旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

鉄道

期待された救世主のはずが 短命に終わった悲運の客車【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 豪華な設備を誇る特急用客車として20系が増備され、夜行特急列車は順次これに置き換えられていく一方、急行列車や普通列車は相変わらずスハ43系を中心とした車両によって運転されていました。国鉄が開発し…

期待された救世主のはずが 短命に終わった悲運の客車【1】

いつも拙筆のログをお読みいただき、ありがとうございます。 1987年の国鉄分割民営化はまさに、日本の鉄道にとって「天変地異」にも等しい大事件といえるものでした。1872年に当時の新橋駅−横浜駅(旧汐留駅−桜木町駅)間に日本で初めて鉄道が開業する前年に…

2022年ダイヤ改正で委託運転が解消 JR貨物が迎えた一つのターニングポイント【4】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 経営基盤が脆弱で、設立当初から「数年もてばいい」とまで揶揄された貨物会社は、様々な負担軽減策を施されていました。アボイダブルコストルールによる線路使用料の軽減や、旅客会社への貨物列車の運転委…

2022年ダイヤ改正で委託運転が解消 JR貨物が迎えた一つのターニングポイント【3】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 鉄道の運転士や機関士は、誰でもなれる職種ではないことは、多くの方がご存知のことと思います。運転士や機関士になるためには、国土交通省が交付する「動力車操縦者免許」が必要で、その免許を取得するた…

2022年ダイヤ改正で委託運転が解消 JR貨物が迎えた一つのターニングポイント【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 三島会社よりも厳しいといわれた貨物会社には、必要最小限の車両と人員、そして施設を継承させました。貨物会社には長大な線路を保有させず、旅客会社が保有する線路を借りて自社の列車を運行させる「第二…

2022年ダイヤ改正で委託運転が解消 JR貨物が迎えた一つのターニングポイント【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 3月中旬に更新して以来、ずっとご無沙汰しておりました。いつも楽しみにしていただいている皆様には大変申し訳なく思います。引き続き、ご愛読いただければ筆者として嬉しく思う限りです。 私ご…

この1枚から たった1つの駅のためにつくられたサイレントディーゼル・DE11 2000番代【3】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info DE11は、ローカル線など線路規格の低い線区でも運用でき、冬季の客車列車では必要不可欠の暖房用蒸気発生装置(SG)を搭載し、かつ大出力エンジンを1基搭載したDE10をベースに、操車場などでの重入換用に…

この1枚から たった1つの駅のためにつくられたサイレントディーゼル・DE11 2000番代【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 神奈川県内にある東海道本線の貨物輸送の拠点は、横浜港に隣接した横浜港駅や高島駅、山下埠頭駅などがありました。いずれも高島線と呼ばれる支線にあり、神戸方への輸送には難がありました。また、横浜以…

この1枚から たった1つの駅のためにつくられたサイレントディーゼル・DE11 2000番代【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 日本の物流と私たちの生活を支える鉄道貨物輸送は、今日では発駅から着駅までの間を必要な場合を除いて停車したり、貨車の入換をすることなく通して運転される拠点間輸送方式によっておこなわれ…

見た目ではブルトレ牽引機 最強電機登場までのリリーフだったF形【6】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info その後、1000番代PF形とEF66の増備によって、500番代F形は特急貨物列車の運用から次第に離れていき、一般の貨物列車の運用に充てられるようになりました。また、レサ10000で組成された鮮魚特急貨物列車は…

見た目ではブルトレ牽引機 最強電機登場までのリリーフだったF形【5】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 1965年にP形と同じ時期に製造されたF形は、新製後に吹田第二機関区に配置されて、さっそく特急貨物列車の運用に就きました。 特急貨物列車は操車場を経由せず、発駅と着駅を通して運転する拠点間輸送の形…

見た目ではブルトレ牽引機 最強電機登場までのリリーフだったF形【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info ところが、すべての電機やディーゼル機に重連総括制御装置を装備しませんでした。重連運転を想定していない車両には、使いもしない装置を装備させては製造コストが割高になるのです。それだけでなく、検査…

見た目ではブルトレ牽引機 最強電機登場までのリリーフだったF形【3】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 特急貨物列車を牽く電機としてEF65にその役を任せることにしたものの、10000系高速化車で組成された列車は、客車列車とは異なり編成自体が重量がかさむことに加えて、連続で高速運転をしなければならない…

見た目ではブルトレ牽引機 最強電機登場までのリリーフだったF形【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 1965年に登場したEF65は、牽引力をもたせながら連続高速運転にも耐えられる性能をもった客貨両用の万能機でした。当然、国鉄も寝台特急の牽引にはEF65を充てることを目論み、20系客車を引くために必要な特…

見た目ではブルトレ牽引機 最強電機登場までのリリーフだったF形【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただきありがとうございます。 筆者が鉄道マンになった1991年は、まだまだ多くの国鉄形電機があちこちで走っており、今となってはなんとも羨ましくもなるような光景が見られたものです。特に筆者が勤務した電気区の管轄には、本…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【6】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info それほど長く使うことはないであろうと、最低限の改造を施された419・715系は、計画通りに旅客会社に引き継がれ、引き続き地方都市圏のローカル輸送に充てられました。使い勝手が悪いと言っても、継承した…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【5】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info こうして、かつては昼夜兼行の特急形電車として重宝され、文字通り全国各地で都市間を結ぶ特急列車という花形仕業で栄光の活躍をした581・583系を改造して誕生した419・715系は、かつての栄光ある実績とは…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 余剰となった581・583系の近郊形か改造と、それを用いた地方都市圏の電車ダイヤ化の推進はここだけでは留まりませんでした。 九州島内の福岡・北九州都市圏は手持ちの交直流電車を短編成化、電車ダイヤ化…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【3】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 元々が寝台設備をもつ特異な車両だったので、それを近郊形にするというのはかなり無理があったと考えられ、それ故に「魔改造」になってしまいました。種車の客用扉は700mm折戸を採用していましたが、可能…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 1982年のダイヤ改正で、広島地区には「シティ電車」という名称で、「国電ダイヤ」と同じように日中は15分間隔で列車を運転し、パターン化したダイヤ編成にしました。また、従来の国鉄線は駅間距離が長いた…

前歴は寝台特急、余剰で転用された「食パン電車」【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 鉄道車両は製造されてからそのままの姿で与えられた役割を果たし、耐用年数が来るなどして引退していきますが、そうした例は意外と多くなく、大抵の場合は運用される線区での実態や、新型車の登…

小さくても国鉄電機似だった私鉄電機【5】

《前回のつづきから》 こうした流れの中で、岳南線に乗り入れる紙輸送列車は変わらずワム80000によって行われていましたが、JR貨物としては早期にコンテナへ転換したかったのです。というのも、ワム80000の最高運転速度は75km/hに留まっていたので、高速化す…

小さくても国鉄電機似だった私鉄電機【4】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 1965年2両が落成したED40は、計画通りに上高地線でのダム建設工事用資材を輸送する貨物列車を牽く任に就きました。建設資材という重量物を輸送するため、ED40の新製だけでなく、上高地線の軌道を強化する…

小さくても国鉄電機似だった私鉄電機【3】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info ED40は私鉄電機としては一般的な小型D級機でした。国鉄のように大出力をもつ大型F級機を必要とする運用はなく、短い距離をある程度まとまった数の貨車を牽くことができれば事足りるので、こうした小型機が…

小さくても国鉄電機似だった私鉄電機【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 岳南鉄道に在籍していたED40は、もともとは松本電気鉄道(現在のアルピコ交通)が発注したものでした。もともと、松本電気鉄道も貨物輸送を行っており、ED30という30トン電機を保有していました。 それま…

小さくても国鉄電機似だった私鉄電機【1】

いつも拙筆のログをお読みいただき、ありがとうございます。 かつて日本の物流の主役が鉄道貨物であった頃、貨物列車は国鉄線だけではなく多くの私鉄でも運転されていました。最も著名なのは東武鉄道で、国鉄と同一形式であるワラ1を多数保有し、国鉄線直通…

常識を覆して「短い特急」を具現化したクモハ485【3】

《前回のつづきから》 1986年までに落成したクモハ485 100番代は、南福岡電車区に配置されて、民営化後を見据えた国鉄最後のダイヤ改正で、計画通りに熊本発着の「有明」に充てられるようになりました。ここの国鉄史上最短の特急列車が誕生することになりま…

常識を覆して「短い特急」を具現化したクモハ485【2】

《前回のつづきから》 485系を4M1Tで5両編成を組むのには、少なからぬ問題がありました。 そもそも485系は長大編成を組んで運用することを前提に開発されたので、電動車はすべて中間車として設計されています。また、グリーン車は車内の静粛性を優先させるた…

常識を覆して「短い特急」を具現化したクモハ485【1】

いつも拙筆のログをお読みいただき、ありがとうございます。 特急列車といえば、かつては10両以上の長大編成を組み、中にはグリーン車はもちろんのこと、食堂車も連結して長距離を走破する列車でした。これは、かつての国鉄の特急列車は主要都市間を相互に結…

豪雪地帯から南国へ移った赤い電機の悲運 波乱と薄幸のED74【4】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info このブログでも何度かお話しましたが、国鉄は原則として独立採算制の国有公共企業体です。原則として税金を投じることはなく、運賃収入を基本として経営されることになっていました。ただし、運賃収入だけ…