旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

今週のお題「修学旅行の思い出」 移動の列車にできた「謎の行列」の理由 ~脅威の「わんこそば」~

今週のお題「修学旅行の思い出」

 しぶりに「今週のお題」に挑戦します(^0^;)

 今週のお題は「修学旅行」ですか。いいですね~。
 みなさんも修学旅行といえば、思い出されることがたくさんあると思います。もちろん、私もいい思い出から苦い(?)思い出まで、修学旅行にまつわるお話ならたくさんありますよ。
 最近では、仕事でも修学旅行に行くので、ネタは尽きることありません。といっても、全部お話ししていたらとんでもないことになるので、いくつか選んで紹介したいと思います。

 

 まずは私自身の修学旅行のお話からしましょう。

 

 校の修学旅行は北海道でした。
 あの当時、まだ青函トンネルができたばかりで、飛行機を使わずに北海道に行けることになったので、軒並み北海道へ行く修学旅行が増えたらしいです。
 え?沖縄はなかったのかって?
 それは無理でした。なにしろ、沖縄は飛行機を使わなければ行くことができませんよね。でも、この当時は教育委員会のお達しとかで、修学旅行に飛行機を使ってはならないのでした。だから行けなかったんです。今では考えられませんよね。

 

 さて、私は工業高校の電子科出身です。
 私の高校では、専門科ごとに修学旅行を計画していました。だから、同じ高校でも科によって行き先が違うなんてこもありました。ほとんどが北海道を選んだようですが、デザイン科は九州に行ったようです。個人的には九州もよかったんですけどね。

 ただ北海道に修学旅行に行ったのなら、あ~楽しかったですよ。で終わってしまいます。ブログのお話としては面白くないですよね。でも、この修学旅行、私にとっては散々な目に遭う「事件」の連続だったんです。

 学旅行の当日は上野駅集合でした。
 自宅から電車を乗り継いで上野駅に着くと、仲間たちと合流しました。
 そこから、東北新幹線に乗って一路盛岡へ。そう、寝台特急ではなく東北新幹線だったんです。もちろん、みなさんもご存知のように、1990年に東北新幹線はまだ盛岡止まり。青森にすら行くこともできないので、北海道へ入ることもできません。
 どうしたと思います?実は、これが「事件」の伏線になったんです。

 

 野を午後の新幹線に乗って盛岡へ着いた頃は、日もすっかり沈んでしまってました。あまりよく憶えていませんが、新幹線の終着駅の割には、駅前はあまり明るくなく、お店もそれほどたくさん多くなかったです。
 私たちは旅行会社の人に連れられて、盛岡駅を出るとある建物へと入っていきました。ちょうど夕食時でもあったので、お腹も空いていたし、夕食を食べるんだろなあとなんとなく考えていました。
 そして、夕食会場へ着くと、長いテーブルがずらりと並んでいて、食事の用意ができていました。でも、なんとなく雰囲気が変だったんです。

 何が変だったのか?
 みなさんも、ホテルの宴会場とかで食事をしたことがあると思います。ホテルの人から、「食事の用意ができました」と言われて宴会場に行くと、ずらりと並んだテーブルの上には、美味しそうな食事がたくさんのっていますよね。揚げ物とか刺身とか、土地の名物料理とかがあって、とても美味しそうで食欲をそそります。
 ところが、この時ばかりはテーブルの上にあったのは、お椀とお箸だけだったんですよ。
 もうお気付きの方もいらっしゃると思いますが、この日の夕食は盛岡名物の「わんこそば」でした。一度は食べてみたいとは思っていましたけど、修学旅行で食べるとは想像もしてませんでした。

 ち盛りの高校生が、わんこそばでお腹いっぱいになったかって思いません?私も最初は、これじゃあ北海道に着くまでにはお腹が空いてどうしようもなくなってしまうと思いました。でも、わんこそばって想像よりも遙かにお腹いっぱいになるんです。いえ、それどころか、お腹にとっては「脅威」にもなりました。
 そばを食べ始めると、近くにいたお姉さんたちは、お椀が空になったのを見つけるとすかさず次のそばを入れてくれます。最初は私も面白がっていましたが、どうも様子が変なんです。
 何が変かって、お姉さんたちの様子です。お姉さんたちは、生きのいい高校生の団体が来たことを面白がっているようでした。そして、お椀が空になると、次々と次のそばを入れて楽しんでいたのです。
 これには参りました。最初のうちはどんどんお腹の中に入っていくのですが、ある程度食べるとだんだん食べる速さも落ちますよね。それを見て、「若いんだからもっと食べて」なんて笑いながら言ってくれるんです。だから、私もでしたが、同級生たちも調子に乗って、次々にそばをお腹の中に押し込んでいったのでした。
 これがマズかったのです。
 そして、この調子に乗ったことが、後々になってとんでもないことを引き起こすなんて、誰も知る由がありませんでした。

 

 でも、これが第一の「事件」の幕開けだったんです。

 

 わんこそばを食べ終わって、お腹の中は蕎麦でタプンタプン。膨れあがったお腹を抱えて、というのはちょっと大袈裟かもしれませんが、とにかく体の動きは鈍くなるほどでした。
 盛岡駅からは在来線の特急「はつかり」で、青森駅へと向かいました。東北新幹線の開業で、上野駅では特急列車をほとんど見なくなってしまいましたが、「はつかり」はまだ走っていたんだな~なんて、頭の隅で考えながら、重い荷物を抱えて列車の中へ。
 わんこそばで満タンになったお腹、動きも鈍くなっていたので、荷物を網棚の上に力任せに放り上げました。実は、これが第二の「事件」につながって行くとは思いもしませんでした。

 の北東北を列車に揺られてウトウトしていると、なんか様子が変だったんです。
 いえ、私のではなく、周りの様子です。
 目を開けてみると、デッキから客室までちょっとした行列ができていました。
 いったい何が起きたのか?って思う方もいるでしょう。私もそうでした。何事かってね。
 それで、行列の先を覗いてみると、先頭はどうもトイレの前まで続いていたのです。そして、その行列を作っているのは、なんと私の同級生ばかりだったのでビックリしました。
 行列を作っている同級生に何が起きたのかきいてみると、その同級生は青い顔をしながら「みんな、食べ過ぎたらしくて」と言いました。どうやら、わんこそばを調子に乗って食べ過ぎてお腹を壊したようでした。
 それからというもの、体格のいい男子高校生が青い顔をして行列をつくり、トイレの順番を待つという、たぶん端から見るとある意味笑える、そしてある意味迷惑な光景が繰り広げられました。まあ、みなさん、それ以上大事に至らなかったのがよかったのですけどね。
 この珍事件、終点の青森に着くまでの間には何とか解決はできました。
 ちなみに、私はといえば特に変わったことはなかったです。というより、内心では「ああ~、調子に乗って食べるからそういう目に遭うんだよ」なんて、ちょっとだけ笑っていました。

 

 翌日になって、自分の身にまさかのこと降りかかろうなんてことも知らずに。

 

 やっぱり、人を笑っちゃあいけませんね。

 

 うやくほぼ全員が「スッキリ」したところで、青森駅に到着。
 ここからは急行「はまなす」へ乗り換えて、一路札幌へと目指しました。

 

 でも、これで終わりではなかったのでした。