《前回のつづきから》
タキ9900が35トン積みを実現したことで、石油類輸送用のタンク車は輸送力を強化することができました。が、タンク車を保有する荷主はこれでは満足せず、さらなる効率的な輸送を模索していくことになります。
異胴径タンク体で積載量を増やす方法は、ガソリンや石油類専用のタンク車で多く用いられた。タキ9900は両端と中央部のタンク体の直径が異なり、中央部が下方向に膨らんだ「魚腹異径胴」と呼ばれるタンク体と、タンク体を支持するのは台車上の小さな「台枠」のみというフレームレス構造であった。このフレームレス構造は、後にガソリン・石油類専用タンク車の決定版ともいえるタキ43000に受け継がれていく。(©Chabata_k, CC BY-SA 3.0, 出典: Wikimedia Commons)
その後、同じ35トン積みのタンク車としてタキ35000が開発されます。タンク体は異径胴ですがその形状は魚腹形ではな樽型になりました。タキ9900よりも製造の工程数を減らすとともに、台枠を復活させることで安全性を向上させました。
さらにタンク車は進化をしていき、ついには石油類輸送用タンク車の決定版ともいえる43トン積みのタキ43000を開発しました。タンク体は異径胴ですが、タンク中央部は車両限界一杯にまで広げ、両端は円錐形状としました。また、タンク体と台枠を一体化したフレームレス構造にすることで、タンク体を最大限にまで大きくしたのです。
当然、多くの石油会社は一度に大量輸送できるタキ43000に需要が集中していきます。同じ運ぶなら、やはり多いほうが得策だったからでしょう。
フレームレス構造でタンク体を車両限界いっぱいにまで広げることで43トン積みを実現したタキ43000ですが、これをもとに更に積載量を増加させたタンク車の開発がされていきました。
タキ43000とタキ44000はタキ9900のフレームレス構造を踏襲しながらも、タンク体は中央部を車両限界いっぱいにまで広げた異径胴を採用することで、最大積載荷重43トンを実現し鉄道による石油類輸送の主役となった。後にガソリン専用のタキ43000は改良が重ねられ、1トン増しである44トン積の423000番代も製造された。しかし、フレームレス構造であるため事故発生時に破損したタンク体から漏れたガソリンに引火する危険性が指摘され、一時期はフレームレス構造のタンク車の新製が禁止された。後に設計を改めることで新製が認められ、保安対策車として43300番代となった。また、同じ石油製品を輸送するタンク車でも、ガソリンとそれ以外の石油類(軽油や灯油)では比重が違うため、43トン積でもタンク体の大きさが異なる。(ガソリン1トン≑1333キロリットル、灯油1トン≑1250キロリットル)そのため、見た目は同じだが石油類専用のタンク車はサイズが小さくなるため、別形式になることがほとんどで、タキ43000に対する石油類(除ガソリン)専用としてタキ44000が製造された。(上:タキ43172 新鶴見信号場 2011年10月15日 中:タキ43377 新鶴見信号場 2011年10月18日 下:コタキ44017 新鶴見信号場 2011年10月18日 いずれも筆者撮影)
1969年に登場したタキ60000は、タキ43000の構造をほぼ踏襲しながら、積載量を増やすためにタンク体を延長した形になりました。この長いタンク体によって、最大積載量はなんと64トンと、タキ43000の43トンの1.5倍、タキ3000の2倍以上という空前絶後の積載量になったのでした。
タンク体を長くしたため、全長も非常に長くなり19,160mmと旅客車並みになりました。多種多様な国鉄貨車を見回しても、これだけの長さをもつ車両は例がありません。また、64トン積みという途方も無い量のガソリンを積むため、タキ55000と同じく台車も2軸ボギー台車では軸重が重すぎてしまうため、3軸ボギーとしたTR79を装着しました。
これだけ大量のガソリンを積むことができ、しかもタンク体も大型化したので貨車自体の自重も重くなってしまうのが常ですが、タキ60000はタキ43000と同じフレームレス構造を採用したことで軽量化を実現でき、タキ55000よりも軽い26トンに抑えることができました。この自重の軽量化もまた、64トン積みという大容量タンク車を実現させたのでした。
タキ43000をベースに、タンク体中央部は車両限界いっぱいにまで広げ、全長を長くすることで64トン積という国鉄タンク車最大の積載量を実現したタキ64000。増加した積載量に対して軸重を分散させるため、タキ50000と同様に三軸ボギー台車TR79を装着していた。ご覧のように異様に長い車体は、電車並みの19,500mmで一目でも分かる存在だった。(©シャムネコ, CC BY-SA 4.0, 出典:Wikimedia Commons)
64トンという国鉄タンク車で最大の積載量を誇るタキ60000は、その輸送力を活かして需要の多い地域への石油輸送に活躍すると期待されていました。実際、発注者であり所有者でもある日本石油(現在のENEOS)も、そうした輸送力を期待していたようでした。
しかし、実際に運用してみると様々な問題が起きてしまいました。
積載量を多くするために、タンク体を伸ばした結果、車両自体の長さも伸びました。一方で、ガソリンの積み下ろしをする地上の設備は、タキ43000など当時の主力となっていたタンク車に合わせたものであり、タキ60000のような特殊な構造の車両には対応していなかったのです。
また、全長19,500mmという貨車としては非常に長い構造も問題になりました。
そもそも製油所や油槽所の荷役設備は、タキ3000やタキ43000など一般的なタンク車の車体長にあわせたものでした。しかし、タキ60000は19,500mmと最も積載量が大きいタキ43000の13,570mmよりも6,000mm、すなわち6mも長いのです。ガソリン専用のタンク車はタンク体上部から積込み、タンク体下部に設けられた取出口から取り卸す「下出し」方式が一般的です。製油所や油槽所では、タンク車1両ごとに荷役をするのでは効率的でないため、数量ごとまとめて荷役ができるようにタンク車の装備に合わせた感覚で複数設置されています。ところが、タキ60000の装備の位置が地上の設備に合わない位置になってしまったのです。
そのため、タキ64000の荷役は地上設備に合わせるように小刻みな入換作業が伴うようになり、一度で大量輸送できることで効率的な輸送を狙っても、荷役の段階で煩雑な作業が必須となってしまったため、効率性が低下してしまったのでした。
また、64トンというガソリンを運べることは、大型タンク車の強みでしたが、逆にそれが仇となることもありました。積み荷であるガソリンは言わずと知れた危険物です。万一、事故が起きてタンク体が破損してしまったときに、64トンものガソリンが漏出し、あろうことか引火してしまったら大惨事になってしまいます。
そこで、タンク体の内部は二分割にし、32トンづつ積むことができるようしました。ところが、この二分割のタンクもまた、運用上では不利になってしまいました。ガソリンは液体なので、発車や停車時、走行中の揺れによる動揺が置きます。分割されたタンク体の中に、同じ量のガソリンが積み込まれていれば大きな問題にはなりませんが、どちらか一方にだけ積み込んでいると、動揺が起きたときに車体の重心が動いてしまい、最悪の場合はタンク車自体が転倒しかねません。そこで、運用時にはタンク体内の片側にだけ積むことを禁止し、常に分割された両方の内部に積み込むか、両方とも空にしなければならないと定められました。こうした制約も、タキ64000にとっては不利になってしまったのです。
《次回へつづく》
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