旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

自然災害による鉄道への影響 被害はなぜ大きく、復旧に時間がかかるのか【3】

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この稿の前回までは

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 2.鉄道の公共性と自力維持の原則

 鉄道はいろいろなところを走っています。
 鉄道路線は大きく分けて次の3つに分類できるでしょう。

 ①大都市圏内を走る通勤通学輸送を支える路線

 ②大都市と地方都市を結ぶ都市間輸送を担う路線

 ③都市部と郊外または閑散地域を結ぶような路線

 ④ほとんど人口閑散地域を走る路線

 いずれも沿線の人々にとっては欠かすことのできない、重要なインフラです。

 

 ①の大都市圏を走る路線は、都市計画のもとに様々な面で整備された地域を走ります。例えばJRでいうと山手線や中央線快速、あるいは大阪環状線などです。私鉄でいえば、東急電鉄阪神電鉄のように、都市部に路線網をもつ鉄道会社です。

 並行する道路も大きく整備され、ビルやマンションといった高層建築物がひしめく中を走ったり、住宅地の中を走ったりします。途中、河川を渡る橋梁もありますが、輸送量がとにかく大きく収益性も高いので、複々線化や高速化工事などによって施設は比較的新しくなっています。

 こうした鉄道は人口が集中する地域にあるので、台風や集中豪雨などが襲ってきても、大規模な自然災害に発展しないように河川の治水対策や、崖や掘り割りといった線路に近い急傾斜地も容易に崩壊しないように対策が施されています。

 これら大都市圏の鉄道路線では、過去に台風や集中豪雨に遭ったとしても、線路冠水といった被害はありますが、土砂流入や道床流出、橋梁流失といった大きな被害をもたらしたことはほとんどありません。

 

 ②は主にJRに多く見られます。また、東武鉄道近畿日本鉄道のように、大規模な路線網をもつ私鉄にも見られます。
 この都市間輸送を担う路線は、その名の通り都市と都市を結んでいます。そのため比較的長距離になり、そこを走る列車も普通列車だけではなく、急行や特急といった様々な種類の列車が走ります。また、今日ではJRのみになってしまいましたが、貨物列車も多く走っています。

 この都市間輸送を担う鉄道は、都市部を走るときは①のように整備された地域をいきますが、そこから離れていくに従って海岸沿いを走ったり、山間部を走ったりします。

 海岸沿いや山間部では、その路線の輸送量にもよりますが、線路近くの急傾斜地は①と同じように崩落を防ぐ対策が施されているところもあります。また、海岸沿いでは、高波などによって道床や盛り土が崩壊しないようにされている場合もあります。

 しかし、同じ都市間輸送を担う鉄道でもその路線の輸送量が少ない場合、輸送量の多い路線と同じというわけにはいきません。線路の近くまで急傾斜地があっても、よほど危険性が高い(崖など)ものでなければ特に対策を施すこともなく、木々が生い茂ったままというところが多くあります。
 また、山間部も奥深いところになると、トンネル部以外はほとんど崩落防止がなされいないといったケースも多く見受けられます。

 こうした路線では、しばしば土砂流入などといった鉄道としての機能を奪われる深刻な被害を被ることがあります。

 

f:id:norichika583:20180806215238j:plain近鉄吉野線吉野神宮駅近鉄という大手私鉄の路線だが、大都市圏ではない郊外辛さらに奥へ伸びる路線は、多くが単線で山間部を走る。こうした路線の多くはその輸送量の少なさから赤字体質になりがちで、大都市圏と比べて設備投資も比較的少ない。そのため、施設も古いものが多くある。(©Nankou Oronain Wikimediaより)

 

 ③は②に似ていますが、都市部といっても首都圏や京阪神のような大都市ではなく、人口も100万人に満たない地方都市と、その周辺部にある郊外というイメージです。

 こうした路線はもともとの輸送量が少ないので、列車の運転本数も朝夕の時間帯以外はあまり多くありません。
 線路自体は平野部を走るものの、線路近くには急傾斜地が多くあったり、あるいは河川近くを縫うように走ったりする場合が多く見受けられます。

 輸送量も少ないことから、急傾斜地には崩落防止の対策をしていない場合がほとんどです。また、河川に架かる橋梁も完成当時のままの古い橋が使われ続けているというケースも多く見られます。

 

 ④は沿線の人口が非常に少ないにもかかわらず、歴史的経緯から鉄道が敷設されているケースです。
 こうした路線はその多くが人が住みにくい地域を走ります。あるいは、かつては人は住んでいたものの、その地域を支えていた産業が衰退したことで過疎化が進み、鉄道沿線もほとんど人の手が入ることもなく荒廃した地域です。

 前者はJRの多くの地方交通線と呼ばれるローカル線で見られます。例を挙げるとすれば飯田線只見線といった路線です。後者は北海道で多く見られます。

 

f:id:norichika583:20180806215724j:plain▲東京から100km圏内にありながら、山間部を走る久留里線。写真の上総松丘駅から終着の上総亀山駅までは房総丘陵の奥地を走り、急傾斜地も多く見られる。久留里線は千葉県営鉄道として開業、建設工事は旧陸軍の鉄道連隊によって行われた。その後国有化、旧木原線(現在のいすみ鉄道)とつなげて大原へ至ることが定められたが断念した経緯をもつ。(©Asasa198 Wikimediaより)

 

 これらの鉄道では、その多くが山間部を走ります。山間部といっても山奥といっても差し支えないほど奥地を走り、秘境などと呼ばれる駅も存在するほどです。中には急峻な地形をいく場合もあります。

 こうした路線では、輸送量はさらに少ないのですが、並行する道路も整備されていない、あるいは整備されていても狭隘であることなどから、鉄道が重要な交通機関となっているケースもあります。
 そのため、列車の運転本数も必要最小限度となり、1両ないし2両編成の列車が、1時間から2時間に1本程度、ともすると1日に3~5本しか走らないという程度です。

 あまりにも急峻な地形のそばを線路が走っている場合は災害による被害が起きないように対策を施してありますが、多くのところでは急傾斜地などは対策が施されていないことがあります。また③と同様に、橋梁も鉄道が開業した当時のままという古い施設を使い続けていることが多くあります。

 加えて、こうした輸送量が少ない路線では、軌道もまた必要最小限度の構造になります。そのため、軌道も都市部に比べて貧弱であることは否めず、降雨による道床の崩壊や流失の危険性はそれに比べて高いといえます。

 

 さて、これだけ線路のそばに危険な急傾斜地があるのに、なぜ都市部を除いて崩落防止の対策をとっていないことが多いのでしょうか。
 道路であれば道路を管理する国(国道交通省)や県、市町村といった自治体が対策工事を行います。それなら、鉄道も公共の交通機関なので、国や自治体がそうした工事を行うことも考えられるでしょう。

 しかし、現実にはそうはいきません。

 いえ、予算を組んで鉄道会社に「補助」という形で財源を確保することはできても、それはかなり条件が多く限定的です。そして、国や自治体が鉄道線路を道路と同じように直接対策を施すことができないのです。
 これは、「急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律」という法律で、急傾斜危険地域に指定された土地を管理する者が崩落防止の対策をとらなければならないと規定されているからだといえます。

急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律
 第九条 急傾斜地崩壊危険区域内の土地の所有者、管理者又は占有者は、その土地の維持管理については、当該急傾斜地崩壊危険区域内における急傾斜地の崩壊が生じないように努めなければならない。

 道路の場合、管理者は国や自治体になるので、急傾斜危険地域の崩壊防止の対策も国や自治体によって行われます。もちろん、その財源は税金によってまかなわれます。高速道路の場合、少し事情が異なり管理者は高速道路会社になるので、その会社が対策を施すことになります。

 鉄道の場合、線路を管理するのは鉄道会社になるので、そうした対策は鉄道会社の手によって施さなければなりません。もちろん、一定の補助が見込めるとしても、多くは鉄道会社自身が財源を確保しなければならいのです。
 そのため、列車の運転本数が極端に少ないローカル線では、営業収益そのものがあげることが難しく、常に赤字体質になりがちなので、こうした収益につながりにくいコストをかけることを避ける傾向にあります。

 このことは、都市部の線路沿いにある急傾斜地は一定の対策が施されているのに対し、山間部などではこうした対策が施されてない箇所が多いことからも明らかといえます。

 公共性が高いにもかかわらず、こうした安全対策の工事の費用は鉄道会社の負担となっているために、輸送量の少ないローカル線を中心に、大きな自然災害が起こると線路内に土砂が流入して長期の運転休止を余儀なくされる事例が多く見らます。
 また、こうした被害を受けてしまった場合、単に土砂が流入したということに留まらず、道床や線路が大きく破壊されてしまうこともあるので、簡単に復旧できないレベルの被害になることが多いようです。

 ひとたび土砂流入などの被害を受けると、たちまち列車の運転はできなくなるので、ひいては沿線住民の生活にも大きな影響を及ぼしているといえるでしょう。また、路線によっては日本の物流を支えているケースもあるので、私たちの生活にも大きな影響を及ぼすといっていいかもしれません。