旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

自然災害による鉄道への影響 被害はなぜ大きく、復旧に時間がかかるのか【4】

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3.莫大な復旧費用と長期化する復旧期間

 鉄道線路が自然災害で大きな被害を被り、長期にわたり列車の運転を休止を余儀なくされるケースがたびたび見られるようになりました。
 長期にわたって列車の運転を休止に追い込まれる原因はいくつかありますが、
共通していえるのは線路の復旧が困難だということです。

 では、その困難な原因を考えてみました。

 ①被害を受けた場所が地理的に復旧工事を行うのに不利なため、工事をする期間が長くなる

 ②被害を受けた規模があまりに大きく、復旧というよりは最初から建設し直すような規模の工事になるため期間が長くなる

 ③上記の①と②のような被害が、一つの鉄道線路に複数にわたって受けたため、同時に復旧工事を行うことが難しく期間が長くなる

 ④被害の規模、受けた場所、被害の数などから復旧工事の費用が莫大になるため、鉄道事業者単独では復旧工事を行うことが難しくなり、復旧そのものを見合わせてしまう

 ⑤上位の④に類似するが、もともと被害を受けた鉄道路線は収益性が極端に低いため、莫大な費用をかけて復旧させても利用者が増える見込みがなく、鉄道事業者が復旧そのものに否定的になるため目処が立たなくなる

 かなり大雑把かもしれませんが、この①~⑤が長期化する原因だと考えられます。

 もともと都市部からはずれた郊外や都市間の狭間になる地域に敷かれた鉄道線路であったり、あるいはローカル線のように山間部などを走る線路に自然災害に対する対策の費用をかけにくいこともあって、どうしても被害の規模が大きくなる傾向があることは否めないでしょう。(①と②)

 また、こうした鉄道路線は基盤が脆弱になる箇所も多くなるので、被害を受ける箇所も増えてしまいます。大規模な破損箇所が同時にいくつもあれば、復旧工事もまた時間がかかってしまいます。(③)

 そして、なんといっても工事が困難な場所で、大きく受けた破損を、何カ所にも渡って修復する工事をすることは、莫大な費用がかかってしまいます。国鉄やJRから転換した第三セクターのような鉄道事業者が運営する鉄道だった場合、会社の存続そのものにもかかわってしまうことにつながることもあるのです。

 

④の例、結果として鉄道事業者そのものが解散に至った例

 JR九州・高千穂線から転換した高千穂鉄道は、2005年9月に台風14号によって、橋梁2箇所を流失し道床や路盤の流失、土砂の流入などほぼ全線に渡って大きな被害を受けました。

 2004年の平均通過人員は1日あたり504人と少なく、廃止直前の年間営業収入約1億8千万円に対し、営業経費は約2億4千万円と大きく下回るものでした。

 2005年9月の台風14号により、高千穂線の二つの橋梁は流失し、ほぼ全線に渡って土砂流入や道床流失、軌道破損といった被害を受け、運行の休止を余儀なくされました。

 しかし、全線の復旧には多額の費用がかかるため、高千穂鉄道単独での復旧は難しいことから、宮崎県をはじめ沿線の自治体に復旧費用の負担を求めました。

 ところが、長引く景気の低迷で税収が落ち込んでいた自治体はできれば支出を抑えたいところで、高千穂鉄道の求めに難色を示すことになります。

 そして、沿線自治体からの支援が得られなくなった高千穂鉄道は、この台風14号で受けた被害がもととなって、高千穂線全線の廃止と、高千穂鉄道という鉄道事業者そのものの存続も難しくなり、2008年の全線廃止を経て、翌年には会社も解散してしまいました。

 第三セクターのように会社の基盤が脆弱な事業者では、この高千穂鉄道のように存続することも叶わず、路線の廃止や会社の解散ということも十分に考えられるものといえるでしょう。

 そもそも営業収入が経費よりも大きく下回り、常に赤字を生む体質では、自然災害による被害がなくても、常に存続が危ぶまれるといえます。

 逆に会社の経営基盤が強固な鉄道事業者でも、年間の輸送量が極端に少ない鉄道路線に対する設備投資は少なくなる傾向になります。そのため、自然災害で大きな被害を受けると、その復旧に対して消極的になり、長期間にわたって列車の運転が休止されたままになったり、あるいは鉄道路線自体の廃止なったりする事例があります。

 

⑤の事例

 JR東日本只見線は、福島県会津若松駅から新潟県小出駅の間135.2kmを結ぶ非電化の路線です。破間川や只見川の渓谷沿いに線路が走り、いわゆる秘境路線としても有名ですが、平均通過人員は最も多い会津若松会津坂下間でも1日1,191人、最も低い会津川口-只見間では1日30人程度と非常に少ない鉄道路線です。

 この只見線を、2011年7月に起きた新潟・福島豪雨で、複数の橋梁が流失するなど大きな被害を受けました。そのため、小出-会津坂下間は不通になってしまいます。その後、順次復旧工事が進められていき、列車の運転も再開されましたが、会津川口-只見間の27.6kmは復旧工事を行いませんでした。

 この区間は非常に山奥にあることや、複数の橋梁が流され、軌道も被害が大きく、復旧をするには「最初から鉄道を建設し直す」ほどの工事が必要といわしめるほどでした。

 復旧の費用は約85億円もかかると見積もられ、さすがのJR東日本も単独での復旧には難色を示しました。

 年間の営業収入が1000億円以上もあるJR東日本に、たった85億円の復旧費用も賄えないのか?という疑問も出てくるかも知れませんが、2011年といえば東日本大震災のあった年で、JR東日本の東北地方の各路線は壊滅的な打撃を受け、その復旧に力を注がなければなりませんでした。

 こうした中で、1日平均30人程度しか乗らない路線のために、85億円もの巨額の費用をかけて復旧させたところで、その費用を回収できる見込みなどあるはずもありません。JR東日本としては、列車を運転するほど赤字になるのであれば廃止にしたいところだったと考えられます。

 しかし、沿線の自治体はそのまま廃止なることに対して危機感を抱いているものの、やはり税収が落ち込んでいて、しかも東日本大震災福島原発事故などの影響もあって、そうおいそれと費用を負担することは難しいことでした。

 結局、2015年に福島県と沿線自治体が只見線の赤字分を補填することや、会津川口-只見間の鉄道施設を福島県保有し列車の運転をJR東日本が行う「上下分離」にすることで復旧に合意しました。2011年の不通以来、6年の歳月が経った2018年にようやく復旧工事が始められ、2021年の全線開通を目指すことになりました。

trafficnews.jp

www.asahi.com

 この只見線の事例は、鉄道を残したい沿線の自治体と鉄道事業者の復旧に向けての思惑が必ずしも一致せず、またその費用が膨大で鉄道事業者自身が負担に対して経営的にも難色を示したことで、かなりの時間を要したものといえるでしょう。

 

⑤の事例、結果として鉄道の廃止に至った例

 これに対して、同じ自然災害で大きな被害を受けたJR東日本岩泉線は、やはり復旧には莫大な費用がかかることや、輸送密度が1日19人と極端に少ない赤字路線であることから、沿線の自治体に岩泉線の復旧の断念とバスへの転換を提案しました。

 岩手県をはじめとした自治体は鉄道による復旧にこだわり続けましたが、2013年に正式に廃止を伝え、意見聴取などを経て2014年に全線廃止となりました。

response.jp

 民営化後、新幹線の建設・開業による並行在来線として廃止になった信越本線の横川-軽井沢間に続いて、鉄道そのものの廃止は二例目、しかも町から鉄道そのものが消えていく単純な廃止は初めてで、JR東日本のように経営基盤が強固な鉄道事業者であっても、自然災害が引き金になって鉄道そのものが廃止になるというのは十分にあり得る事例となりました。