旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

消えゆく「国鉄形」 数奇な運命を辿った急行形【7】最終章

 しかし、さすがに若い頃は高速で長距離を走ってきた無理もたたり、後年は短距離が中心になったとはいっても老朽化が進行してきたことや、北陸新幹線の金沢開業によって金沢-直江津間が第三セクターへ移行したこともあり、ついに2015年に413系電車と組んでいるクハ455形700番台の2両を除いて運用を退き、その年のうちに車籍を抹消されてしまいました。


前回までは 

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 1961年から数えて実に四半世紀に渡って、その仕事は変わっても走り続けてきたことになり、鉄道車両としてはかなりの長寿で、いわば「長老」といった存在だったといえます。

f:id:norichika583:20180517115042j:plain▲455系ファミリー最後の生き残りであるクハ455形700番台。413系電車と併結するために改造された車両で、北陸新幹線金沢開業によって北陸線第三セクターへ移管されたため運用を失って多くが廃車となっていった中、413系の先頭に立たなければならない事情からかろうじて残っている。いまや急行形電車という存在を伝える貴重な存在だ。(©永尾信幸 Wikimediaより)

 一方、廃車を免れた2両は2018年現在も健在です。たった2両、それも先頭車だけとはいえ、国鉄急行形電車の体裁を今日に伝える貴重な存在といえます。この2両はもともとが中間車であるサハ455形からの改造車ですが、1971年に製造されているので今年(2018年)で47歳になるという、驚くほどの長寿です。
 また、455系ファミリーのDNAを継承した(といっても、走行機器などを流用した)413系電車はさらに運命に翻弄されます。2015年の北陸新幹線の金沢開業でJR西日本としては一部が余剰となったため、並行在来線を引き継いだ第三セクターへと譲渡されていきました。5編成15両があいの風とやま鉄道へ移っていき、分離前と同じく金沢-泊間(2018年までは糸魚川まで)を日本海沿いの風光明媚な景色が続く走り慣れた北陸路で活躍し続けています。このうち1編成はイベント用の「とやま絵巻」に改造され、体裁は変わったとはいえ、再び脚光を浴びる存在になりました。
 JR西日本に残った6編成18両は真っ赤な塗装に変えられ、活躍の場を七尾線へと移しました。金沢から別れて能登半島の中程の和倉温泉まで伸びる七尾線は、北陸線IRいしかわ鉄道線とは異なり直流電化なので、金沢へと乗り入れるためには交直流両用電車でなければならないため、北陸線の移管後も仕事を失わずに走り続けることができました。このうち2編成は、先にも述べたとおり455系ファミリーの最後となる車両が組み込まれ、短い区間ではありますが走り慣れた北陸線を舞台に活躍し続けています。
 付け加えれば、改造を受けた455系ファミリーのDNAを受け継ぐ413系電車は、その改造種車となったのは451系電車で、最も古い車両は1962年の製造になるので、既に50歳を超えるという長寿には驚かされます。JR西日本の財政事情も手伝っていると推測されますが、それでもJR全社の中で日常的に運用される車両としては最高齢の車両になるのではないでしょうか。

f:id:norichika583:20180517115346j:plain▲雪の降る富山港線(現在の富山ライトレール)を走る457系電車。455系ファミリーの活躍の舞台は直流車と異なり文字通り全国区で、寒冷な気候の東北や北陸といったところでも走っていたため、このような過酷な環境でも運用されていた。(©つだ Wikimediaより)

 国鉄線の電化が進むにつれ、客車列車から電車列車への転換が推進され、さらに地方線区の交流電化とともに、直流区間との間を走ることができる車両として登場した455系ファミリー。特急列車の華々しい活躍の影に隠れた急行列車としての活躍は、特別な存在で高嶺の花であった特急列車が庶民から遠い存在だった当時、安価な急行料金で長距離を早く移動できる庶民の列車として、先人たちに親しまれた存在だったといえるでしょう。冷房装置もなく、硬いボックスシートが当たり前だったこの時代、長距離の旅行には相応の苦労も窺えますが、それでも旺盛な需要に応えるべく多くの急行列車が設定され、最長で13時間以上という恐ろしくも長い時間をかけて走り抜けたのには、頭が下がる思いです。

f:id:norichika583:20180517111744j:plain金沢駅で発車を待つ475系電車。ずらりと並んだ側窓が急行形電車の特徴を表している。(筆者撮影)

 特急列車が庶民に近い存在になっても、それを補完する急行列車の存在はやはり貴重なものだったでしょう。そうした日になり影になり支え続けた455系ファミリーをはじめとした急行形電車は、新幹線の開業と需要の変化、そして相次ぐ急行列車の特急列車への格上げという名の下、安価な急行料金から特急料金への事実上の値上げによる増収を目論んだ国鉄に翻弄され、ついには本来の仕事である急行列車が廃止になり仕事を失ってしまいました。

 その後、普通列車の大増発というこれまた国鉄の目論見に白羽の矢を立てられ、長距離列車から中・短距離列車へと仕事を変え、さらに急行形電車としての体裁をも剥がされながらも、鉄道を利用する人の日常生活には欠かせない存在としての活躍は、多くの人の記憶に残ったといえます。

 普通列車としての仕事は、意外にも455系ファミリーを長寿へと導きました。特急格上げという急行列車としての仕事を奪っていた485系ファミリーが2017年のダイヤ改正をもって定期運用を失った一方、455系ファミリーは2018年現在も地味な仕事ながらも定期運用をもち、金沢-和倉温泉間の七尾線を中心に走り続けています。455系ファミリーのDNAを受け継ぐ413系電車もまた、同じく七尾線第三セクターへ転換した旧北陸線で走り続け、通勤・通学をはじめ多くの人たちを運び、齢50歳以上になっても健在というのは対照的です。

f:id:norichika583:20180517132509j:plain富山駅に到着し折り返しのひとときを待つ413系電車。471系として製造されてから既に半世紀が経つが、今なお北陸地区の人々の貴重な足として走り続けている。(筆者撮影)

 そう遠くない将来、これらの車両も後継車に道を譲って引退する日が来るでしょう。その日まで、当たり前ですが無事故で、そして地味ながらも多くの人たちを運び続けていくことと思います。

<了>


参考文献:
国鉄形車両の系譜6・形式455系 イカロス出版・2007年7月発行 ISBN:9784871499620
鉄道ピクトリアル 通巻886号・特集:455・475系電車
鉄道ピクトリアル 通巻788号・特集:451~475系電車