2025-11-01から1ヶ月間の記事一覧
クモハ123形5040番台は、1990年にワンマン運転対応改造を受け、身延線で活躍。2001年には主電動機をMT54形に換装し延命されたが、JR東海の効率化方針により313系の導入で置き換えが進行。2006年から廃車が始まり、2007年に最後の5043号が引退し、5040番台は…
クモハ123形40番台は非冷房で登場したが、1989年にJR東海がC-AU711形冷房装置を用いた冷房化改造を実施。軽量・省電力な装置とDC-DCコンバータの採用により、コストと工期を大幅に削減。改造後は5040番台に改番され、塗装もJR東海標準色に変更されるなど、民…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info クモハ123形0番台は、その姿形は改造時期や施工工場、そして転用先などがそれぞれで異なるため、わずか6両しかないにもかかわらず、その外観は大きく異なるという異色の形式になりました。 その一方で、0…
《前回からのつづき》 2001年になると、宇野線の列車がワンマン化されることになり、ワンマン運転用の設備をもたないクモハ123-5・6を使い続けることができなかったのです。クモハ123形は1両編成で運行ができる車両なので、それならワンマン運転用に料金箱…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info クモハ123-5・6の2両は当初の計画通りに、阪和線羽衣支線の運用に充てられることになります。しかし、その運用に就いたのは落成から3か月が経った7月まで待たなければなりませんでした。その間は、配置先…
《前回からのつづき》 広島工場でクモハ123形の2〜4号車が改造が進められていたのと時を同じくして、もう2両のクモニ143形が吹田工場で旅客車化の改造が進められていました。この2両は落成後に5・6号車となりますが、1〜4号車が種車の構造をすべて改めて旅客…
《前回からのつづき》 クモハ123-1が長野工場で落成した同じ頃、広島工場(後のJR貨物広島車両所)では同じくクモニ143形を旅客車へ改造する工事が進められていました。クモニ143形の2~4号車の3両が、長野工場で進められたクモハ123形への改造を受けていた…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info クモハ123形の走行に必要な機器は、種車のクモニ143形のものを活用しました。 主制御器は電動カム軸式のCS44形で、この制御器は力行時に直列11段、並列13段、弱め界磁4段の計28段、発電ブレーキ20段の回路…
《前回からのつづき》 長らく中央本線は塩尻峠を避けて南に遠回りするルートを走ってきましたが、辰野回りのルートは川沿いを走るためカーブも多く、列車は速度の制限を受けながら走らざるを得ませんでした。 しかし、線形が悪く速度制限が多くあるというこ…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 長らく続けられてきた、鉄道による郵便・荷物輸送は、1980年代に入ると合理化の対象になっていきました。手小荷物輸送は、1970年代終わり頃に始まった宅配便に押されてしまい、輸送量は減少の一途を辿って…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1980年代に入ると、これまで何度もお話してきたように、国鉄が抱える巨額の債務が社会問題となっていきました。国家予算に近い巨額な債務は、文字通り国鉄の財政事情は火の車となっていて、これを解消する…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 国鉄は、自らが所有する荷物車や郵便荷物車は、新性能電車の登場で余剰化した72系を改造することで賄いました。旧性能電車であれば、もともとが1Mシステムであるので、用途に合った車体に載せ替え設備を整…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 旧形国電時代のように、電動車1両単位でも運用できる新性能電車、いわゆる1M電車は、国鉄時代は長らくつくられることはありませんでした。 その理由として、1M電車を運用する線区が限られていたことです。…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 新性能化されるより前の浜川崎支線では、17級旧形国電のクモハ11形+クハ16形の2両編成が充てられていました。旧形国電は電動車1両で運用ができるので、Mc+Tcの1M1T、MT比は1:1だったため、ある意味では…
国鉄形の電車というと、どのような車両を思い浮かべるでしょうか。 最近まで活躍していた特急形の381系や185系もあれば、今なお走り続けている近郊形の113系や115系も挙げる方もいることでしょう。いずれも国鉄が設計した車両らしく、電装品をはじめ車体に至…
EF71形は奥羽本線の交流電化とともに登場し、「あけぼの」や「つばさ」の補機・本務機として活躍。JR東日本に継承後も重連運用で峠越えを支えましたが、改軌工事や列車削減により運用を失い、1993年に形式消滅。豪雪地帯・板谷峠を越えた交流電機として、25…
EF71形は1968年に福島機関区に配置され、当初はED78形の補機として運用されましたが、1970年以降は本務機としても活躍。寝台特急「あけぼの」や気動車特急「つばさ」の補機も担当し、特にキハ181系の冷却・変速機トラブルにより再び補機として連結され、板谷…
EF71形は板谷峠対応の補機として1968年に登場した国鉄交流電機最大のF級機です。回生ブレーキや過速度検知装置、電機子短絡スイッチなどを装備し、耐寒耐雪仕様も充実。主電動機6基で2,700kWの高出力を誇りましたが、自重増加や空転、サイリスタ不良などの課…
EF71形は、板谷峠対応の補機として1968年に登場した国鉄交流電機最大のF級機です。サイリスタ位相制御と回生ブレーキを搭載し、主電動機を6基装備することで2,700kWの高出力を実現。屋根上機器の室内収容や豪雪地帯対応の設計も特徴で、交流版EF63形ともいえ…
ED78形は1968年から製造され、板谷峠や仙山線で活躍した国鉄交流電機です。寝台特急「あけぼの」対応の増備やJR継承後の仙台転属を経て、1990年代には定期運用を縮小。1998年にほぼ全車が廃車となり、残る2両も2000年に落ち葉清掃列車の任務を終えて引退。30…
《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info (2)入換の「真打ち」ディーゼル機の出番 到着した貨物列車から電気機関車が切り離され、引き上げ線へと引き上げていくと、今度は入換用に待機していたディーゼル機の出番です。当時の横浜羽沢駅には、…
ED78形は、ED94形の試験成果を基に1968年に量産化された板谷峠対応の交流電機です。サイリスタ制御や回生ブレーキ、過速度検知装置、電機子短絡スイッチなどを装備し、安全性と制動力を強化。奥羽本線や仙山線で運用され、1970年には2次車も増備されましたが…
ED94形は、板谷峠の急勾配に対応するため、ED77形をベースに回生ブレーキを搭載した国鉄初の試作交流電機です。サイリスタ連続位相制御により、交流から直流への変換と電圧制御を両立し、回生制動を可能にしました。試験の結果、誘導障害が発生したため、量…
奥羽本線の交流電化に伴い、EF64形に代わる本務機としてED78形が登場しました。ED75形を基に開発されたED93形(後のED77形)は、軸重調整機能やサイリスタ位相制御を搭載し、仙山線で試験運用されましたが、板谷峠の急勾配に必要な抑速機能がなく、峠越えに…