旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

鉄道

【鉄路探訪記】気動車王国・千葉の名残を残す房総・城下町の鉄道 〜房総半島を走る小さな鉄路:久留里線がつなぐ歴史と自然の旅〜【10】

2014年、筆者は久留里線沿線の史跡・久留里城を訪れ、山城から望む房総の自然と静けさに触れた。上総亀山駅周辺には亀山湖や温泉があり、列車からは見えない豊かな景観が広がる。久留里街道沿いには城下町の面影が残り、久留里線の路線名も久留里藩に由来す…

【鉄路探訪記】気動車王国・千葉の名残を残す房総・城下町の鉄道 〜房総半島を走る小さな鉄路:久留里線がつなぐ歴史と自然の旅〜【9】

2014年、筆者は久留里線沿線の史跡である久留里城を訪れ、城下町として栄えた久留里の歴史に触れた。久留里城は久留里藩の藩庁として機能した山城で、現在は復元天守や整備された遊歩道が残る。久留里街道沿いには古い商家が並び、久留里線の路線名もこの城…

寝台急行「銀河」の歴史|東海道を駆け抜けた名門列車の足跡と2008年の終焉【3】

1949年に「銀河」として運転を開始した第15・16列車は、一等寝台と二等座席のみの編成で、急行としては異例の“上等車だけの夜行列車”だった。しかし庶民が利用できず批判が殺到し、わずか10日で三等座席車を含む13両編成へ変更。その後も寝台車の需要に応じ…

【鉄路探訪記】気動車王国・千葉の名残を残す房総・城下町の鉄道 〜房総半島を走る小さな鉄路:久留里線がつなぐ歴史と自然の旅〜【8】

久留里線の終着・上総亀山駅は標高99mに位置し、房総の山あいに静かに佇む小駅。2012年のダイヤ改正でタブレット閉塞が廃止され無人化される前、駅では駅員が列車を迎えタブレットを受け取る光景が見られた。沿線の利用は少なく、キハ30・キハ38も老朽化が進…

【鉄路探訪記】気動車王国・千葉の名残を残す房総・城下町の鉄道 〜房総半島を走る小さな鉄路:久留里線がつなぐ歴史と自然の旅〜【7】

久留里駅で最後のタブレットを受け取った列車は、房総山地へ向けて上り勾配を進む。平山・上総松丘を過ぎると車窓は深い山林へ変わり、トンネルを抜けると人家が点在するのみの静かな谷間に入る。冬の小櫃川を横目に走り続け、やがて終着・上総亀山駅へ到着…

寝台急行「銀河」の歴史|東海道を駆け抜けた名門列車の足跡と2008年の終焉【2】

戦前の東京―大阪間を走った急行17・18列車は、一等・二等のみで構成された“名士列車”だった。戦時中に運行は中止され、終戦後は車両の接収や混乱の中で旅客需要が急増。1947年に急行103・104列車として復活し、のちに列車番号変更を経て1949年に「銀河」と命…

【鉄路探訪記】気動車王国・千葉の名残を残す房総・城下町の鉄道 〜房総半島を走る小さな鉄路:久留里線がつなぐ歴史と自然の旅〜【6】

久留里駅で最後のタブレットを受け取った列車は、房総山地へ向けて上り勾配を進む。平山・上総松丘を過ぎると車窓は深い山林へ変わり、トンネルを抜けると人家が点在するのみの静かな谷間に入る。冬の小櫃川を横目に走り続け、やがて終着・上総亀山駅へ到着…

寝台急行「銀河」の歴史|東海道を駆け抜けた名門列車の足跡と2008年の終焉【1】

戦前の日本では鉄道が長距離移動の中心で、特急は一等・二等中心の特別な存在だった。一方、庶民が利用できたのは三等車を多く連結した急行列車で、夜行移動も座席が主流だった。等級制や特急文化は、のちに急行「銀河」へとつながる夜行列車の基盤を形づく…

【鉄路探訪記】気動車王国・千葉の名残を残す房総・城下町の鉄道 〜房総半島を走る小さな鉄路:久留里線がつなぐ歴史と自然の旅〜【5】

馬来田駅を出た久留里線は、下郡・小櫃・俵田と農地と集落を抜けながら房総丘陵へ向けて上り勾配を進む。途中には廃駅・上総山本の痕跡やC12形蒸気機関車の保存機があり、俵田駅では未舗装ホームが往時の姿を伝える。エンジンを唸らせながら勾配を登り、国道…

国鉄の置き土産 瀬戸内を渡るためにつくられた国鉄最後の新系列・213系【16】

213系は国鉄が最後に設計した新系列で、財政破綻寸前の中でも新会社の負担軽減を目的に最新技術を導入して製造された“最後の国鉄形”だった。ステンレス車体やボルスタレス台車など私鉄並みの新技術を採用し、民営化後のJR各社の経営を支えた存在である。登場…

【鉄路探訪記】気動車王国・千葉の名残を残す房総・城下町の鉄道 〜房総半島を走る小さな鉄路:久留里線がつなぐ歴史と自然の旅〜【4】

久留里線は東京近郊区間でありながらSuicaが使えず、タブレット閉塞方式が残る全国でも珍しいローカル線。祇園駅から東清川駅までの区間では、小櫃川や冬の田園風景が広がり、国鉄形キハ30の旅情を味わえる。乗車駅証明書による車内精算、無人駅の素朴な佇ま…

国鉄の置き土産 瀬戸内を渡るためにつくられた国鉄最後の新系列・213系【15】

老朽化した119系の置き換えとして、213系5000番台はトイレ増設や半自動扉化などの改造を受け飯田線へ転用された。2両編成の1M1T構成は山岳路線に適し、2011年から豊橋〜辰野間の普通列車を中心に活躍した。しかし315系の増備により置き換えが進み、2026年3月…

【鉄路探訪記】気動車王国・千葉の名残を残す房総・城下町の鉄道 〜房総半島を走る小さな鉄路:久留里線がつなぐ歴史と自然の旅〜【3】

久留里線は東京近郊区間でありながらSuicaが使えず、タブレット閉塞方式が残る全国でも珍しいローカル線。祇園駅から東清川駅までの区間では、小櫃川や冬の田園風景が広がり、国鉄形キハ30の旅情を味わえる。乗車駅証明書による車内精算、無人駅の素朴な佇ま…

国鉄の置き土産 瀬戸内を渡るためにつくられた国鉄最後の新系列・213系【14】

213系5000番台はJR東海仕様として補機類を最適化し、狭小トンネルに対応する低屋根構造のC-PS24Aパンタグラフを採用した。関西本線では165系を置き換え乗降改善に貢献したが、扉位置が中央寄りのため「郊外型ワンマン運転」に不向きで、313系導入により撤退…

【鉄路探訪記】気動車王国・千葉の名残を残す房総・城下町の鉄道 〜房総半島を走る小さな鉄路:久留里線がつなぐ歴史と自然の旅〜【2】

房総半島に残る非電化路線・久留里線。木更津駅では209系2000番代と国鉄形キハ30が並び、かつての気動車王国・千葉の面影が今も息づく。国鉄時代から続く車両基地の変遷、木更津駅の構内風景、キハ30の乗車体験、そして祇園駅までの冬の車窓を通して、房総ロ…

国鉄の置き土産 瀬戸内を渡るためにつくられた国鉄最後の新系列・213系【13】

JR東海は、関西本線の輸送改善に向け、国鉄設計の213系をベースとした5000番台を投入しました。ゼロからの開発を避け、実績ある設計を流用することでコストと時間を削減。一方で、観光重視のJR西日本仕様に対し、通勤需要の多い自社線に合わせて車端部をロン…

【鉄路探訪記】気動車王国・千葉の名残を残す房総・城下町の鉄道 〜房総半島を走る小さな鉄路:久留里線がつなぐ歴史と自然の旅〜【1】

東京近郊では珍しい非電化路線・久留里線。かつて“気動車王国”と呼ばれた千葉で、房総各線の電化が進む中、なぜ久留里線だけが非電化のまま残ったのか。木更津から上総亀山までの32.2kmに刻まれた歴史、国鉄時代の政策、地域交通の背景を、現地を訪ねながら…

今週の1枚 クハ205‐88〔横ナハ〕

205系は国鉄初のオールステンレス通勤電車として登場し、省エネ性能を評価されJR東日本で再生産された。南武線にも101系置換え用として新製配置され、クハ205-88を含むナハ4編成は地域輸送を担ったが、2009年の感電事故で一時離脱。山手線のユニット組み込み…

国鉄の置き土産 瀬戸内を渡るためにつくられた国鉄最後の新系列・213系【12】

老朽車による高コスト体質を打破するため、JR東海はコスト意識を徹底した車両戦略を展開しました。その具体策が、回生ブレーキを備えた高効率なオールステンレス車「211系5000番台」の大量導入です。国鉄仕様を独自に改良したこの新型車両により、東海道本線…

国鉄の置き土産 瀬戸内を渡るためにつくられた国鉄最後の新系列・213系【12】

厳しい経営環境に対応するため、JR東海は発足直後から「費用対効果」を極限まで意識した方針を打ち出しました。その象徴が、国鉄から継承した老朽車両の早期淘汰と、メンテナンス性に優れた新型車両への統一です。独自の標準化を進めることで運用コストを削…

国鉄の置き土産 瀬戸内を渡るためにつくられた国鉄最後の新系列・213系【11】

マリンライナー運用を離れた213系は岡山地区のローカル輸送に転用され、山陽本線・伯備線・赤穂線などで地域の足として活躍した。ワンマン化改造や延命工事が施され、2016年には1編成が観光列車「ラ・マル・ドゥ・ボァ」へ大規模改造。内装刷新や木目調仕上…

国鉄の置き土産 瀬戸内を渡るためにつくられた国鉄最後の新系列・213系【10】

瀬戸大橋線の海上環境で床下機器が腐食し故障が増えた213系は、利用減少やJR四国の車両使用料負担も重なり、2003年にマリンライナー運用を後継車へ譲った。クロ212形は全車が離脱し、残った編成は岡山地区のローカル用に転用。サハ213形には普通鋼製の先頭部…

国鉄の置き土産 瀬戸内を渡るためにつくられた国鉄最後の新系列・213系【9】

クロ212形は485系などのパノラマグリーン車を踏襲し、大型曲面ガラスとハイデッキ構造を採用した観光仕様の先頭車として1988年に登場した。複雑な曲面デザインのため普通鋼製となり自重は33tに達した。財務上の理由から既存編成を崩さず新編成を組む形で増備…

国鉄の置き土産 瀬戸内を渡るためにつくられた国鉄最後の新系列・213系【8】

1987年に登場した213系は岡山電車区に配置され、宇野線で備讃ライナーとして先行運用された。回生ブレーキ車に不慣れな運転士の習熟も兼ねていた。1988年の瀬戸大橋線開業で本来の役割を担うはずだったが、JR西日本は観光性を重視し、快速マリンライナーに全…

今週の1枚 クモハ115-310〔八トタ〕

筆者が勤務した電気区派出は中央本線の八王子や南橋本などを担当し、特に八王子では貨物施設が多く日々多様な業務に携わった。勾配が続く高尾以西では115系が活躍し、山電として親しまれたが2015年に姿を消滅。2026年のダイヤ改正で立川・八王子発着も廃止さ…

国鉄の置き土産 瀬戸内を渡るためにつくられた国鉄最後の新系列・213系【7】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 211系は東海道本線だけではなく、横須賀・総武快速線にも投入することを想定していて、特に品川ー錦糸町間の地下区間では高い走行性能を確保する必要があったものの、113系と同じMT比ほどは必要とせず、そ…

国鉄の置き土産 瀬戸内を渡るためにつくられた国鉄最後の新系列・213系【6】

213系は瀬戸大橋線向けに1M方式を採用し、CS59主制御器とHS65励磁装置による界磁添加励磁制御を搭載した。電動車1両で必要な電装品を全て搭載するため、主抵抗器容量が小さくなり、高電圧仕様のMT64主電動機を採用。補機類も集約され、国鉄初のSIVを装備した…

国鉄の置き土産 瀬戸内を渡るためにつくられた国鉄最後の新系列・213系【5】

213系は国鉄が省エネ化を迫られる中、信頼性と効率性を両立するために界磁添加励磁制御を採用した。従来の抵抗制御は構造が簡単で信頼性は高いが電力効率が低く、オイルショック以降は限界が顕在化。高価な電機子チョッパ制御や複巻電動機を使う界磁チョッパ…

国鉄の置き土産 瀬戸内を渡るためにつくられた国鉄最後の新系列・213系【4】

213系は211系と同じ2950mm幅のステンレス車体を採用し、側扉2か所・2連窓4組の配置で室内空間を拡大した。車体幅が50mm広がったことで通路幅は117系の620mmから670mmへ拡大し、居住性が向上した。これは国鉄が東急車輛の技術開示を経てオールステンレス車を…

国鉄の置き土産 瀬戸内を渡るためにつくられた国鉄最後の新系列・213系【3】

213系は1987年に登場した国鉄最後の新系列電車で、瀬戸大橋線(宇野線・本四備讃線・予讃線直通)向けに設計された。従来の近郊形3ドア車と異なり、観光需要を重視して2ドア・転換クロスシートを採用し、瀬戸内海の眺望を確保。前面は211系譲りの額縁スタイ…