地上だけでなく作業は高いところでも【2】
架線に立てかけて昇る梯子、長さは軽く5mはあり、しかもこの当時もっとも多く使われていたのは竹製だったので、重さもそれなりにあった。今ではグラスファイバーでできた軽くて丈夫な優れ物がほとんどだが、お値段は竹製の方が断然安かったので、グラスファイバー製のハシゴで訓練などもったいなくてできなかった。
そして、ハシゴを立てかけるようにした格好で、両腕で支えるようにしてもつことができたら、今度は歩いて動かなければならなかった。
それはそうだ、ただハシゴを持っているだけでは現場で仕事にならない。ハシゴが常備されているところや、トラックから実際に作業をする現場に持って行かなければ用を為さないからだ。
ところが、これもまた大変な苦労をするものだった。ハシゴを持って歩いて移動・・・といえば簡単に聞こえるが、何しろその歩いて回る場所は線路の中だ。枕木に固定されたレールがあり、それを支えるために砕石が敷き詰められている。とにかく足許は不安定なのが当たり前、そこを少しでもバランスを崩せばたちまちハシゴが倒れてきて落としてしまうような格好で歩くのだ。そう簡単にはいくはずもなかった。
何度かバランスを崩してはハシゴが倒れ、最悪はガシャーン!と音を立ててハシゴを落としてしまった。その度に訓練用のハシゴは衝撃を受けたが、古いものであるにもかかわらず壊れなかったのは意外だった。
なんとかハシゴを持って歩くことができるようになると、次のステップとなった。
今度はハシゴに昇る訓練だ。
ハシゴに昇るなんてそんな簡単なことまで訓練をするのか?と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、足場が不安定な線路の上に立てかけ、しかも揺れる架線にハシゴの先端を架けているので、昇ったり降りたりするのも簡単にはいかないのだ。
ハシゴを昇る時に絶対に守らなければならないことは、手や足をハシゴのステップから離す時には、二つ以上の手や足を離さないことだった。
例えば登る時に右手を一つ上のステップに握り替えた時、左手はもちろん、両脚もそのまま動かしてはならなかった。これはハシゴやその他の高いところから墜落することを防ぐもので、昇降に時間がかかって安全を最優先させるためのものだった。
昇りきったら片足で一段上のステップを挟むようにした。こうすると、体はある程度ハシゴに固定できるので、無理のない範囲で横方向に動くことができる。そして、これもまたハシゴが動揺した時に墜落しないようにするための基本的な技でもあった。
地上から最低でも4.5mの高さに昇ると、ハシゴを足で挟んで実際に作業をする時の動きをする。トロリー線に触ってみたり、吊下線との間にあるハンガーと呼ばれるアルミの棒をかけ直してみたりと、とにかく高いところでは地上にいる時に比べて力が入りにくいから、かなり苦労をさせられた。
ハシゴに昇っての作業は、体力はもちろんだが精神力との勝負でもあった。
例えば自分の体の右側で作業をする時、左腕や左脚はハシゴから落ちないように体を支えなければならかった。そして、右腕だけでスパナを使ってボルトを締めたり、レンチの顎を使ってハンガーの止め金具を外したりしなければならなかった。ところが私は生来の左利き、右手を使っての作業は慣れるまで時間もかかったし、何より左に比べて力が入りにくい。だから、人の何倍も練習が必要だった。
それだけならなんとなかったが、必要であれば両手を使っての作業になると、これこそハシゴから落ちないように体の体幹を使って支えなければならなかった。そして、ハシゴから落ちない限界を考えて体を移動させ、高さ5mというところでの恐怖にも打ち勝たなければならなかった。
こうした訓練をしっかりこなして、初めて現場で作業ができる。
ところが、実際にはそんな時間はほとんど取れなかったので、合間を見て何度か練習をして、後は実際の現場で先輩と一緒に作業をしながら覚えていった。