旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

湯の街へ駆けた湘南特急──80系・153系・157系が紡いだ伊豆アクセスの歴史【14】

1968年の「ヨン・サン・トオ改正」で準急が全廃され、伊豆方面の急行は「伊豆」(全車指定)と「おくいず」(自由席連結)に再編され、「あまぎ」「いでゆ」は廃止された。翌1969年には設備格差の大きい157系急行「伊豆」が特急「あまぎ」として格上げされ、…

湯の街へ駆けた湘南特急──80系・153系・157系が紡いだ伊豆アクセスの歴史【13】

12.マルス導入と急行格上げが変えた伊豆優等列車:1965〜66年の愛称整理と実質値上げの実態 この記事をまとめると 1965年、マルス102の稼働と「みどりの窓口」開設に合わせ、伊豆方面の列車名は「あまぎ」へ統合され体系が整理された。翌1966年には残る準急…

湯の街へ駆けた湘南特急──80系・153系・157系が紡いだ伊豆アクセスの歴史【12】

東海道新幹線開業後も伊豆方面の直通需要は強く、国鉄は在来線優等列車を即時廃止せず存続させた。臨時特急「ひびき」廃止で余剰となった157系は準急「伊豆」に転用され、設備の豪華さから2往復が急行へ格上げされ料金も上昇。残りは「あまぎ」に組み込まれ…

湯の街へ駆けた湘南特急──80系・153系・157系が紡いだ伊豆アクセスの歴史【11】

東海道新幹線開業後も伊豆方面の直通需要は強く、国鉄は在来線優等列車を即時廃止せず存続させた。臨時特急「ひびき」廃止で余剰となった157系は準急「伊豆」に転用され、設備の豪華さから2往復が急行へ格上げされ料金も上昇。残りは「あまぎ」に組み込まれ…

湯の街へ駆けた湘南特急──80系・153系・157系が紡いだ伊豆アクセスの歴史【10】

1961年の伊豆急開業で東京〜下田直通体系が成立し、「伊豆」「おくいず」「あまぎ」が伊豆観光の主役となった。1964年の東海道新幹線開業で国鉄は乗り換え利用を促し準急削減を狙ったが、熱海・三島での乗り換え負担や料金面から直通列車の需要は依然強く、…

湯の街へ駆けた湘南特急──80系・153系・157系が紡いだ伊豆アクセスの歴史【9】

1961年、日光観光向けの豪華準急「日光」に使われていた157系が、東京を越えて伊東まで直通する「湘南日光」として運転を開始した。特急並みの設備を備えた異色の急行形電車が伊豆に乗り入れた背景には、日光と伊豆の観光需要を結びつける国鉄の戦略があった…

湯の街へ駆けた湘南特急──80系・153系・157系が紡いだ伊豆アクセスの歴史【8】

1959年、伊豆準急に80系の後継として新性能電車153系が投入された。カルダン駆動と空気ばね台車により高速性能と乗り心地が向上し、10両+5両の長大編成で伊東・修善寺へ直通した。二等車は「並ロ」を採用し、等級制の名残も見られた。同年、駿豆線が600Vか…

湯の街へ駆けた湘南特急──80系・153系・157系が紡いだ伊豆アクセスの歴史【7】

1953年に「あまぎ」は「伊豆」と改称され、翌年には「伊豆」と「いでゆ」が正式に定期列車となった。さらに新宿発着の新「あまぎ」も登場し、伊豆方面の準急は急増した。観光需要の高まりで利用者が殺到し、準急券の売れすぎによる混雑や座席確保の問題が深…

湯の街へ駆けた湘南特急──80系・153系・157系が紡いだ伊豆アクセスの歴史【6】

1950年、80系電車で運転された準急「あまぎ」は東京―熱海間を1時間29分で結び、客車列車より33分も速く“湘南特急”と呼ばれた。14両の長大編成で伊東・修善寺へ直通し、三島では1500Vと600Vを切り替える独特の転線作業も行われた。好評を受けて「いでゆ」「は…

湯の街へ駆けた湘南特急──80系・153系・157系が紡いだ伊豆アクセスの歴史【5】

80系電車は「湘南形」として知られ、戦後の輸送逼迫を背景に国鉄が開発した長距離用電車だった。従来の電車とは異なり全席クロスシート中心の設備と高い加速性能を備え、客車に匹敵する快適性を実現した。GHQの制約下で横須賀線用名目で製造されたが、湘南準…