旅メモ ~旅について思うがままに考える~

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海峡下の電機の系譜【Ⅷ】 新世代のマンモス機・EH500(4)

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9.新世代のマンモス機

9-4 EH500という機関車

 既にお話ししたように、EH500は首都圏ー北海道間の貨物列車を、単機でしかも通しで運用できることを目標に開発されました。そのため、従来はED75ED79重連で運転されていたのを置き換えるため、機関車の出力もそれに見合った性能をもつ必要がありました。

 機関車の出力は3800kWと、ED75ED79重連よりも出力が上がり、重量の嵩む貨物列車を牽くには余裕のあるものとなりました。

 ただし、何度も述べてきたように、従来のF級機の構造ではこれだけの出力を確保するために新たな主電動機を開発しなければなりません。しかし、そうなると開発費用もかかる上、量産に漕ぎ着けたとしても製造コストも上昇させてしまうなど、コスト面でのメリットが少なくなってしまいます。

 また、他の形式と部品や装備品を共通化させることは、EH500が登場した頃には鉄道車両といえども当たり前になりつつありました。同じ部品や装備品であれば、メンテナンスコストもも下がり、量産する数も増えるので調達コストも下がります。

 そこで、既に実用化されている機器をそのまま採用することにしました。

 1990年代後半に実用化されていた電気機関車用の主電動機は、国鉄時代の直流電動機ではなく、三相かご形誘導電動機でした。この電動機は三相交流を電源とするので、従来のものとは構造も性能も別物でした。しかし、交流電動機は直流電動機に比べて小型軽量化できるだけではなく、消費電力も抑えることができる上、重量のある貨物列車を牽く機関車にとって重要な粘着力も向上できます。

 JR貨物が運用する機関車で、この三相かご形誘導電動機を採用したのは民営化以後に開発された形式ですが、EF200は実用化はされたもののあまりにも高出力であるが故に運用に難があり、交直流機のEF500は試作機だけで終わってしまったので、これにあてはまるのはEF210だけでした。

 EF210が装備する主電動機は三相かご形誘導電動機である、出力525kWのFMT4でした。

 この主電動機を使ってED75ED79重連に相当する出力を確保するためには、6基ではなく8基必要になりました。そのため、動輪軸を8個備えたH級機としたため、2車体永久接続という手法が採用されたのでした。

 一方、三相かご形誘導電動機は交流電動機です。これを動かすためには従来の直流電流ではなく、交流電流を主電動機に流さなくてはなりません。直流区間では従来の抵抗器による電圧制御ではなく、直流電流から交流電流へ変換させるインバーターによる制御となりました。ただ、単に交流電流に変えるのではなく、主電動機に流す電流の電圧と周波数を変えながら制御させていくことになりました。これが、VVVFインバーター制御と呼ばれるものです。

 EH500は交直流機なので、交流区間も走行します。パンタグラフを通して得た交流20000Vの電流は、そのままでは電圧が高すぎて使いづらい物があります。そこで、主変圧器で電圧をさげる必要がありました。この原理は従来の交流機や交直流機でもみられた方法です。

 主変圧器で降圧された交流電流は、そのまま主電動機に流すことはできませんでした。交流電動機なのでそのままでもよいのではないかと思われるかも知れませんが、交流電流を直接流すと思ったような制御ができなくなります。そこで、直流区間ではVVVFインバーターとして作用する制御器に、コンバーターを付加することで交流電流を直流電流へ変換し、その電流をインバーターに流す方法がとられました。

 EH500は首都圏ー北海道間を走破する機関車として開発されたので、保安装置も使用する線区にあわせたものを装備しました。

 首都圏では電車区間も走行することが考慮されたのでATS-PFが装備されます。また、東北本線ではほとんどがATS-Snだったので、貨物用に対応したATS-SFも装備されました。さらに、仙台地区ではこれらの保安装置とは異なる方式のATS-Psが設置されていました。当然、EH500も仙台地区を走行するので、ATS-Psも装備しました。そして、海峡線ではこれまでにもお話ししてきたように、ATSではなくATCが設置されていました。EH500もこれに対応したATC-Lも装備したのです。

 1両の車両に、これだけ多くの異なる保安装置を装備したのはEH500以外には例がありませんでした。

 機関士が乗務する運転台もまた、時代に合わせて居住性が大幅に向上したものとなりました。

 

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EH500-3【仙貨】 2020年8月8日 新鶴見信号場(筆者撮影)

 

 民営化以降に製造された機関車の例に漏れず、冷房装置が装備されました。また、機関士が操作する機器はすべてコンソールに収められていますが、保安装置の増加など取り扱う機器が多くなったことや、運転支援装置などICT技術をふんだんに導入したことなどで、機関士が一望できかつ容易に操作ができるように機関士席を囲むようなL字形のレイアウトになりました。

 運転操作に必要なハンドル類もすべてコンソールに設置され、左手でブレーキ操作を右手で主幹制御器の操作をするのは従来の機関車と同じですが、ブレーキは電機指令式としたので縦軸のハンドル式になりました。もちろん、従来機と同様に自動ブレーキを操作する「自弁」と、機関車単独でのブレーキを操作する「単弁」も設けられています。

 一方、主幹制御器もブレーキと同様に縦軸ハンドル式になりました。従来機は大きな主幹制御器が機関士の右足を遮るように設置されていたため、機関士にとって座席に座るのには足下を窮屈にする存在でした。しかし、EH500のような新系列機は主幹制御器も電機指令式にしたことで、足下はすっきりとして機関士の着席姿勢も改善されました。

 コンソールには運転に必要な計器類や機器類が収められました。計器類はEF200やEF500がLED等を多用したデジタル式であったのに対し、EH500ではアナログ式が採用されました。速度計はもちろんですが、圧力計もアナログ式とされました。速度計の周囲には、ATC区間を走行時に使用する車内信号機が設置され、大都市圏で使用される電車と同じような形状になりました。また、電圧計など電気計器については従来の丸型ではなく、細長い縦型指示計器を並べてコンソール内に複数の計器を並べ、効率よく視認性を向上させています。加えて警告灯も整理されてコンソールに収められているので、従来の国鉄形電機とは異なり、機関士の視線はコンソールと前方監視に集中できるようにしました。

 台車もまた、国鉄形電機では標準だったコイルばねから大きく進歩しました。EF200以降、JR貨物が開発・製造した電機は、すべて軸梁式ボルスタレス台車を採用し、台車の軽量化を実現しました。同時に、ボルスタレス台車となったことで、乗務する機関士にとっても乗り心地が向上したことで、運転中の負担を軽減できました。EH500に装備される台車は、EF210と共通設計であるFD7を装備しました。ここでも共通設計のものを採用することによる標準化を実現し、製造・運用コストの軽減を図っています。

 

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