJ区長と首席助役から区の概況などのレクチャーを受けることに。