旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第二章 見えざる「安全輸送を支える」仕事・猛威を振るう台風、その後に残ったものは【1】

猛威を振るう台風、その後に残ったものは【1】

 暑い夏が終わるとようやく涼しい秋がやってくる。
 線路際で毎日焼かれるような暑さの中で仕事をしていると、9月に入って気温が下がり始めたことに気付かないこともしばしば。それでも、夕方になって退勤時刻が近づいてくると、吹き抜けた涼しい風に季節の変わり目を感じることもあった。

 その過ごしやすい、いや、仕事がしやすい秋がやってくる前に、必ずやってくるのが台風だ。

 台風はともかく鉄道にとっては厄介なものだった。

 台風の直撃を受けなくても、遠く西の方を襲ったときには、強い風と降りしきる雨で鉄道の運転も大きな影響を受けてしまう。一定の基準を超えると、列車の運転も止められてしまい、運転時刻が大幅に遅れることもある。場合によっては列車の運転自体が休止(いわゆる「運休」)になってしまいこともある。


前回までは

blog.railroad-traveler.info


 遠くの地で列車の運転が遅れたのがなぜ厄介なのかと思われるかたもいらっしゃると思う。

 それはそうだ。

 例えば遠く九州が台風に襲われて、列車の運転を見合わせたり運休になったりしたのに、台風に襲われていない1000km以上も東にある東京近辺には関係ないと思うのが普通だと思う。

 それが近距離や中距離を走る旅客列車なら、台風に襲われた近辺には影響を与えるだろう。九州を襲った台風のために、九州島内を走る列車は遅れや運休が出たとしても、東京の山手線の運転に影響が出ることはない。

 ところが、私は貨物会社の鉄道マンだった。

 貨物列車は近距離の列車もあるが、多くは長距離の列車だ。

 東京貨物ターミナル駅発、福岡貨物ターミナル駅行きとか、隅田川駅発、札幌貨物ターミナル駅行きという列車を多く走らせている。
 もうお気付きの方もいらしゃると思うが、遠く九州が台風に襲われて、列車の運転ダイヤが乱れると、この乱れた地域を発車する列車にも遅れが出てきてしまう。それは貨物列車も例外ではなく、例えば21時に発車する予定だった列車が、台風の影響で3時間遅れで発車したなんてこもとあるのだ。

 それに加えて、列車のダイヤが乱れてしまうと、旅客列車の運転を優先させてしまうことが多く、貨物列車はといえば運転を止められたままじっと待たされ続け、ダイヤの乱れが収束してきた頃にようやく輸送指令が運転再開を指示して列車が走り出したとしても、もはや数時間の遅れに膨れあがった状態になってしまうのだ。

Super Typhoon Higos 2002

 もちろん、多少は遅れを縮めることはできるが、定時に戻すことなんかほとんど不可能な状態なので、列車は大幅な遅れを抱えたまま走り続けることになってしまう。

 これが長距離を走る列車の弱点の一つだろう。

 さて、このような列車の遅れが激しくなると、筆者のように線路の中に入って作業をする立場では、遥か遠くで起きたことなのにもろに影響を受けることがあった。

 あるとき、新鶴見機関区の構内で作業をするため、列車見張をするのに信号扱所へと上がったときのこと。顔なじみの機関区の輸送係の先輩は、私の顔を見るなり苦笑いをしながら、「今日はダイヤの乱れが酷い」と教えてくれた。

 近くで輸送障害(人身事故や線路内立入、あるいは信号や車両の故障など)は起きていないのにダイヤが乱れているとはどういうことかと聞くと、前日に西日本を台風が襲って列車の運転が止められたので、早朝に到着している列車がいまだ到着していないということだった。

 さらに悪いことには、先にやってくる列車と後からやってくる列車の間隔もめちゃくちゃになっていて、立て続けに隣の信号場に滑り込んでくることもあるというのだ。

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 こうなると、ダイヤが正常なときに列車と列車の間の時間(これを「間合い」と呼んでいる)を使って作業をするのだが、内容と列車の到着予想によっては作業自体を中止して別の日に移さなければならなくなってしまうのだ。

 しかも、この当時はいまとは違って、列車の運行のほとんどは人力によって行われていた。もちろん、コンピュータなど信号扱所にあるわけもなく、いまのように輸送指令が端末を叩いて一斉送信すれば、関係する駅や区所の端末に情報が表示されるなんて便利なものなどなかった。

 そうなると、信号扱所の輸送係は恐ろしいほどの忙しさになってしまう。隣接する駅や区所の信号扱所に電話を入れて情報を集めるのだ。もちろん、むやみやたらと電話を入れるわけにはいかないので、列車の受け渡しをする連絡のついでに状況を教えて貰い、逆に教えたりしていた。

 だから、ダイヤが乱れたときは、いつ状況が変わるのかがわかりにくかった。

 ダイヤが乱れたときは列車の遅れが多いが、しばらく列車がやってくる見込みがないから、通常の時よりも間合いが長く取れるときもある。それなら余裕もあっていいのではないかと思われると思うが、そうは問屋が卸さない。

 そういうときはというと、予定どおりに作業を進めるだけなのだが、急に状況が変わってしまうこともあるので、やっぱり予定どおりの時間で作業を終わらせるだけだ。