旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

JR北海道

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北へ向かった最後の夜行急行――急行「はまなす」の記憶【第6回】

14系500・550番台の改造内容と急行「はまなす」初期運転を解説。5両編成、ED79形、DD51形、電源供給や併結対応を紹介します。

国鉄の置き土産 酷寒の大地を走るためだけに生まれた特急気動車・キハ183系500・1500番台【5】

1970年代後半、老朽化と過酷な冬に苦しむキハ82系に代わり、北海道の鉄路を走るために誕生したのがキハ183系です。粉雪の着雪を防ぐスラントノーズ、4灯の標識灯、発電用エンジンの冷却機器配置など、すべてが“冬と長距離”を見据えた設計でした。先代の課題…

国鉄の置き土産 酷寒の大地を走るためだけに生まれた特急気動車・キハ183系500・1500番台【12】

1986年に誕生したキハ183系は、北海道の都市間輸送を支える特急用気動車として活躍し続けました。厳しい気候と過酷な運用の中、N183系・NN183系と姿を変えながら走り続け、2023年にすべての定期運用を終了。翌年、全車が廃車となり、45年にわたる歴史に幕を…

北へ向かった最後の夜行急行――急行「はまなす」の記憶【第4回】

青函トンネル開通と津軽海峡線開業により、本州・北海道連絡輸送は船から鉄道へ転換。青函連絡船時代の課題と快速「海峡」を解説します。

さらば客車改造気動車 異端の成功車とその軌跡【4】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info キハ143とキサハ144に装備されたN-AU26は、国鉄末期に採用された気動車用の冷房装置でした。元をたどるとデンソー製のバス用機関直結式クーラーで、国鉄が独自に開発したものではない、いわゆる民生品を使…

国鉄の置き土産 酷寒の大地を走るためだけに生まれた特急気動車・キハ183系500・1500番台【4】

《前回からのつづき》 キハ82系の登場により、それまで特急列車が設定されてなかった地方亜幹線にも進出し、非電化区間のスタートもいえる存在になりました。しかし、キハ82系が搭載したDMH17系エンジンの非力さは当初から課題となっていたため、運用できる…

北へ向かった最後の夜行急行――急行「はまなす」の記憶【第5回】

急行「はまなす」の誕生と14系500番台客車を解説。青函連絡船深夜便の代替、北斗星・はつかりとの違い、北海道仕様を紹介します。

この1枚から キハ40系史上、最強クラスのエンジンで化けたキハ40 400番代【2】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 一方、全国各地に配置されたキハ40系の中で、最も北にある北海道に配置された車両たちは、本州のそれとは少しばかり異なりました。冬季は本州とは比べものにならないくらい厳しい寒さで、しかも積雪量も多…

さらば客車改造気動車 異端の成功車とその軌跡【2】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info キハ141系は、余剰となった50系51形客車を改造の種車としました。50系51形は製造から長くて10年強、短いものでは10年に満たないなど車齢は若く、状態もそれほど悪くありませんでした。そして、かつてのキ…

国鉄の置き土産 酷寒の大地を走るためだけに生まれた特急気動車・キハ183系500・1500番台【3】

《前回からのつづき》 1960年に登場したキハ80系は、先頭車となるキハ81形と、中間車であるキハ80形、そして一等車のキロ80形、食堂車であるキサシ80形で構成されました。先頭車となるキハ81形は、冷房装置や室内灯などに電力を供給するためのサービス発電用…

国鉄の置き土産 酷寒の大地を走るためだけに生まれた特急気動車・キハ183系500・1500番台【10】

1997年以降、キハ283系や261系といった新型車両の登場により、キハ183系は次第に主力の座を譲り、補完的な運用へと移行していきました。高速化と短編成化が進む中、寝台車を連結した「利尻」や3両編成の「サロベツ」など、かつての長大編成とは異なる姿で活…

北へ向かった最後の夜行急行――急行「はまなす」の記憶【第3回】

1954年の洞爺丸事故と青函トンネル構想の関係を解説。青函連絡船の悲劇が津軽海峡を鉄道で越える計画を動かした経緯を紹介します。

夜行列車の考察 ~商品価値を重視した対北海道列車~ その1

青函トンネル開通が夜行列車の大きな転機に 「商品としての価値」を失った対九州方面の夜行列車。 1970年代に設計・製造された老朽化が進行し、サービス水準も陳腐化していく車両で、高い運賃とあまりにも長い所要時間で、他の交通機関から利用者を奪われつ…

海峡下の電機の系譜【Ⅵ】 国鉄最後の交流電機・ED79(2)

7.国鉄最後の交流電機・青函トンネル専用のED79 7-2 ED79という機関車 青函トンネル専用機として計画されたED79は、既に述べたように新型機として開発・新製するのではなく、既存の車両を改造することによって賄うことになりました。その種車として選ば…

この1枚から キハ40系史上、最強クラスのエンジンで化けたキハ40 400番代【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 もとはあまりにも平凡であるなどの理由で注目されなかったのが、ちょっと手を加えただけで非凡なものへと生まれ変わり、多くの注目を浴びるようになったという例があります。 国鉄が生み出した…

国鉄の置き土産~新会社へ遺産として残した最後の国鉄形~ 北海道と四国、異なる地で走り続けるステンレス製気動車・キハ54形【6】

《前回からのつづき》 blog.railroad-traveler.info 北海道で使うことを前提とした極寒地仕様の500番台は、暖地仕様の0番台とは大幅に設計が異なりました。なにより、冬の北海道は気象条件が非常に厳しく、気温は0度以下になることも多々あり、そして何より…

国鉄の置き土産 酷寒の大地を走るためだけに生まれた特急気動車・キハ183系500・1500番台【1】

石川さゆりの名曲に描かれた「上野発の夜行列車」。かつて東京から北海道へ向かう旅は、青森までの列車と青函連絡船、そして道内の特急列車が連携していました。青森・函館駅の構造や接続ダイヤ、キハ80系気動車の活躍など、鉄道と船が一体となって人々の旅…

国鉄の置き土産 酷寒の大地を走るためだけに生まれた特急気動車・キハ183系500・1500番台【6】

キハ183系には、かつてのキハ82系にあった食堂車が製造されませんでした。利用率の低下や運用コストの増大、国鉄の財政難が背景にありました。その代わり、キロ182形には本格的な車販準備室を設け、旅の喫食サービスを支えました。量産は1980年から始まりま…

国鉄の置き土産 酷寒の大地を走るためだけに生まれた特急気動車・キハ183系500・1500番台【8】

1986年、北海道の都市間輸送を支えるために誕生したN183系は、従来の設計を見直し、民間開発の高性能エンジンや軽量ボルスタレス台車を採用しました。冷房装置や空調設備もコストと実用性を天秤にかけて再構成され、グリーン車にはハイデッカー構造を導入。…

国鉄の置き土産 酷寒の大地を走るためだけに生まれた特急気動車・キハ183系500・1500番台【7】

国鉄末期、老朽化したキハ82系の後継として、北海道の特急列車を支えるためにN183系が誕生しました。分割民営化を前に、財政難と社会の変化に対応するため、コスト削減と短編成化を前提に設計され、貫通構造や高運転台、視界を確保する非対称の前面窓など、…

国鉄の置き土産 酷寒の大地を走るためだけに生まれた特急気動車・キハ183系500・1500番台【9】

1986年に登場したN183系は、札幌発着の短編成特急網を支える存在として「おおぞら」などで活躍しました。新特急色に始まり、HET色への塗装変更や高速化改造、寝台車の連結など、時代の要請に応じて柔軟に姿を変えていきました。130km/h運転への対応や「スー…

国鉄の置き土産 酷寒の大地を走るためだけに生まれた特急気動車・キハ183系500・1500番台【11】

2000年代に入り、キハ183系は老朽化と過酷な運用により次第に姿を消していきました。エンジン火災や重大事故を契機に、JR北海道は安全重視の方針へ転換。その中で、車齢30年を超えたキハ183系も淘汰の対象となり、2015年には5年以内の全廃が発表されました。…

北へ向かった最後の夜行急行――急行「はまなす」の記憶【第2回】

急行「はまなす」の前史として、青森と函館を結んだ青函連絡船の役割、車両渡船の仕組み、戦時中の被害と戦後復旧を解説します。

この1枚から 三つの時代を走り続ける旧型客車・国鉄オハフ33

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 近年、静態保存されていた蒸気機関車を再整備して、動態保存という形で復活する例が多くなりました。つい最近では、京都・梅小路にある京都鉄道博物館に収蔵されていたD51・200号機が復元整備さ…

この1枚から 雪中での連結作業・電化直前の石狩当別駅

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 2020年4月23日に、まるで新型コロナウイルスに追われるようにして、当初の予定を繰り上げて一部区間(北海道医療大学-新十津川)廃線になった札沼線。あまりにもあっけなく繰り上げ廃線になり…

海峡下の電機の系譜【Ⅵ】 国鉄最後の交流電機・ED79(3)

7.国鉄最後の交流電機・青函トンネル専用のED79 7-3 ED79の配置と運用 こうして、比較的車齢の浅い交流機・ED75 700番代を改造して登場した、海峡線専用機ともいえるED79は、本務機である0番代21両(後期形からの改造)と貨物列車牽引時に連結される補機…

海峡下の電機の系譜【Ⅶ】 たった1両異端の改造機・ED76 550番代(2)

8.1両だけの改造に終わったED76 550番代 8-3 用途の減少と余剰機の活用で誕生した「異端機」550番代 1987年の国鉄分割民営化後、JR北海道には製造稜数の半数になったとはいえ、16両のED76 500番代が継承されました。国鉄時代に711系が開発・製造されて…

この1枚から 酷寒の大地で鉄道輸送を支えた立役者

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 北海道の冬は本州以南と比べものにならないほど過酷な環境であることは、このブログでも何度かお話しさせて頂いております。北海道の中心都市である札幌でも、冬になれば雪に覆われ、しかも街中…

この1枚から キハ40系史上、最強クラスのエンジンで化けたキハ40 400番代【3】

《前回のつづきから》 blog.railroad-traveler.info 札沼線もまた、そのような路線の一つでした。いえ、正確には札沼線は札幌都市圏を走る札幌ー石狩当別間はそれなりの需要があります。しかし、末端区間と呼ばれる石狩当別ー新十津川間は極端に利用者が少な…

さらば客車改造気動車 異端の成功車とその軌跡【1】

いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。 鉄道車両がその使命を終えたとき、その多くは廃車手続きがとられて車籍が抜かれた後、解体処分されます。新製から相当の年月、少なくとも数回の全般検査を受けて20年程度、長い場合は40年以上も…