◆交流20000Vに触ると…【前編】
タイトルを見てギョッとされた方も多いのではないかと思う。
いきなり、こんな高圧電気に触ったなんて聞かされれば、「それ、死んじゃうじゃん!」「よく生きていたな」なんて言われてもその通りだ。でもご安心を。この通りちゃんと生きていますから(笑)
さて、こんな体験をさせてくれたのは小倉電気区だった。
福岡貨物ターミナル駅の実習を終えて、次の門司機関区へ異動する隙間を縫うように小倉電気区と小倉施設区での実習が入っていた。どちらも1日ずつという短いものだった。
もっとも私自身、この時まで電気区とか施設区という部署自体が鉄道会社に存在することすら知らなかった。それもそうだろう、機関車を整備し機関士がベースとする機関区や、それらの車両の大規模検査や修繕をする工場といった車両に関係する部署はとにかく目立つもの。そして、列車が発着する駅もまた、一般の目に触れる機会は多い。
しかし、そうした設備へ送る電気設備や、駅構内の信号設備などを維持管理するという仕事はあまり目立たない。同様に、線路などの施設を維持する「保線」という仕事もどちらかというと目立ちにくいからだ。
もっとも、この実習を受けたときは「なるほど、こういう仕事もあるんだ」ぐらいにしか考えていなかった。だから、後に自分自身が電気区に配属されるなど夢にも思わなかったから、実習そのものもとりあえずカリキュラムを消化する程度。ああ、なんともったいないことをしたものだと悔やんでも後の祭り。
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この二日間の実習では、他の実習とは異なって門司機関区構内にある研修センターに集合し、そこから社用車で東小倉駅と門司操車場の間にある(現在の北九州貨物ターミナル駅のあたり)電気区と施設区がある庁舎へと向かった。
小倉電気区に着くと、施設・電気区長(電気区と施設区が併設されているところはほとんどが兼任していた)と助役から、どのような仕事をしているのかなどの概要説明を受けた。
何より驚いたのは、小倉電気区は九州支社の中でここ一つしかなく、遠方…といっても首都圏の比ではない距離…に派出があるとかで、管轄範囲は文字通り九州支社管内にあるすべて。私が記憶している限り、最も遠い派出は鹿児島にあったと思う。それを十数人ほどの技術社員が保守と管理業務を行っているというから驚いた。
施設・電気区の概要を聞いた後は、実際に現場で電気設備の保守管理に携わっている先輩から、東小倉駅構内の側線で作業の一部を体験させてもらうことになった。
そこで、先輩が言った言葉は、
「これから20000Vの電気に触る体験をしてもらう」
というもの。さすがに一緒にいた同期は「マジで?死んじゃうじゃない?」と顔を青くしてビックリしていた。もちろん、電気の知識をもつ私でもビックリしたから、その同期の驚きようは私の倍、いや3倍もあったのではないかな。
九州はごく一部を除いて電化区間は交流電化。
本州の東海道本線と山陽本線、そこから枝分かれしている路線や私鉄は直流電化だが、この区間の架線電圧はそれでも1500Vもある。言い換えれば、1.5Vの乾電池を1万個直列につないだ電圧といえば想像できると思う。
それが、交流電化になると一気に2万ボルトになってしまう。家庭用のコンセントに流れる電気の電圧は100ボルトなので、その20倍もの電圧の電気が流れているのだから、どれだけ危険が伴うものかお分かりいただけるだろう。
©Dr.yellow(Wikimediaより引用)
それを、防護服も何もなしに『素手で触る』のだから、それはもうビックリするほかなかった。
そして、その先輩がこう質問された。
「鳥は電線の上にとまりおっても、なんで感電しよらんのか?」
ううん、確かにその通りだ。町の中にある電線、それも一番上に架けられている3本1組の電線には6600ボルトの電気が流れているが、その上にスズメが羽を休めていても感電して黒焦げになることはない。先輩は、鳥が感電しない原理と同じで、人間も『ただ電線に触るだけなら感電することはない』とおっしゃる。
ああ、なるほど!
私は思い切り肯いてしまった。同期は「どういうことだ?」とばかりに、私に視線を送ってきた。
要は人間が電線になって、地上と架線のあいだを短絡(ショート)させなければ鳥と同じように感電することなく電線に触ることができる、ということだった。