旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

なぜ超低床コンテナ車を追求し続けるのか【5】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 本来ならこの特殊な超低床貨車を新たに開発・製作する前に運用を予定していた区間での建築限界を測定するのが先でした。しかし、現実には建築限界の測定は後回しにされ、試作車が登場したあとに測定結果が…

なぜ超低床コンテナ車を追求し続けるのか【4】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 1994年に、JR貨物は新たな超低床貨車となるコキ71形を開発しました。「CAR RACK」と呼ばれる自動車積載用の特殊な構造をしたコンテナであるUM20A形30000番台を載せ、往路は自動車を、復路はJR規格の12ftコ…

なぜ超低床コンテナ車を追求し続けるのか【3】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info コキ100系は従来の国鉄形コンテナ車よりも、床面高さを100mm低くしました。この100mm=10cm低くしたことで、JR規格コンテナよりも95mm高いISO規格コンテナの積載を可能にし、海上コンテナの鉄道輸送を実現…

なぜ超低床コンテナ車を追求し続けるのか【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info JR貨物が主力と位置づけるコンテナ輸送では、利用客に提供するコンテナはすでにお話してきた通り、国鉄時代に制定された12ft5トンコンテナでした。対するISO規格コンテナは20ft10トンコンテナが主力だった…

なぜ超低床コンテナ車を追求し続けるのか【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 筆者が鉄道職員時代、「この問題を解決できれば、社長賞ものだ」と言われていたことがあります。本社技術部に集う優秀な技術者たちをもってしても、長年解決できない「難問」の一つとして、超低…

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 【番外編】4年でお役御免になった悲劇の郵便車【6】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info そして、1986年3月1日、国鉄最後のダイヤ改正を控えて、郵政省は鉄道による郵便輸送を全廃し、すべてトラック便などへ移行させました。これによって、クモユ143もすべての運用から退き用途を失い、1982年9…

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 【番外編】4年でお役御免になった悲劇の郵便車【5】

《前回からのつづき》 クモユ141の登場から15年がたった1982年、それまで長野地区では郵便車を併結した列車は客車によって運行していましたが、電車へ置き換えることが決まりました。そのため、クモユ141と同様に電車化に際して併結ができる車両が必要となり…

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 【番外編】4年でお役御免になった悲劇の郵便車【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■たった4年で形式消滅した郵便電車 クモユ143 鉄道による郵便輸送は、その多くが客車列車(荷物列車)によって行なわれていましたが、一部は電車列車によるものもありました。 電車の場合、客車と異なり自…

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 【番外編】4年でお役御免になった悲劇の郵便車【3】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ■郵便客車の中でもっとも薄幸だったスユ15 郵便車と一言で言っても、その形態は輸送方法によって大きく2つに分けられていました。 鉄道郵便局に運び込まれた郵便物を、郵袋ごと郵便車に載せ、車内で鉄道郵…

悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜 【番外編】4年でお役御免になった悲劇の郵便車【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 郵便車は大きく分けて、客車と電車、そして気動車がありました。 客車は国鉄のもっとも古くからある列車の運行形態で、その形式は数多くありました。戦前の20m級鋼製客車であるスハ32系では、区分室を備え…