《前回からのつづき》 長らく中央本線は塩尻峠を避けて南に遠回りするルートを走ってきましたが、辰野回りのルートは川沿いを走るためカーブも多く、列車は速度の制限を受けながら走らざるを得ませんでした。 しかし、線形が悪く速度制限が多くあるというこ…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 長らく続けられてきた、鉄道による郵便・荷物輸送は、1980年代に入ると合理化の対象になっていきました。手小荷物輸送は、1970年代終わり頃に始まった宅配便に押されてしまい、輸送量は減少の一途を辿って…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1980年代に入ると、これまで何度もお話してきたように、国鉄が抱える巨額の債務が社会問題となっていきました。国家予算に近い巨額な債務は、文字通り国鉄の財政事情は火の車となっていて、これを解消する…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 国鉄は、自らが所有する荷物車や郵便荷物車は、新性能電車の登場で余剰化した72系を改造することで賄いました。旧性能電車であれば、もともとが1Mシステムであるので、用途に合った車体に載せ替え設備を整…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 旧形国電時代のように、電動車1両単位でも運用できる新性能電車、いわゆる1M電車は、国鉄時代は長らくつくられることはありませんでした。 その理由として、1M電車を運用する線区が限られていたことです。…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 新性能化されるより前の浜川崎支線では、17級旧形国電のクモハ11形+クハ16形の2両編成が充てられていました。旧形国電は電動車1両で運用ができるので、Mc+Tcの1M1T、MT比は1:1だったため、ある意味では…
国鉄形の電車というと、どのような車両を思い浮かべるでしょうか。 最近まで活躍していた特急形の381系や185系もあれば、今なお走り続けている近郊形の113系や115系も挙げる方もいることでしょう。いずれも国鉄が設計した車両らしく、電装品をはじめ車体に至…
EF71形は奥羽本線の交流電化とともに登場し、「あけぼの」や「つばさ」の補機・本務機として活躍。JR東日本に継承後も重連運用で峠越えを支えましたが、改軌工事や列車削減により運用を失い、1993年に形式消滅。豪雪地帯・板谷峠を越えた交流電機として、25…
EF71形は1968年に福島機関区に配置され、当初はED78形の補機として運用されましたが、1970年以降は本務機としても活躍。寝台特急「あけぼの」や気動車特急「つばさ」の補機も担当し、特にキハ181系の冷却・変速機トラブルにより再び補機として連結され、板谷…
EF71形は板谷峠対応の補機として1968年に登場した国鉄交流電機最大のF級機です。回生ブレーキや過速度検知装置、電機子短絡スイッチなどを装備し、耐寒耐雪仕様も充実。主電動機6基で2,700kWの高出力を誇りましたが、自重増加や空転、サイリスタ不良などの課…