旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

この1枚から H級機は良くも悪くも・・・【1】

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 いつも拙筆のブログをお読みいただき、ありがとうございます。

 先週の4連休からようやく夏季休業に入り、仕事もある程度落ち着いたペースで進められるようになりました。束の間の休息を入れながら、溜まりまくった雑務を片付けるには絶好の機会です。

 しかし、そういう時期に限っていろいろなことが舞い込んでくるもので、この記事を書いているのはナント病院のデイルームと呼ばれる所。私がではなく母が手術をしているので、その合間を使って執筆しています。

 かつて国鉄時代は、必要とあらば機関車を2両以上つなげて運用することがありました。もっとも有名だったのは、やはり信越本線碓氷峠でしょう。ここを通過する列車には必ず補助機関車であるEF63を連結しなければならず、相手は電車であろうが気動車であろうが関係なく、重連のEF63のお世話になるのでした。

 これが客車列車や貨物列車になると、本務機はEF62、そして補機として重連のEF63 が連結されるので、電機の3重連が見られました。峠を下ってくる上り列車だけでしたが、その姿は勇壮で頼もしいものがありました。

 同じく恒常的に重連を組んでいたのは、東北本線の交流区間を往来する貨物列車でしょう。重量が嵩み、そして高速で走行することを望まれる高速貨物列車は、いくら交流機が直流機に比べて粘着性能がよくても、限界があるというもので、結局はED75重連でその先頭に立つようになりました。

 これら重連で機関車が走る姿は、ファンにとっては嬉しい存在でした。国鉄時代はそのような運用もとりたてて問題にはならず、せいぜい機関車運用が複雑になるといった程度でしかなかったようです。

 ところが、分割民営化されると、この重連運用は思わぬ問題を呈しました。

 それは、線路使用料です。多くの機関車を継承したJR貨物は、ご存知のように第二種鉄道事業者です。第二種鉄道事業者は自前の線路は保有せず、ほかの鉄道事業者保有線路を「借りて」、自前で保有する車両と乗務員によって列車を運行し、鉄道事業を営んでいます。

 このような方法がとられたのは、発足当初のJR貨物の経営基盤にありました。

 国鉄時代は年を追うごとに顧客を失い、走らせれば走らせるほど貨物輸送は赤字を生んでいました。世の中はスピードを求めるようになる中で、国鉄の貨物輸送は旧態依然としたヤード継走方式で、しかも車扱輸送が基本でした。一度貨物取扱駅から発送したら、荷受人のもとには数日もかかった貨物が到着するという有様で、しかも極端に悪化した労使の対立を背景にしたストの頻発で、貨物の到着はいつになるかわからないという始末。こうなると、ビジネスとしては成り立たず、荷主の国鉄に対する信頼は失われ、スピードもあり小回りも効いいてストもないトラック輸送にそのシェアを奪われていきました。

 

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EH200は主に中央東線において重連運用が常態化していたEF64の置換え用として登場した。H級機としては交直両用のEH500が量産に入っていたため、基本設計はほぼ共通として直流用に改めたものとなった。

 

 こうしたことから、民営化されたとしてもかつての荷主にとっては「国鉄からJRへ看板をかけ替えただけ」とさえ考えられ、一度失われた信頼を取り戻すのは相応の時間と労力が必要だったのです。それ故、国鉄の貨物部門を継承したJR貨物は、目に見えない「負の遺産」をも継承する羽目になり、旅客会社とは違った意味で脆弱な経営基盤だったのです。

 他にもいろいろな要素はありますが、主にそうした背景もあって、JR貨物には旅客列車の運転がまったくない一部の貨物支線と、貨物取扱駅でもっぱら貨物輸送に使われる構内線路、貨物輸送に必要な運転区所や車両所など、必要最小限の施設を継承したのでした。こうしたことから、JR貨物は貨物列車を運転するごとに、線路を保有する旅客会社に線路使用料を支払っているのです。

 この線路使用料もまた、特殊なルールに則って支払われています。つい最近、経営が非常に厳しいJR北海道のニュース記事でも取り上げられましたが、JR貨物が旅客会社に支払う線路使用料は「アボイダブルコストルール」と呼ばれる方式を採用しています。

 筆者も貨物会社に入社してしばらくすると、この「アボイダブルコストルール」という聞いたこともない方式をしることになりました。平たく言えば、貨物列車が1列車走行することによって発生した損耗分のみを支払い、固定資産税などの固定費は支払わなくても良い、ということなのです。貨物会社にしてみれば、列車を走らせたことによって発生した線路の損耗費用や電気代などを支払えばよいので、これ以上の好条件はないといえるでしょう。しかし旅客会社にしてみれば、固定費は請求できない仕組みになっていいことはありません。

 そこで、旅客会社は1列車あたりにいくら、というのではなく、機関車1両あたりの金額、貨車(車種によって異なっていたようです)1両あたりの金額をそれぞれ決めて、実際に走行した列車で組成された車両の数で計算して請求していたようです。ですから、重量列車となる1,000トン列車であれば相当な金額の線路使用料が請求でき、逆に数量の小運転列車はあまり大きな金額にならない、といった具合でした。

 

《次回へ続く》