旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

国鉄

見た目ではブルトレ牽引機 最強電機登場までのリリーフだったF形【3】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 特急貨物列車を牽く電機としてEF65にその役を任せることにしたものの、10000系高速化車で組成された列車は、客車列車とは異なり編成自体が重量がかさむことに加えて、連続で高速運転をしなければならない…

見た目ではブルトレ牽引機 最強電機登場までのリリーフだったF形【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1965年に登場したEF65は、牽引力をもたせながら連続高速運転にも耐えられる性能をもった客貨両用の万能機でした。当然、国鉄も寝台特急の牽引にはEF65を充てることを目論み、20系客車を引くために必要な特…

見た目ではブルトレ牽引機 最強電機登場までのリリーフだったF形【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただきありがとうございます。 筆者が鉄道マンになった1991年は、まだまだ多くの国鉄形電機があちこちで走っており、今となってはなんとも羨ましくもなるような光景が見られたものです。特に筆者が勤務した電気区の管轄には、本…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【6】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info それほど長く使うことはないであろうと、最低限の改造を施された419・715系は、計画通りに旅客会社に引き継がれ、引き続き地方都市圏のローカル輸送に充てられました。使い勝手が悪いと言っても、継承した…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【5】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info こうして、かつては昼夜兼行の特急形電車として重宝され、文字通り全国各地で都市間を結ぶ特急列車という花形仕業で栄光の活躍をした581・583系を改造して誕生した419・715系は、かつての栄光ある実績とは…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 余剰となった581・583系の近郊形か改造と、それを用いた地方都市圏の電車ダイヤ化の推進はここだけでは留まりませんでした。 九州島内の福岡・北九州都市圏は手持ちの交直流電車を短編成化、電車ダイヤ化…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【3】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 元々が寝台設備をもつ特異な車両だったので、それを近郊形にするというのはかなり無理があったと考えられ、それ故に「魔改造」になってしまいました。種車の客用扉は700mm折戸を採用していましたが、可能…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 1982年のダイヤ改正で、広島地区には「シティ電車」という名称で、「国電ダイヤ」と同じように日中は15分間隔で列車を運転し、パターン化したダイヤ編成にしました。また、従来の国鉄線は駅間距離が長いた…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 鉄道車両は製造されてからそのままの姿で与えられた役割を果たし、耐用年数が来るなどして引退していきますが、そうした例は意外と多くなく、大抵の場合は運用される線区での実態や、新型車の登…

常識を覆して「短い特急」を具現化したクモハ485【3】

《前回のつづきから》 1986年までに落成したクモハ485 100番代は、南福岡電車区に配置されて、民営化後を見据えた国鉄最後のダイヤ改正で、計画通りに熊本発着の「有明」に充てられるようになりました。ここの国鉄史上最短の特急列車が誕生することになりま…

常識を覆して「短い特急」を具現化したクモハ485【2】

《前回のつづきから》 485系を4M1Tで5両編成を組むのには、少なからぬ問題がありました。 そもそも485系は長大編成を組んで運用することを前提に開発されたので、電動車はすべて中間車として設計されています。また、グリーン車は車内の静粛性を優先させるた…

常識を覆して「短い特急」を具現化したクモハ485【1】

いつも拙筆のログをお読みいただき、ありがとうございます。 特急列車といえば、かつては10両以上の長大編成を組み、中にはグリーン車はもちろんのこと、食堂車も連結して長距離を走破する列車でした。これは、かつての国鉄の特急列車は主要都市間を相互に結…

豪雪地帯から南国へ移った赤い電機の悲運 波乱と薄幸のED74【4】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info このブログでも何度かお話しましたが、国鉄は原則として独立採算制の国有公共企業体です。原則として税金を投じることはなく、運賃収入を基本として経営されることになっていました。ただし、運賃収入だけ…

豪雪地帯から南国へ移った赤い電機の悲運 波乱と薄幸のED74【3】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 1962年に製造された6両のED74は、計画通りに敦賀第二機関区に新製配置され、北陸本線の福井以北の電化区間で運用されました。しかし前にも述べたように、福井以南のEF70に形式を統一するほうが多くのメリ…

豪雪地帯から南国へ移った赤い電機の悲運 波乱と薄幸のED74【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info ED74は1962年に製造されました。それまでの交流機は主整流器に水銀整流器を使用していましたが、位相制御ができる利点がある反面、真空容器の中に水銀を封入し、それを電極に噴霧した際に起きるアークを利…

豪雪地帯から南国へ移った赤い電機の悲運 波乱と薄幸のED74【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 12月は「師走」と言われるように、筆者の今の仕事は年度始めと年末、そして年度末が非常に忙しくなります。成績評価やら年度末処理、さらには次年度の準備などなど、ただでさえ世間からは20年以…

老体にむち打ち今なお吉備路を走り続ける国鉄形【3】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info blog.railroad-traveler.info blog.railroad-traveler.info blog.railroad-traveler.info blog.railroad-traveler.info blog.railroad-traveler.info 京阪神に225系が投入され、押し出された223系が福知山…

老体にむち打ち今なお吉備路を走り続ける国鉄形【2】

《前回からの続き》 blog.railroad-traveler.info 221系は京阪神の新快速に投入されてきたこともあり、車両の接客設備は一定の水準を満たしています。しかし103系は通勤形と呼ばれるロングシートを備えただけのものであり、その収容力を生かして大都市圏での…

老体にむち打ち今なお吉備路を走り続ける国鉄形【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 国鉄の分割民営化から早くも35年が経とうとしています。1987年に分割民営化によって誕生した旅客6社と貨物1社、そして情報システム1社と研究機関1法人は、今日に至るまでそれぞれの特徴を大きく…

この1枚から 生涯を常磐線と近隣だけで過ごした交直流機【3】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 1963年から製作された1次形は、全機が田端機関区へ新製配置されると、さっそく常磐線の客車列車や貨物列車を牽く運用に就いていきました。 EF80にとって特に花形だったのは、やはり寝台特急「ゆうづる」を…

この1枚から 生涯を常磐線と近隣だけで過ごした交直流機【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 1963年から製造されEF80は、常磐線用の交直流機として開発されました。常磐線は既に上野ー取手間が直流電化されており、取手以北の電化も進められようとしていました。しかし、取手以北の電化では、石岡に…

この1枚から 生涯を常磐線と近隣だけで過ごした交直流機【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 人の生き方とは色々で、「十人十色」の言葉のように様々です。生まれ育った地から離れることもなく、故郷で一生を送る人もいれば、故郷を離れ遠く彼の地で生計を営む人もいるでしょう。一度は故…

この1枚から 姿変えても50年以上物流を支え続けるDD13【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info DD552 16号機は国鉄から譲渡されたDD13 306号機でした。 DD13は言わずとしれた本格的な国産液体式ディーゼル機関車で、国鉄におけるディーゼル機関車の礎を築いた機関車です。開発当初は出力370PSのDML30S…

この1枚から 姿変えても50年以上物流を支え続けるDD13【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 鉄道車両の寿命は車種や用途、設計、運用状況などにより大きく異なります。例えば常に高速で長距離運用をこなし続ける新幹線電車は、その寿命は10年から10数年程度と短いことで知られています。…

この1枚から 最後は石灰石を運び続けた古豪機【3】

《前回のつづきから》 機関車の集中配置は今でこそ珍しいものではなくなりましたが、国鉄時代は関門トンネル用のEF30のような特殊な用途を除いて、あまり例を見たことがないのが筆者の視点です。 というのも、旅客列車を担当する区所と貨物列車を担当する区…

この1枚から 最後は石灰石を運び続けた古豪機【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 立川機関区に配転された時点で、ED16はすでに古豪機でした。ED16は1935年から製造されたいわゆる戦前型の電機で、旅客用のEF52を勾配線区で運用する貨物用中型機に設計を改めたものです。 ED16は1931年に1…

この1枚から 最後は石灰石を運び続けた古豪機【1】

いつも拙筆のブログををよみいただき、ありがとうございます。 かつての鉄道貨物輸送は、ありとあらゆるものを運んでいました。もちろん、今も同じですが、物流の主役をトラックに取って代われる以前は、貨物の輸送は鉄道が第一選択だったのです。 例えば生…

この1枚から 北の鉄路を守ったディーゼル機関車【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 1962年に登場したDD15は、基本的な性能はDD13と大きく変わりませんでした。装備するエンジンも500PSの出力を持つDMF31SBを2基とし、機関車出力は1,000PSでした。重連総括制御も可能なので、DD13 300番代と…

この1枚から 北の鉄路を守ったディーゼル機関車【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 ディーゼル機関車というと、今では貨物駅構内で貨車の入換作業に活躍する姿や、非電化区間で列車を牽く姿を思い起こすことがほとんどだと思います。かく言う筆者も、ディーゼル機関車と言われれ…

国鉄時代の鉄道管理局標記と民営化後の支社標記【2】

《前回からのつづき》 民営化から間もない頃、ほとんどのコンテナ車が国鉄から継承した車両で占められ、コキ100系の増備は始まったばかりで、非常に貴重な存在でした。特に床面が低くなったことで、載せることができるコンテナのサイズも大きくすることがで…