旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

寝台急行「銀河」の歴史|東海道を駆け抜けた名門列車の足跡と2008年の終焉【14】

1990年代以降、高速バスの低価格化や航空運賃の自由化、新幹線「のぞみ」の高速化により、夜行列車の利用は急減した。寝台特急の統廃合が進む中、「銀河」も編成縮小を重ね、2008年に廃止された。戦前の名士列車17・18列車を源流とし、戦後の復興期から高度…

今週の1枚 DE10 1691

DE10 1691〔函〕 五稜郭 2006年8月6日 筆者撮影 DE10形といえば、国鉄時代は全国至る所で見ることができた、万能ディーゼル機だったといえます。北は北海道、南は鹿児島まで全国に配置され、その製造数は708両にも上り、国鉄のディーゼル機としては最大でも…

寝台急行「銀河」の歴史|東海道を駆け抜けた名門列車の足跡と2008年の終焉【13】

1986年、国鉄最後のダイヤ改正で「銀河」は14系から24系25形へ置換えられ、三段式から二段式寝台へ移行して居住性が向上した。しかし目的は設備改善だけでなく、翌年の国鉄分割民営化に向けた運用・配置の再編が主因で、品川客車区から宮原客車区への担当移…

寝台急行「銀河」の歴史|東海道を駆け抜けた名門列車の足跡と2008年の終焉【12】

1985年、「銀河」は老朽化した20系から14系へ置換えられ、寝台幅が拡大して居住性が向上した。同年のつくば科学万博では大量輸送が必要となり、国鉄は常磐線の交流区間や地磁気観測所の制約で直流車を使えず、交直流車や気動車、583系、さらには12系・20系客…

寝台急行「銀河」の歴史|東海道を駆け抜けた名門列車の足跡と2008年の終焉【11】

1985年、「銀河」は老朽化した20系から14系へ置換えられ、寝台幅が広がり居住性が向上した。同年のつくば科学万博では大量輸送が必要となり、国鉄は全国から車両をかき集め、583系や気動車まで常磐線の臨時列車に投入した。背景には波動用車両の廃車進行や財…

寝台急行「銀河」の歴史|東海道を駆け抜けた名門列車の足跡と2008年の終焉【10】

山陽新幹線岡山開業により在来線の急行・特急は大幅に整理され、「瀬戸」「出雲」の特急格上げや食堂車廃止が進む中、「銀河」も2往復から1往復へ削減され、名古屋では急行「紀伊」と併結されるなど地位が低下した。1975年の博多開業で昼行優等列車が姿を消…

寝台急行「銀河」の歴史|東海道を駆け抜けた名門列車の足跡と2008年の終焉【9】

1964年の東海道新幹線開業は東京〜大阪間の所要時間を大幅に短縮し、在来線の特急・急行に大きな影響を与えた。151系「こだま」が築いた電車特急の時代は終わり、多くの優等列車が廃止・短縮される中、「銀河」は廃止された「明星」を引き継ぎ2往復体制へ拡…

寝台急行「銀河」の歴史|東海道を駆け抜けた名門列車の足跡と2008年の終焉【8】

1969年の等級制廃止により寝台車はA寝台・B寝台へ再編され、「銀河1号」は座席車を外して全車寝台化し、10系寝台車の冷房化でサービス水準が向上した。一方「銀河2号」は普通車座席を残し、編成差が生まれた。1970年の大阪万博では輸送力確保のため「銀河51…

【今週の1枚】 クハ721-3018〔札サウ〕

クハ721-3018〔札サウ〕 札幌 2006年8月6日 筆者撮影 北の大地、北海道の冬は本州以南に住む人には想像がつかないほど過酷だといえます。筆者も真冬に北海道・小樽に行ったことがありますが、日本海から吹き付ける強い風は想像以上に冷たく、寒いを通り越し…

寝台急行「銀河」の歴史|東海道を駆け抜けた名門列車の足跡と2008年の終焉【7】

1966年、急行「銀河」の二等寝台車は10系オハネ17形から、戦後改造のスハネ30形へ置き換えられた。10系の製造が追いつかず、旧型客車を改造して需要を補ったためである。三段式寝台は狭く居住性は低かったが、当時の体格や運賃事情から許容されていた。1968…