旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第二章 見えざる「安全輸送を支える」仕事・過酷な猛暑の鉄路【後編】

過酷な猛暑の鉄路【後編】

 こうして一時間ほどでレールの交換が終わると、レールの幅、つまりゲージが規定の1067mmになっているか、専用の計測器・・・といっても、細かい精密機器ではなくすぐに幅が規定以内に収まっているかがわかる比較的簡易なもの・・・をつかって作業の責任者でもある施設の主任が確かめる。そして、このときは人手を補うためなのか、珍しく区長も現場に出ていたので、一緒になって確認をしていた。

「お待たせ、電気さん、あとヨロシク」

 レール交換の作業が終わると、いよいよ私たち電気の出番になった。

 まあレール交換作業は施設が主役で、私たち電気(信号)は最後の仕上げ、しんがりを受け持つのが役割だから、出番が来るまでやることはない。といっても、やることはなくても作業は「レール交換立ち会い」というものになるので、施設の人たちが作業中はずっとその様子を見ながらひたすら待ち続けるのだった。


前回までは

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 春や秋のように過ごしやすい季節ならなんともないが、冬は寒いなかでじっとしていなければならないし、夏は暑くて汗だくになって待たなければならないから、これなら何か作業をしている方がまだマシだとさえ思えた。

 特にこのときのように、猛暑で熱くなったレールを交換する作業だったので、文字通り炎天下、しかもただでさえ気温が上がりやすい線路上で待ち続けたので、体中汗びっしょりになってしまっていた。

 ようやく待ちに待った作業に取りかかると、これまたガマン大会でもしているんじゃないかと思いたくもなる火を扱う作業だから、終わった頃には制服のシャツもズボンも汗だくだった。

 さて、交換されたばかりのレールは、それまでずっと屋外に置かれたままなので錆がついている。鉄でできたものに錆が浮くことはあまりよくないと思われるが、レールはこの錆がコーティングの役目をしてくれるので、それよりも腐食が進んで朽ちることはないようになっている。

 ところが、レールにとってよくても、電気的にはあまり好ましくない。

 錆は鉄が酸化してできた「酸化鉄」と呼ばれるもので、これは電気を通さない性質をもっている。だからレールにとってコーティングでも、電気的には絶縁体になってしまうから、この錆を取り除かなければならない。

 そうはいっても、レールをすべてピカピカに磨き上げるなんてことはできいし、その作業に時間をかけるわけにもいかない。だから、必要なところだけを磨いて錆をとることになる。

 レールボンドを取り付けるときも、最初にグラインダーでレールの頭部の横をを磨くことから始まる。これをしないと、レールとレールボンドをくっつけるロウと呼ばれるハンダが上手く乗らず、せっかくくっついても後で車両が通ったときに、その振動でボロっと取れてしまう。

 レールの継ぎ目のところをグラインダーで磨いたら、洗濯ばさみのお化けみたいな道具を使って、真新しいレールボンドをレールに仮付け。そして、ライターで灯油トーチに火をつけると、レールとレールボンドを火で炙った。

 炙られたレールとレールボンドが熱を盛ったところで、ロウを近づけて、ちょうど電気工作のハンダ付けのようにしてつけていくのだが、これがまたなかなか難しいものだった。

 バーナーの火で炙りすぎると、レールボンドの端にある取付部にあらかじめメッキされていたハンダが溶けてしまうし、おまけに肝心な銅線そのものが取れてしまう。

 逆に炙りが少ないとハンダメッキはまったく溶けず、しかもロウも溶けないからレールボンドがレールにくっつかない。

 まさに経験がモノをいう作業の一つだった。

 

DSC01152▲レールの継ぎ目には電気を流すためのケーブルである「レールボンド」を取り付けなければならない。取り付けなければ信号などの保安装置が正常に機能しないし、電化された線路では車輪を通して帰線電流(マイナスの電気のこと)が流れなくなってしまう。これをレールに取り付けているのはハンダで、灯油バーナーで炙って溶かしてつける。(筆者撮影 京成電鉄市川真間駅

 

 とはいっても、まったく経験もしないでただずーっと見ているだけでは、仕事の腕も上がらないし、何より作業の一つもできないまま、ただ給料を貰っているだけの存在になってしまう。

 一応、ここで働く以上は「プロ」なんだから、やっぱり経験が少なければ経験を積むようにしていかなければならない。そういうわけで、無謀(?)にも私は機会あるごとに作業をするようにしていた。

 この時も、信号の先輩にお願いして、レールボンドを取り付ける作業をさせてもらった。

 灯油バナーからでる炎でレールボンドの取付部を炙って、メッキされたハンダが溶け出すまでじっと待った。夏の炎天下、それも猛暑の中でするようなことじゃないけど、これもまた鉄道マンの仕事と必死になった。

 メッキされたハンダが溶け出したタイミングで、もう片方の手に持っていたロウの棒を炙っているところに押し込むと、ロウはすぐに溶けだしレールボンドの取付部に流れ込んでいった。

 そして、すぐにバーナーの火を外して、今度は溶けたロウを冷やして固める。

 まさしくハンダごてを使ってプリント基板にハンダ付けをする要領そのものだ。これならば、高校時代にも実習で散々やって来たことだったから、すんなり葉できた。

 だが、信号の先輩からはダメ出しをされてしまった。

 蝋を溶かして流し込んだところまではよかったが、その後すぐに火を外し他のマズくて、ロウが完全にレールに密着していなかったのだ。いわゆる「イモハンダ」状態だったのだ。

 すぐに先輩がバーナーを取って、私の不完全な作業をフォローするように、きれいに仕上げてくださった。

 はあ、まだまだ修行が足りないんだなあ。

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 でも、その時は落ち込むどころか、次はダメだしされないようにしようと、先輩がどのようにしているのかを覚えるために、作業をしている様子をしっかりと見るようにした。

 こうしてレールボンドが取り付けられると、あとはレールの頭頂部を磨いて錆びを落として終わりだ。

 この作業をしないと、車両が通ってもレールに流れている電流が車輪を通って反対側のレールに流れないので、信号機器が正常に動作しなくなってしまう。

 これをお読みの方がもし鉄道を利用されるとき、駅のホームからレールを眺めてみてほしい。きっと、そのレールの頭頂部、つまりてっぺんはピカピカになっているはずだ。もしかすると、レールが磨かれすぎて鏡のようになっているところもあるかもしれない。

 このレールのてっぺんがピカピカになっていることで、レールに流れている信号を制御する電流が車輪を通して流れている。だから、レールのてっぺんのサビを落とすという、この一見無駄にも思えるようなことも、実は鉄道の安全輸送のために重要なものだ。

 レール交換とそれに付随する作業が一通り終わると、あとは信号所で信号機器が正常に動作しているかを確かめ、問題がなければ終了だ。

 ともかく、夏の暑い日、特に猛暑の日にはこうした事がごくたまに起きてしまう。

 作業が終わると、私もまた汗ビッショリで制服のシャツも汗だくだった。

 すべてが終わって飲む冷たい飲み物はまた格別だった。

 使った道具類をすべて公用車に載せて撤収をするとき、区長が私の肩をポンと叩いて「はい、ご苦労さん」といった。いったい何があったのか?と思ったが、どうやら私がレールボンドの取付をするのを見ていたようだった。
 けして褒められるような出来栄えの作業ではなかったが、いま思うと若い職員ができないなりにも一生懸命に仕事に取り組む姿を見て、区長なりに思うところがあったのだろう。ともかく「やりきった感」はあった。