旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第二章 見えざる「安全輸送を支える」仕事・電話が通じない!信号機器が動かない! その正体とは【後編】

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電話が通じない!信号機器が動かない! その正体とは【後編】

 日中に他の区所から電話がかかってくると、多くは何らかの障害が起きたために対応を要請するものだった。
 障害の内容によっては、その日の作業計画を変えて出動をすることになる。


前回までは 

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 その日の担務指定は事務整理で、朝から担当している米軍専用線の線路配線図を描いているところだった。
 この配線図はかなり古かったので、新しく原版から描こうと、高校時代に使っていた製図道具を使って描き写し、さらには米軍にも提出するので、必要な項目は英語併記という非常に厄介なものだった。
 なにしろ英語は中学生の頃からまったくダメで、高校の成績は散々たるもの。よくもまあ、この成績で卒業させてくれたものだと、今となっては不思議でたまらない。よく言えば「卒業させてくれた」、悪くいえば「追い出された」のかとさえ思わずにはいられないほどだった。

 そんな図面と悪戦苦闘をしていると、東高島駅だったか新興駅だったか、とにかく電話が通じなくなってしまったと連絡があった。

 電話が通じなくなったのに電話で連絡があるのが不思議に思われるかも知れないが、駅にある電話は一本ではなく何本かあるので、そのうちの一本が使えなくなってしまったらしい。
 通信を担当している指導職の先輩から、障害の対応をするからすぐに準備をするようにと指示が飛んできた。

 この先輩、よほど大きな作業でなければ、信号や電力といった他の分野の仕事にはあまり手を出さない人だった。といっても、仕事を選んでいたのではなく、通信を担当できるのはこの先輩一人だけだったので、やることがとにかく多かったのだろう、詰所にいることが多かった。
 そして普段から物静かで、ぱっと見ちょっと強面なので、私も最初の頃は話しづらいものがあった。といっても、とても面倒見のいい人で、私が退職を決意したときは、何も相談がなかったと本気で怒って悲しんでくれた。

 工具倉庫からは配管の中に通すワイヤーを出し、資材倉庫からは交換用に使う電話線のメタル線一巻きを引っ張り出すと公用車に放り込んで、先輩の運転で駅へと行った。
 駅に着くと、駅の助役が困り果てた顔でいた。
 最初に電話の受話器を取って耳に当てると、確かにダイヤルすることができることを知らせるあの「プー」という音がしない。ということは、電話線がどこかで断線しているということになるが、問題はどこで断線しているかだった。

 先輩はすぐに通信用の配線が集まっている配線箱を開けると、携帯式の電話機についたクリップを配線箱の端子につなげた。
 ここで「プー」という音が聞こえれば、配線箱から電話機までの電話線が切れていることになる、というのだった。

 ところが、ここでも音はしなかったようだ。

 先輩は「聞いてみな」といって電話機を私に渡したが、確かに聞こえなかった。
 そして、次の配線箱を見てみようということで、別の部屋へと行った。

 この先輩のすごいところは、図面を見ることなくどこに何があるかを頭の中に入れていることだった。自分が担当する駅や区所の通信設備は、どこに何があるのか、どこまでが自分の持ち分なのかを熟知しているのだ。

 次の配線箱に電話機をつけて聞いてみると、あの「プー」という音は聞こえてきたのだ。つまり、配線箱と配線箱の間の電話線が切れているということだった。
 電話が使えなくなった原因は突き止められたので、その電話線を交換することになった。

 交換といってもそれは簡単なことではない。

 多くのオフィスもそうだが、電話線やコンピュータのLANのように弱電のケーブルは、できるだけ外からは見えないように配線されている。最近のオフィスなら床下に20cmほどの空間を空けたフリーアクセスになっているけど、この当時のJRの建物といえば、ほとんどが国鉄時代に建てられた年代物ばかり。フリーアクセスなんて便利なものなどあるはずもなく、多くは床や壁に埋め込んだ専用のパイプの中にケーブルがあった。

 しかも悪いことには年数が経てば経つほど埋め込んだパイプも老朽化し、さらには何度かの補修やら何やらでパイプの中には使われなくなったケーブルがそのまま放ったらかしなんてことも珍しくない。そのため、簡単に見える補修でも、かなり苦労をさせられて時間をかけてしまうことなど珍しくもなかった。

 このときもケーブル交換という簡単な作業だったが、やっぱり古い建物なのでパイプの中にはケーブルがぎっしり。とりあえず途中で切れて使えなくなったケーブルの先を引っ張って取り出そうとしたけど、どこかで支えているのか引っかかっているのかで、ケーブルはうんともすんとも言わなかった。

 それならばと先輩と二人がかりで、まるで運動会の綱引きのように力一杯に引っ張っても、やっぱり動く気配すらなかった。
 なんとか引っ張り出したかったけど、これ以上無理に引っ張ろうとすると、壊れていないほかのケーブルを痛めてしまうので諦めて、新しいケーブルをパイプの中を通すことになった。

 パイプの中にケーブルを引き通すときは「リードワイヤー」と呼ばれる道具を使う。このワイヤーをパイプの中に通して、パイプの出口でワイヤーの先が顔を出したら、そこにケーブルをくくりつけてワイヤーを引っ張ることでパイプに配線できるものだった。
 パイプの口からリードワイヤーを押し込んでいくと、最初は特に抵抗もなくすんなりと入っていったが、途中で何かに引っかかったようになりなかなかうまく押し込めなくなった。

 何かがワイヤーの行く手を邪魔しているのは間違いなかったが、その「何か」はさっぱりわからなかった。もしかすると、何本ものケーブルがパイプの中を通っているので、それに引っかかったのかと思い、少しワイヤーを引き戻してはまた押し込んでいく、という動作を何度も繰り返して、言葉通り欺しだましでワイヤーを入れていった。

 ようやくパイプの反対側の口にワイヤーが出たときに、その原因がわかった。

 なんと、ワイヤーは濡れていたのだ。

 そして、その塗れた水は赤茶色をしていた。

 パイプの中に水が入っていたのだ。そして、悪いことにパイプに入り込んだ水は、パイプを錆び付かせていたらしい。
 どうやら電話線が切れてしまった原因も、このパイプの錆と水にあるようだった。

 電話線が切れた原因らしきものがわかっても、ここから先は手も足も出なかった。なにしろ建物の中に埋め込んだパイプが錆びているので、これは簡単には交換できない。もし交換をするのなら、電気区ではなく建築センターのテリトリーだからだ。
 とにかく、電話線だけは新しいケーブルに交換して、使えなくなっていた電話も元通り使えるようになった。

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 駅の人にとっては直れば問題ないが、私のように作業をした技術者の立場ではそうはいかなかった。また同じような障害が起きて、このパイプにケーブルを通すなんてことがあると、このとき以上に作業は難しくなるだろう。そう考えると、どことなく中途半端な感じが残ってしまった。
 とはいえ、とりあえずはミッション終了といったところだろうか。