旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

もう一つの鉄道員 ~影で「安全輸送」を支えた地上勤務の鉄道員~ 第二章 見えざる「安全輸送を支える」仕事・猛威を振るう台風、その後に残ったものは【2】

猛威を振るう台風、その後に残ったものは【2】

 遥か遠くの地が台風に襲われて、列車のダイヤが大きく乱れたために、作業にも影響を受けることがあるが、台風の直撃を受けた場合は作業どころではない。

 暴風雨の吹き荒れる中を線路に入って作業をするなどとんでもないことで、ただでさえ危険なのが余計に危険度が増してしまう。

 だから、予定されていた定期検査などの別の日に移しても差し支えない作業はすべて中止にして、その日の担務指定はすべて「事務整理」ということになってしまう。

 もちろん、線路内に入らない、屋内での作業もあるので、そうした作業は担務指定でも変わることなく予定どおりにこなしていくだけだった。


前回までは

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 台風が通過するときは、多くは詰所で待機しながら事務整理をこなしていた。

 時折、詰所の前を通過していく列車も、いつもよりは遅く走っている気もした。実際に列車は速度を落とし気味で運転しているようで、いつもなら列車が通過する時刻になってもトンネルから顔を出さず、数分から数十分遅れてゆっくりと通過していくことなどよくあった。

 そういえば、こうした悪天候の時には、滅多に見ない列車も通過していくのを見たことがある。

 九州から東京へ向かう寝台特急、いわゆる「ブルートレイン」だった。

 あまりにも運転が遅れてしまったために、通常の客線に他の列車で混雑するために入ることができず、やむを得ず余裕のある貨物線に小田原から入ってきたのだった。

 もちろん、貨物線に入ったブルートレインは、東戸塚からは内陸を通るトンネルを走ることになるので、通常なら停車する横浜には行くことができない。迂回した列車は、トンネルをひたすら走って横浜羽沢を通過して、終着の東京かその手前の品川を目指して走っていった。

 こうした「珍客」を見ると、その日のダイヤが大きく乱れていることがわかったものだった。そんな列車を横目に見て、デスクに向かって仕事をしながら、一日が何事もなく終わることを祈らずにはいられなかった。

 だが、そんな祈りもむなしく、電気区が管轄する区所から障害発生の連絡が入ることがあった。

 一つは、台風も通過していった日の夕方。

 日中は風が吹き荒れ、大雨が降り続いていたのが、退勤時刻近くになって嘘のように晴れ上がり、まさに「台風一過」とはこのことかと思わせる青空が広がった。

 あと数分で退勤時刻になるといったそのとき、どこからか電話がかかってきた。それを取った主任は、区長にもその電話を回すと、これまた電話を受けた区長の表情がみるみるうちに険しくなっていった。

 こういう時の予感というのはよく当たるもので、表情が険しくなった区長の顔を見ながら、これは「ただ事ではない」と帰り支度の手を止めて、どこかで障害が発生したのかななんて考えていた。

 すると、電話を切った区長がやおら立ち上がった。

新鶴見機関区で転轍機が冠水して転換不能を起こしました」

 ああ、やっぱりそうだったか。当たって欲しくない予感が的中し、この日の超過勤務は決定的だった。

 まあ、それはいいんだけど、悪いことにこの日は当時付き合っていた彼女とデートの約束をしていたのだ。

 当然、デートのお約束は水に浸かった転轍機のために吹っ飛んでしまった。

 1990年代の当時、いまのように携帯電話などない時代。あってもポケットベル、それもただ「ピーピー」鳴るばかりの代物で、連絡手段といえば公衆電話しかなかった。

 ところが、当時筆者が勤めていたところに、そんな物は置いてなかった。

 自分のデスクに電話は置いてあるが、その電話は鉄道電話しかつながっていないから、彼女の家にかけられない。NTTの電話は区長と助役が座る席の後ろ、窓際に置いてあるだけだった。

 まさか、そのことのために、たった一本しかないNTTの電話を使うわけにもいかない。

 さあ、どうしたものか。なんとか連絡できないものかと思案していると、復旧に出動することになった先輩たちが代わる代わる、家に電話をかけていた。

「ああ、今日遅くなるから。え、飲みじゃないよ、機関区で障害があって出なきゃなんないんだ」

「障害が起きてこれから出るから、少し帰りが遅くなる」

 などなど、家庭を持っている先輩たちは、家族に遅くなることを連絡していた。

 そりゃあそうだろう、家族に何も言わずに遅くなれば、いったい何が起きたんだと心配されかねない。超勤で遅くなるならなるで知らせておけば、家族も安心していられるというもの。

 とはいえ、家族を持っている先輩と、まだそこまでいっていない彼女とデートという私では雲泥の差があるから、やっぱり電話をかけることを躊躇ってしまう。

「ナベちゃん、どうした?彼女とデートだったのか?」

 元は信号、いまは電力もこなすという主任が、半ば冗談半分で笑いながら声をかけてきた。まさにその通りだと話すと、さらに大きく笑って、それならそれで連絡してこいといってくれた。

 もちろん、区長にもそのことを話すと、手短に済ませるようにといいながらも、快く電話を使わせてくれた。

 さて、デートの予定もキャンセルできたので(あまりいいことではないが)、出動をすることになった先輩たちと一緒に、区長から障害が起きた状況の説明を受けることに。

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 この時は、台風がもたらした大雨で、新鶴見信号場から新鶴見機関区の西機待線と呼ばれる留置線群を結ぶ入区線にある転轍機が水没したとのことだった。転轍機の番号から、機関区の中でも頻繁に使われる線路で、しかもこの転轍機が使えないと信号場から機関区へ機関車が入ることができなくなってしまう。悪くすると、武蔵野線の北方へと走る貨物列車が運転できなくなるなど、とんでもないことになってしまうから早く対処しなければならなかった。

 問題は転轍機が「水没」したということだった。

 この転轍機は前にもお話しした、電気で動く電気転轍機だった。

 モーターを内蔵していて、そのモーターの力で転轍機を転換させている。転轍機の中には、信号扱所から出された指示を正確に処理するための電気機器も入っているから、水没してしまってはすべてが使えなくなってしまう。

 簡単にお話しするとすれば、防水機能のないスマートホンを水の中に沈めてしまったようなもの。

 こうなると、使い物にならなくなった電気転轍機を交換しなければならない。

 この当時、私は電気区が使う交換用の部品などといった資材をすべて管理する「資材担当者」だったので、この交換用の電気転轍機のストックがあるかを助役から聞かれた。

 もちろん、こんな大きな物、忘れるはずもなくすぐにストックがあることを伝えると、さらにそのストックは使い物になるのか?ということも訊かれた。

 たまにあるのだが、交換用の資材として在庫はしているが、その在庫は物によっては修理した物で賄うことがある。特に電気転轍機のように大型で、しかも単価が高い機器は新品ではなく、前にどこかで使っていたけど故障して交換してきた物ということが多い。ただ、在庫としてはあるけど、交換したばかりで未修理だったら、その部品は使い物にならないから、どこか他の区所から借りてこなければならなかった。

 幸いなことに私はそのことも把握していたので、その転轍機は問題なく使えるということをすぐに答えることができた。

 さて、部品はあるが、もう一つ問題があった。

 この電気転轍機、NS形と呼ばれる本線やそれの準ずる線路上に使う、電気鎖錠機能がついたもので、その重さはなんと300kgは超えるというとんでもないものだ。

 この300kgは超える物を、いったいどうやって運ぶんだということだった。

 まさか、人力で持ち上げられるような代物じゃない。

 

IMG_20180831_150303▲電気転轍機のうち、本線などに設置される電気鎖錠機能があるNS形は、その重量は300kgを超えるものだった。現在では改良がされているが、私が鉄道マンだった当時はケースと蓋はは鋳物でできていた。(筆者撮影 写真は京成電鉄市川真間駅のもの)

 

 いや、もしできたとしても、時間は相当かかるだろうし、想像しただけでも恐ろしい力仕事になるので、正直逃げ出したい気分にもなった。

 とはいえ、逃げるわけにもいかず、やるしかないのが現実だ。

 そんなことを話していると、施設の先輩が「うちのユニック車で運ぼうか?」と助け船を出してくれた。

 この先輩、クレーンの操縦免許と大型自動車の運転免許を持っているという、とても貴重な存在で、普段からとても物腰が柔らかく、いろいろなことを教えてくださっている方だった。

 施設区に所属するけど、普段はあまり現場に出ることが少なく、詰所で図面をよく見ている人で、用地関係を担当していた。

 これで300kgはある電気転轍機を運ぶ算段がついたので、手早く準備を整えて機関区へと出動していった。