旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

東海道新幹線「のぞみ265号」殺傷事件 二度と同じことを起こさないための安全対策を考える

1.はじめに

 再び新幹線の車内で悲劇が繰り返されてしまいました。
 2018年6月9日、新横浜-小田原間を走行中の東海道新幹線・のぞみ号の車内で、刃物を振り回して乗客3名を殺傷するという事件が発生。誰もがこういう事件が起こるとは考えてなかったであろう、新幹線の車内で起きた惨劇は、被害を受けた方々はもちろん、乗り合わせていた他の乗客の方々の恐怖は想像を絶するものがあります。

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 ちょうど3年前、2014年6月にも東海道新幹線では惨劇が起きていることは、記憶に新しいことではないでしょうか。車内にガソリンを持ち込み焼身自殺を図った上、乗り合わせていた乗客1名が巻き添えとなってしまった、「新幹線焼身自殺事件」です。この時も、同じく新横浜-小田原間を走行中ののぞみ号で起きました。
 この事件の時、長距離を大量の乗客を輸送する交通機関でありながら、危険物(2014年の事件であればガソリンといった可燃物、今回の事件であれば大きななたをはじめ複数の刃物)を簡単に車内に持ち込むことが可能であり、テロやこうした事件を未然に防ぐための保安体制の脆弱さが指摘されました。
 その指摘があり、保安体制を飛行機並みに強化することも検討されたにもかかわらず、現実としては利便性を損なうという理由で根本的な対策は見送られてしまいました。
 確かに鉄道は誰もが気軽に利用できる交通機関なので、飛行機の保安体制に比べればはるかに弱いことは仕方がないといえなくもないでしょう。しかし、今回の事件が起きたことを考えると、保安体制の強化は必要だといえます。

 

2.新幹線の利便性

 新幹線はとても便利な交通機関であることは、誰もが知るところだと思います。
 東海道新幹線では、毎時10本近くの列車が発着しています。毎時10本と書くと、「そんなものなの?」と思われる方も多いのではないかと思います。6分に1本と書くと、その多さがお分かり頂けけるのではないでしょうか。この発着の多さは、首都圏でも屈指の列車の本数を誇る山手線並みです。
 この列車の多さから、大きな需要があることがいえます。
 言い換えれば、この運転本数の多さが新幹線の最大の強みであり、乗客にとっては利便性の高い交通機関になっている理由の一つです。
 新幹線の利便性の高さはそれだけではありません。乗降する駅は、必ず市街地の中心部にあること、そして駅に行って切符を購入し、改札口を通過すれば煩雑な手続きなどをせずに列車に乗ることができるのも、乗客にとっての利便性の高さだといえます。

 

3.航空機と新幹線、保安体制の違い

 そもそも飛行機の場合は、一度離陸すると長時間飛行し機内は完全な密室になり、何らかのトラブルが起きても簡単に着陸でできるものではありません。また、ちょっとしたきっかけで墜落事故になっては、他の乗客をも巻き込んでしまい、墜落すれば一度に100人以上が犠牲になってしまい確率が高くなります。
 ハイジャックなどという乗っ取り事件が起きてもそれは同様なので、国際的な取り決めもあって、搭乗客全員は必ず保安検査を受けなければなりません。もちろん、この保安検査に合格できない場合は、搭乗口へと通じる出発ロビーにすら入ることができないほど、厳しい保安体制に護られています。
 また、手荷物や貨物も同様で、航空機に積み込むことができないものの有無を、空港の検査場で検査されます。その検査はX線透視・・・簡単に言えばレントゲン映像ですべての手荷物や貨物を検査官が見て、運べないものなどが見つかると航空会社は引き受け自体を拒否する仕組みです。
 手続きは煩雑にはなりますが、その分だけ長時間、大空の上を飛行していても安心して乗ることができるといってもいいでしょう。
 さらに、2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件以降、国際線、とりわけ北米線の保安基準は非常に厳しく、時には武器を携帯したアメリ国土安全保障省の航空保安官が搭乗して警戒任務に就いているといいます。
 日本でも、国際線が多く発着する空港がある都府県の警察が、スカイマーシャルプログラムが実施され、国際線を中心に警察官が搭乗しているようです。その数は公表されてはいませんが、アメリカの数には遠く及ばないことが想像できるでしょう。

 鉄道ではどうでしょうか。
 前にも述べましたが、鉄道は駅に行って切符を買い、改札を通れば列車に乗れるので、身近な公共の交通機関の一つです。在来線はこれだけで乗ることができますが、新幹線はこれとは別に改札が設けられています。もっとも、この改札は飛行機のように保安上の理由で設けられているのではなく、あくまで「新幹線に乗車することができる乗車券類を持っているか」を確かめるために設けられているものです。在来線と新幹線は料金体系も異なり、特に駅間距離も長いことから、不正乗車を防ぐことを目的とした改札といってもいいでしょう。実際、新幹線だけが停車する駅には、わざわざ2つも改札を設置していません。
 さて、鉄道においての保安体制は、大きく分けて警察によるものと、鉄道会社に委託された警備会社によるものと二つに分けられます。
 警察は各都道府県警察の中に、鉄道警察隊を組織して鉄道構内における警察権の行使を行っています。駅構内の巡回や列車への警乗はもちろんですが、スリや置き引きといった窃盗犯、痴漢などの性犯罪の捜査といった刑事事件も取り扱っています。
 警備会社による警備は、いわゆる雑踏警備です。不特定多数の人でごった返す駅のホームを中心に、ホームでの事故防止や援助が必要な乗客への対応をしています。もちろん、警備員は民間人なので警察権などはありませんが、制服を着た警備員がいるだけで、一定の効果は期待できます。
 その昔、JRがまだ国鉄だった頃は、国鉄職員に司法警察権を与えられた人たちがいました。いわゆる鉄道公安制度で、長距離を走行する列車の車掌長といった乗務員などを司法巡査として指定し、鉄道内での秩序の維持にあてていました。
 加えて、司法警察員として指定された鉄道公安職員も制度化されていました。国鉄職員でありながら警察官と同じような制服を着て、腰には警棒と手錠を吊り下げ、必要とあらば拳銃の携帯し、国鉄線内で起きた事件を捜査し逮捕権までもっていました。
 鉄道公安職員は、日常的に駅構内の巡回はもちろん、ホームでの警戒や列車への警乗をしていました。筆者自身も国鉄時代の東海道・山陽新幹線に乗った時、駅のホームで警戒をする公安職員や、列車に警乗して巡回をする公安職員をよく見かけました。今日の、鉄道警察隊と警備会社の業務を一手に担っていた組織でしたが、国鉄の分割民営化とともに業務は鉄道警察隊へと引き継がれ姿を消しました。
 このように、国鉄時代の鉄道公安職員は分割民営化で廃止されるまでに、常に3000人程度の人員を擁し、さらに鉄道専門の警察活動を行っていました。今日の鉄道警察隊の全体の人員は資料が乏しいため分かりませんでしたが、全国の警察官が30万人に対して、交通を専門に扱う「交通警察」に従事する警察官が全国で5000人であることや、鉄道警察隊都道府県警察単位で組織されていることを考えると、鉄道公安職員の3000人よりも下回るのではないかと推測できます。この数字だけを見ても、いかに国鉄が駅構内や列車の治安維持にも注力していたかが窺われるでしょう。

 

4.新幹線の保安検査の可能性の検討

 今回の痛ましい事件を受けて、国土交通省も再び新幹線での保安検査など、安全対策の可能性を検討しはじめたと報じられました。とはいえ、それは積極的というよりは、「慎重に」という言葉がついていました。

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 一方、新幹線を運行するJR各社は、国土交通省の指示を受けたものの、その姿勢は消極的のようです。新幹線が、一日に46万人を輸送する大量輸送機関であることや、何よりも利便性を第一に考えると「難しい」というのが結論のようです。加えて、こうした保安検査を実施すれば、ただでさえ混雑する新幹線がさらに混雑するばかりか、利用しにくくなったために需要が減るのではないか、という心理も働いていることが考えられます。

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 いずれにしても、「利便性」を最優先させる考え方では、抜本的な安全対策を望むのは難しいといえるでしょう。既に、安全だと思われた走行中の列車内で強行犯罪が発生し、2名の方が亡くなられていることや、これからこうした事件が起きないとは言い切れないということを考えると、利便性云々よりも安全・安心を提供するのも鉄道事業者の責務だと考えられます。
 さて、乗客の安全・安心のための保安検査ですが、できない理由ばかりを考えるのでは何も進みません。要はできる方法を考えることが今後のためになるのではないでしょうか。
 最近の航空業界は、厳しい基準の保安検査を、いかに基準を維持したまま短時間でできるか、そして確実な検査ができるかを研究してきました。その一つに、スマートレーンという保安検査があります。
 筆者も最近出かけた伊丹空港大阪国際空港)で東京へ戻る時、羽田の保安検査場と違うことに驚きました。発着する便数も大きく違うので一概にはいえませんが、従来は3~4か所の保安検査レーンが必要だったのが、同じ数を砂漠のに2つのレーンで行っていました。検査の内容自体は従来のX線透視検査と金属探知機で変わっていませんが、少しの工夫で旅客の流れをスムーズにしていました。
 また、欧米ではさらに確実で効率的な保安検査の方法を研究されています。全身スキャナーと呼ばれる検査方法は、ミリ波バシッブ撮影装置を使って、一瞬で人の全身をスキャンします。この装置で人全体を撮影し、衣服の中に隠してある銃や刃物といった凶器になるものを持っていると、すぐに発見できるというものです。最近では日本でも試験的に使われているようです。
 このミリ波バシッブ撮影装置を応用し、改札レーンを通過する乗客の流れを止めることなく保安検査を行うことは、理論上可能ではないかと考えられます。もちろん、空港に比べて駅は人の流れが速いので、撮影した映像の結果を人が目視して確認していては時間がかかってしまい、結果として乗客が改札で滞留してしまいます。そこで、撮影した映像の結果の判定をコンピュータで行い、高速で処理することで、ある程度、人の流れを止めずに検査をすることが可能でしょう。その結果を駅員や警備員が受けて、必要に応じて個別の荷物検査などを実施すれば、利便性を一定程度維持したまま安全の確保が可能です。もちろん、コンピュータが行った判定なので、誤った判定をすることもあるでしょう。しかし、安全の確保のためには仕方のないことですので、保安検査の方法や内容を予め利用者に周知し、協力を求めておくことが必要です。
 この方法はあくまでも筆者が考えた理論上の話に過ぎませんが、今日では技術が発達したおかげで様々な非破壊検査の方法が確立されています。こうした技術を応用する研究を進めていくことは、今後、安全・安心の高速鉄道を維持する上で不可欠であるといえるでしょう。

 

5.終わりに

  今回の事件は非常に残念で、そして痛ましい事案でした。
 一部の報道では、「安全神話」という言葉が使われていましたが、そもそもそんな神話などというものは存在はしないものであり、安全は鉄道輸送を支える人たちの不断の努力によって成しえているものであるといっておきます。

 

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 新幹線を利用する時、多くの人は安全な乗り物であるから、そして定時性の高い輸送機関であるから安心して利用していると思います。まさか、隣に座った人が刃物を振り回すとか、車内でガソリンを撒いて焼身自殺をするなど考えもしないでしょう。
 ですが、現実としてあり得ない、いえ、あってはならない事件が起きています。そして、犠牲者も出してしまっています。
 前にも述べましたが、保安検査などの安全対策は急がなければならないという状況にもかかわらず、JR各社はその対策には消極的な姿勢です。そこには、「利便性が損なわれる」というのが理由の一つだということです。
 誤解を恐れずにいえば、利便性を維持するということは、言い換えると「稼ぐことができる」ということであり、この利便性が損なわれてしまっては減収につながりかねません。JRとしては、それは避けたいのが本音ではないでしょうか。
 また、保安検査や安全対策は非常にコストのかかるものだということです。
 2015年の「のぞみ225号火災事件」を受けて、新幹線の車内に防犯カメラを設置しました。このカメラを設置するだけでもコストがかかっていますが、警備会社に勤めていた経験から、こうしたカメラは常に監視していなければ意味がありません。いわば、受動的な安全対策であるといえます。とはいえ、利便性は損なわず、コストはかかるといっても空港の保安検査ほどではありませんし、設置しないよりはまだいいでしょう。JRとしては稼ぐことはしたくても、これ以上のコストをかけたくないのが本音かも知れません。
 一部では、すべての車両に警備員を一人乗せてはどうかという意見もありましたが、それもまた現実的ではなく、しかも非常に大きなコストがかかってしまうことが予想されます。
 しかしながら、利便性とコストを優先させるあまり、安全対策を疎かにするわけにはいきません。現実として起きてはなりませんが、三度類似の事件が起きれば、利用者は「新幹線は車内で何が起きるかわからない、安全でない乗り物」と認識され、やがては利用者が減ることも考えられます。
 また、JR東海が建設を進めている中央新幹線に対する懸念もあります。中央新幹線はそのほとんどが大深度地下や山岳トンネルで占められます。つまり、万一何かが起きても、地上からの支援が受けにくい環境を走行するということです。一度駅を発車するとただでさえ密室になるのが、こうした地下やトンネル区間を走行することで、巨大な密室をつくってしまいます。そんな中を超高速で走る列車を狙ったテロすらも起きないとは言い切れないでしょう。
 こうしたことからも、保安検査を始めとした安全対策の整備は急務であるといえます。利便性を損なうことを理由に、安全対策に消極的であったり、あるいは後回しにしたりすることは、厳しい言い方をすれば新幹線を運行するJR各社の危機管理意識も問われかねません。監視カメラの設置だけで終わることなく、能動的で効果のある安全対策を考え実施し、安心して利用できる新幹線を走らせ続けてもらいたいと願ってやみません。


 末筆になりましたが、今回の事件で他の乗客を救うために尊い命を落とされた方のご冥福をお祈りするとともに、残されたご家族に心からのお悔やみを申し上げます。また、事件で負傷された方の一日も早い回復をお祈りしますとともに、関係する皆様にお見舞いを申し上げます。