旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

2018-09-01から1ヶ月間の記事一覧

消えゆく「国鉄形」 痛勤ラッシュを支え続けて【22】

大阪湾に沿って紀州路へとつないだスカイブルーの103系【前編】 国鉄の標準通勤形電車となった103系電車は、既にお話ししてきたように衰えることを忘れたモンスターのように混雑の激しさを増し続ける首都圏の通勤路線で活躍していたのと同時に、西の大都市で…

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第二章 見えざる「安全輸送を支える」仕事・猛威を振るう台風、その後に残ったものは【4】

台風というのはほんとうに容赦がない。 またある別の日、横須賀線の逗子駅から連絡があった。逗子駅といえば、三浦半島にある駅で、夏になれば海岸に遊びに行く人たちで賑わう駅だ。そんな駅に貨物列車?と思われる方も多いと思う。 そりゃあそうだ。逗子駅…

走り抜ける「昭和の鉄道」 緑一色、田園都市に吊り掛け音を響かせて

今回はかなり古い写真をご紹介しましょう。 1987年の蒲田駅、東急池上線・目蒲線ホームです。このホーム自体は、今日もあまり大きく変わっていません。私鉄のターミナル駅によく見られる、頭端式のホームです。 東急電鉄といえば、オールステンレス車のパイ…

油断してしまいました

いつも拙著のブログをお読みいただきありがとうございます。 先週から記事の更新が滞っておりました。一部は以前から書いておいた記事を事前に予約投稿したので自動更新されていましたが、それでも日が経つにつれて、予約分もなくなってしまいました。 と、…

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第二章 見えざる「安全輸送を支える」仕事・猛威を振るう台風、その後に残ったものは【3】

猛威を振るう台風、その後に残ったものは【3】 電気区のある横浜羽沢から新鶴見まで、車で概ね40分から50分はかかった。 ところが、この日は台風が過ぎた後の夕方。普段よりも車の量が多く、道路は混んでいたから1時間以上はかかったと思う。それでも、でき…

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第二章 見えざる「安全輸送を支える」仕事・猛威を振るう台風、その後に残ったものは【2】

猛威を振るう台風、その後に残ったものは【2】 遥か遠くの地が台風に襲われて、列車のダイヤが大きく乱れたために、作業にも影響を受けることがあるが、台風の直撃を受けた場合は作業どころではない。 暴風雨の吹き荒れる中を線路に入って作業をするなどとん…

走り抜ける「昭和の鉄道」 北関東を走るステンレス車・東武10000系

東武鉄道というと、日光へ行くことができる電車、そして埼玉から北を走る鉄道という印象です。 とはいっても、私にはあまり縁のない鉄道で、幼い頃に母に連れられて伊勢崎線沿線にある親戚の家に行ったときに乗ったことぐらいしか憶えてません。 その頃の東…

消えゆく「国鉄形」 痛勤ラッシュを支え続けて【21】

首都圏の国鉄形の牙城・南武線と鶴見線を走ったカナリアイエロー【後編】 1987年に国鉄が民営化され、JR東日本に引き継がれた南武線と鶴見線は、それまで冷遇されていたのが大きく改善に向かい始めます。 いつまでも都心部で使い古された中古車で、それも冷…

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第二章 見えざる「安全輸送を支える」仕事・猛威を振るう台風、その後に残ったものは【1】

猛威を振るう台風、その後に残ったものは【1】 暑い夏が終わるとようやく涼しい秋がやってくる。 線路際で毎日焼かれるような暑さの中で仕事をしていると、9月に入って気温が下がり始めたことに気付かないこともしばしば。それでも、夕方になって退勤時刻が…

走り抜ける「昭和の鉄道」 都心から三浦へと走り続けた京浜急行1000形

「ハマの赤いあんちくしょう」といえば、京浜急行電鉄。 真っ赤なボディーに白い帯を巻いた電車は、その線路の幅にものをいわせ、狭い住宅街を縫うように走る線路を猛スピードで駆け抜けていきます。 それは今も昔も変わりません。 その京浜急行の代表的な電…

消えゆく「国鉄形」 痛勤ラッシュを支え続けて【20】

首都圏の国鉄形の牙城・南武線と鶴見線を走ったカナリアイエロー【前編】 首都圏を走った黄色の103系電車で、もう一つ語らなければならないのが南武線と鶴見線でしょう。 南武線は神奈川県の川崎駅から東京都の立川駅を南北に結ぶ通勤路線ですが、もともとは…