旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

国鉄

海峡下の電機の系譜【Ⅲ】 世界初の量産交直流機EF30《後編》

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 「海峡下の電機の系譜」と題し関門トンネルを走り抜けた電機たちをふり返るシリーズ構成のお話も、いよいよ関門専用機として設計された世界初の交直流機EF30の後編です。 こちらも前後編に渡る…

海峡下の電機の系譜【Ⅲ】 世界初の量産交直流機EF30《前編》

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 「海峡下の電機の系譜」と題し関門トンネルを走り抜けた電機たちをふり返るシリーズ構成のお話も、いよいよ関門専用機として設計された世界初の交直流機EF30が登場いたします。 こちらも前後編…

海峡下の電機の系譜【Ⅱ】 関門海峡を潜(くぐ)り抜けた直流電機・EF10《後編》

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 「海峡下の電機の系譜」と題したシリーズ構成でお送りするお話。今回はその2回目として、関門トンネルの初代電機EF10のお話の後編なります。書いているうちに段々長くなってしまい、EF10のお話…

海峡下の電機の系譜【Ⅱ】 関門海峡を潜(くぐ)り抜けた直流電機・EF10《前編》

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 「海峡下の電機の系譜」と題したシリーズ構成でお送りするお話。今回はその2回目として、関門トンネルの初代電機EF10のお話なります。書いているうちに段々長くなってしまい、EF10のお話は前後…

海峡下の電機の系譜【Ⅰ】 日本初の海底トンネル・関門トンネル前史

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとございます。 このブログでも、何度となく話題にしております「関門トンネル」。ご存知の方も多いと思いますが、本州と九州を結ぶ海底トンネルです。厳密には、鉄道トンネルと国道トンネル、そして新幹線の新関…

この1枚から 上野駅が特急銀座だった頃

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 写真を整理していると、いろいろなものが出てきますが、よもやこういう写真まで撮っていたとは、当の本人も覚えがなく出てきたときはビックリしつつも、感心してしまいました。 上野駅といえば…

この1枚から そこはどっぷり昭和の世界・クモハ40

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 「旧型国電」というカテゴリーの電車をご存知なのは、熱心なファンの方か、恐らく筆者と同じ年代や諸先輩方ではないでしょうか。吊り掛け駆動と呼ばれる構造が簡単で、出力を増大させるととも大…

この1枚から 青プレート時代のEF65 1064

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 つい最近、民営化後につくられたEF66 100番代に廃車が出たというニュースを耳にしました。製造から30年と少し。リピートオーダーでつくられたので、0番代のように更新工事も受けていませんが、…

この1枚から 1986年頃の新鶴見機関区公開イベント

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 1986年頃となると、国鉄は分割民営化されることがほぼ決まり、現場は色々な意味で大変だったようです。もっとも、ここでは細かく書くことはあえて避けますが、いずれにしても想像を超えることも…

この1枚から 1984年夏の青梅線奥多摩駅・国鉄EF15

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 筆者(私)が小学生の頃、夏休みのレジャーといえば川遊びが定番でした。父は仕事でほとんど家を留守にしていて、母は祖母の介護で出かけることもままならなかったので、代わりといってはなんで…

この1枚から 天竜川の畔にたたずむキハ20

首都圏に生まれ育った筆者(私)にとって、気動車とはあまり縁のない存在でした。物心ついたときには、オールステンレス車が数多く走る東急線に乗り、電気機関車や貨車が数多く集まる操車場の近くに住んでいたので、列車=電車というのが当たり前だったので…

この1枚から 三つの時代を走り続ける旧型客車・国鉄オハフ33

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 近年、静態保存されていた蒸気機関車を再整備して、動態保存という形で復活する例が多くなりました。つい最近では、京都・梅小路にある京都鉄道博物館に収蔵されていたD51・200号機が復元整備さ…

この1枚から EF58 61が牽く客レの「踊り子」

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 夏の繁忙期になりますと、多くの乗客を運ぶためにありとあらゆる列車が運転されます。予め運転する月が設定されている季節列車や、特定の日だけに運転をする臨時列車など様々です。 ことレジャ…

この1枚から 夏の繁忙期輸送に駆り出された「大目玉」の急行形電車・国鉄167系

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 今回ご紹介する写真は、1984年8月13日に熱海駅で撮影したものです。なぜ、40年近く前に撮った写真の日付を覚えているかといえば、この前日に日本中を、家世界中を震撼させた日本航空のボーイン…

この1枚から 「復活」という幸運を手にしたカマたちⅠ・EF65 2のお話

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 7都府県に緊急事態宣言が出されて2週間が経ちました。ターミナル駅などでは人出も減ったようですが、逆に商店街やスーパーなどは宣言前に比べて増えているようです。 筆者の地元であり生まれ…

この1枚から たった1年だけでも「存在感」は大きい 1985年のEF58 61

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 緊急事態宣言が出てから2週間が経ちました。まだ2週間?もう2週間?など、いろいろな感じ方があるかと思います。どちらにしても、感染の拡大を防ぎ、医療機関の崩壊を阻止するためには、じっ…

この1枚から 財政難の申し子・クモハ485(下)

1985年だった86年だったか記憶が曖昧ですが、1985年のダイヤ改正の後だということははっきりしています。 祖父に連れられて九州を旅したとき、朝早く、博多駅を発車する「有明」で、西鹿児島駅まで通して乗ることがありました。この時に乗ったのが、短編成化…

さらば札沼線末端区間【2】 《鉄路探訪》かつての「赤字83線」から、都市圏輸送を担う電化路線へと進化する鉄道・札沼線

その1 札幌-桑園(2) 札沼線の起点は、路線名称からも分かるとおり札幌駅である。札幌駅に降り立つのは、実にこれで4度目だ。前回は2008年の冬と夏で、その前は2005年と2004年だった。秋から冬に北海道を訪れることが多く、どういうわけか夏などの季節…

この1枚から 財政難の申し子・クモハ485(上)

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、緊急事態宣言が発令されて1週間。最初は7都府県だけだったのが、とうとう全国規模になってしまいました。仕事も開店休業のような状態が続き、例年…

消えゆく国鉄形 産業を支え続けた石炭列車【3】

鉄道による貨物輸送で強いと言われたいわゆる「3セ」。石炭、石油、石灰石を指しますが、このうち石炭は鉄道開業以来、もっともポピュラーだった大量拠点間輸送の貨物でした。 戦前は国内にある炭鉱から産出された石炭を、貨物列車で運んで各地へと運んでい…

消えゆく国鉄形 産業を支え続けた石炭列車【2】

2008年3月15日に行われたダイヤ改正は、貨物輸送の第二の大転換期といってもよいかも知れませんでした。 第1の転換期は、1984(総和59〕年2月に行われた、いわゆる「ゴーキュウニ」では、貨物駅の大幅な整理と車扱貨物の原則廃止、そしてコンテナを中心とし…

消えゆく国鉄形 産業を支え続けた石炭列車【1】

「消えゆく国鉄形」シリーズも書き始めてから2年近くが経ちました。 とはいえ、185系電車のお話は途中で止まっており、いつか再開しなければ~なんて考えてはいたものの、本業が日に日に忙しさ(なんて言葉では済まされないほど、大量の仕事が捌けてないん…

この1枚から 赤い機関車・ED76

いつも拙筆のブログをお読みいただきありがとうございます。 年度末の忙しさに息をつく間もないのですが、やはり体は「鉄分」を欲していて、仕事の合間に資料を見たり、写真を整理したりなんてことをしています(笑)。仕事・・・といっても、職場ではなく自宅…

この1枚から 急行「かいもん」の思い出話 ~つづき~

一度書き始めると、どうしても「あれも書こう」「これも書こう」なんて欲張ってしまうので、ついつい話が長くなってしまいます。 今回の「かいもん」のお話も一回で終わらせるつもりが・・・気付いたら、2回跨がってしまいました。 いやはや、悪い癖なのかも知…

この1枚から 急行「かいもん」の思い出話

JR線上に「急行」という種別の列車が走っていたことを知るのは、恐らく私と同年代かあるいは先人の方たちだと思います。熱心に研究されている若い方たちも、そのことを知っているのではないでしょうか。 今日当たり前のようにたくさん走っている「特急」は、…

この1枚から EF65 535のお話

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 新型コロナウィルスが国内で流行し、日に日に感染してしまった方の数が増えています。 そのような中、先週の金曜日(2月28日)の18時過ぎ、まさに「青天の霹靂」という言葉があてはまる大事が起…

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第二章 見えざる「安全輸送を支える」仕事・命を預かる役目・列車見張【6】

このシリーズも書き始めて1年以上が経ちましたが、最後に記事を公開してからずいぶんと時間が経ってしまいました。 楽しみにして頂いていた皆さま、ほんとうに申し訳ありません。 これからも、本業や家族サービスの合間を見ての執筆と公開になりますが、お…

消えゆく「国鉄形」 ~湘南・伊豆を走り続ける最後の国鉄特急形~ 185系電車【7】

(6)国鉄の終焉と民営化直後 1985年のダイヤ改正で東北・上越新幹線が上野開業を果たすと、それまで上野-大宮間の新幹線利用客輸送の専用列車である「新幹線リレー号」もその役割を終えて廃止された。新前橋の185系200番代は当初からの計画であったとはい…

消えゆく「国鉄形」 ~湘南・伊豆を走り続ける最後の国鉄特急形~ 185系電車【6】

(5)上越新幹線開業と新特急・・・185系北へ 1982年11月に上越新幹線が大宮起点で暫定開業をすると、上野発着の高崎線・上越線の優等列車の整理が行われた。特急「とき」をはじめとした首都圏-上越地方を結ぶ特急、急行列車はほとんどが新幹線へ整理統合され…

消えゆく「国鉄形」 ~湘南・伊豆を走り続ける最後の国鉄特急形~ 185系電車【5】

4.185系の歩み (3)新前橋の165系置換えと東北・上越新幹線大宮暫定開業 185系は東海道本線を走り続けてきた急行形である153系の老朽取替と、急行「伊豆」の特急格上げ用として設計・製造された特急形電車であった。その目的の通り、0番代は115両全車が…