旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

「のぞみ34号」重大インシデントについて元鉄道マンの考察と提言(15)

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(4)事故調査結果を将来の安全につなげる

 今回の重大インシデントの発生を受けて、国の運輸安全委員会が事故調査に乗り出しているのは、既に報道などで多くの方がご存知のことだと思います。
 運輸安全委員会(JTSB)は国土交通省の外局で、航空機や鉄道、船舶で起きた事故や重大インシデントの原因究明調査を行う機関です。もともとは航空機事故を専門に扱っていた航空事故調査委員会が、1991年の信楽高原鉄道列車衝突事故や2000年の営団地下鉄日比谷線脱線衝突事故をきっかけに鉄道事故も扱う航空・鉄道事故調査委員会となり、2007年に船舶事故も扱う今の組織に変わりました。


前回までは 

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 今回の重大インシデントの調査結果は、このコラムを執筆している現在も運輸安全委員会が全力で調査をしてくれているものと思いますが、この調査方法と結果の活用方法について述べたいと思います。
 運輸安全委員会の事故調査官たちは言うまでもなく専門家で構成されています。一度事故や重大インシデントの恐れがあるとされる障害が発生すると、すぐさま調査官を現場へ派遣して調査を始めます。
 しかし、この事故調査の過程で、現場保存や証拠となる物品の押収・保管は警察が行っています。事故における警察の役割は言うまでもなく刑事責任の有無を捜査し、刑事責任を追及することにあります。つまり、この事故を起こしたの誰か探し、容疑者として追及することにあります。
 一方、運輸安全委員会の調査は警察の捜査とは異なり、この事故はなぜ起きたのか、原因はどこにあるのかということです。人為的なミスなのか、それとも機械やシステムのエラーによるものなのかということを調べます。
 この一見して、似たような活動をする運輸安全委員会と警察ですが、根本的には全社は事故そのものの原因を追究し、将来同様の事故を防ぐことであるのに対し、後者はあくまで事件として関係者の刑事責任を追及することにあります。このことからも、両者の調査・捜査の目的は異にするものです。
 このように、その目的が異なる二つの組織が一つの事故を調べる過程で、少なからず弊害があることは容易に想像できることだといえます。例えばある証拠品を巡って、警察と運輸安全委員会の間で縄張り争いにも似たことが起きるかも知れません。そうしたことにならないよう、運輸安全委員会と警察の間で取り決めがされています。しかしながらこの取り決めでは、運輸安全委員会の調査よりも警察の捜査を優先するような内容であり、一度事故などが起きるとそれは刑事責任の追求をする方に比重が置かれていることが窺えます。

 それでは欧米ではどうでしょうか。アメリカでは日本の運輸安全委員会(JTSB、以下JTSBとする)と同様の組織として、国家運輸安全委員会(NTSB、以下NTSBとする)が置かれています。NTSBは鉄道事故はもちろんですが、航空機事故や船舶事故、さらには高速道路上で起きた事故など運輸に関連するあらゆる事故を調査し原因を追究します。
 NTSBは非常に大きな権限をもたされた独立機関で、犯罪性の認められない事故調査について他の国家機関よりも優先して調査する権限が与えられています。また、事故調査の結果、航空機や鉄道車両などの輸送機器や、それを運用する会社に対して改善が必要と認められれば、航空機であれば連邦航空局、鉄道などであれば連邦運輸省に対して改善勧告を出しますが、その勧告は日本では考えられないほど強力なものです。
 またNTSBは事故調査の過程で、必要とあらば航空宇宙局(NASA)などの研究機関に分析を依頼し、その原因を徹底的に追求する機関でもあります。事故や重大インシデントが起きた場合、二度と類似の事象を起こさないという姿勢が見て取れます。
 さらに、犯罪性が疑われる事故や重大インシデントについても、与えられている強力な権限のもと、連邦捜査局(FBI)などの捜査機関が捜査を進めると同時に、並行して事故調査を行いますが、その際には互いに協力しあう体制が敷かれています。つまり、アメリカでは事故や重大インシデントについて刑事責任の追及を優先するのではなく、どちらも両立して調査を進めることが重要だと考え、日本のように警察や捜査機関に優先権を与えていないのを特徴としているのです。
 また、事故調査の過程で得られた証拠資料や証言に対しても、刑事責任の追及のために利用しないことを徹底しています。これは、真の原因追及のためには、関係者の証言や証拠資料の提出が不可欠で、刑事責任の追及のために利用されてしまうと、訴追を恐れるあまりそれらの証拠や証言を拒んだり隠蔽したりされる可能性があるためです。