1986年に登場したN183系は、札幌発着の短編成特急網を支える存在として「おおぞら」などで活躍しました。新特急色に始まり、HET色への塗装変更や高速化改造、寝台車の連結など、時代の要請に応じて柔軟に姿を変えていきました。130km/h運転への対応や「スー…
1986年、北海道の都市間輸送を支えるために誕生したN183系は、従来の設計を見直し、民間開発の高性能エンジンや軽量ボルスタレス台車を採用しました。冷房装置や空調設備もコストと実用性を天秤にかけて再構成され、グリーン車にはハイデッカー構造を導入。…
国鉄末期、老朽化したキハ82系の後継として、北海道の特急列車を支えるためにN183系が誕生しました。分割民営化を前に、財政難と社会の変化に対応するため、コスト削減と短編成化を前提に設計され、貫通構造や高運転台、視界を確保する非対称の前面窓など、…
キハ183系には、かつてのキハ82系にあった食堂車が製造されませんでした。利用率の低下や運用コストの増大、国鉄の財政難が背景にありました。その代わり、キロ182形には本格的な車販準備室を設け、旅の喫食サービスを支えました。量産は1980年から始まりま…
1970年代後半、老朽化と過酷な冬に苦しむキハ82系に代わり、北海道の鉄路を走るために誕生したのがキハ183系です。粉雪の着雪を防ぐスラントノーズ、4灯の標識灯、発電用エンジンの冷却機器配置など、すべてが“冬と長距離”を見据えた設計でした。先代の課題…
《前回からのつづき》 キハ82系の登場により、それまで特急列車が設定されてなかった地方亜幹線にも進出し、非電化区間のスタートもいえる存在になりました。しかし、キハ82系が搭載したDMH17系エンジンの非力さは当初から課題となっていたため、運用できる…
《前回からのつづき》 1960年に登場したキハ80系は、先頭車となるキハ81形と、中間車であるキハ80形、そして一等車のキロ80形、食堂車であるキサシ80形で構成されました。先頭車となるキハ81形は、冷房装置や室内灯などに電力を供給するためのサービス発電用…
1960年、国鉄初の特急用気動車キハ80系が登場しました。蒸気機関車の煤煙や燃料問題を背景に進められた「動力近代化計画」の中で、非電化区間にも優等列車を走らせるための答えとして生まれたのです。軽量化と動力分散の思想を受け継ぎ、準急「日光」で実績…
石川さゆりの名曲に描かれた「上野発の夜行列車」。かつて東京から北海道へ向かう旅は、青森までの列車と青函連絡船、そして道内の特急列車が連携していました。青森・函館駅の構造や接続ダイヤ、キハ80系気動車の活躍など、鉄道と船が一体となって人々の旅…
夢の超重量列車を目指したEF200形の挫折。その反省から生まれた実用電機・EF210形は、やがて補機の役割も担う300番台へと進化する。瀬野八の急勾配を越える“赤い補機”EF67形の後を継ぎ、補機専用機という国鉄以来のカテゴリーは静かに幕を下ろした。2025年、…