旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

2022年ダイヤ改正で委託運転が解消 JR貨物が迎えた一つのターニングポイント【3】

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《前回のつづきから》

 

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 鉄道の運転士や機関士は、誰でもなれる職種ではないことは、多くの方がご存知のことと思います。運転士や機関士になるためには、国土交通省が交付する「動力車操縦者免許」が必要で、その免許を取得するためには「動力車操縦者養成所」に入所し、教育訓練を受けなければなりません。

 この「動力車操縦者養成所」に入所するためには、国土交通省令で定められた「運転適性検査」と「医学適性検査」に合格する必要があります。「運転適性検査」は、大きく分けて2つの検査からなり、一つは「クレペリン検査」と呼ばれる足し算を延々とするもので、この検査で受検者の精神特性を判断するといわれています。筆者も鉄道マン時代はこの検査を何度も受けましたが、とにかく同じことを延々と繰り返していくので、正直言ってあまり受けたいものではありませんでした。とはいえ、現場に出る鉄道マンにとっては避けては通れない検査で、これにパスしないと運転士や機関士はもちろん、信号取扱や操車誘導、車掌、そして線路閉鎖資格すらもらえないというものでした。

 当然、運転士や機関士は、この検査で最も厳しい基準が設定されていて、この基準以上でないと「動力車操縦者養成所」に入所する資格が得られません。また、反応速度検査などもあり、こちらも基準をクリアする必要があります。

「動力車操縦者免許」を取得すると、晴れて列車の運転(厳密には「操縦」という)ができるようになりますが、現実にはすぐに一人でできるものではありません。運転士や機関士には、自ら所属する区所が管轄する路線、加えてその区所で担務指定される組が担う路線を熟知する必要があります。例えば、東京の山手線の運転士は、山手線の線路状態、すなわち曲線や勾配、速度制限の区間、信号など閉塞の位置や間隔などを熟知しています。並走する京浜東北線も、併走区間ではほぼ同じですが、それ以外の区間のことはまったく知りません。そのため、山手線の運転士が、応援などで京浜東北線を運転することはできず、会社はそのようなことはさせません。

 こうした詳細かつ複雑なことに熟知していなければならない運転士や機関士は、そう簡単に養成して配置できないので、人的資源も非常に限られているのです。そのため、特に経営基盤が脆弱な貨物会社には、貨物列車を運行するすべての路線と列車に、自社の機関士を充てることは難しいため、運行頻度の少ない路線や、乗務員区所から遠方になる区間、使用する機関車が限定される区間では、旅客会社に所属する運転士が担うようにしたのでした。

 これが、貨物列車の運転委託なのです。

 1987年の分割民営化当初から、この運転委託は多く行われていました。首都圏でも2012年まで、このような運転委託がおこなわれ、主に首都圏〜常磐線で運転される貨物列車は、JR東日本の田端運転所に配置されるEF81と、同じく田端所に所属する運転士によって運転されていたのです。

 逆に旅客会社が貨物会社に運転を委託する例もありました。特に有名なのが、首都圏・関西〜九州間の寝台特急で、下関駅門司駅間の関門トンネル区間でしょう。本州の直流電化に対して九州は交流電化であったため、関門トンネルの門司側抗口数百メートルのところに交直切替のセクションがあります。この区間を通過するため、機関車牽引の列車には交直流機のEF81が当てられていました。

 このEF81はJR九州大分運転所に配置される車両ですが、ほとんどはJR貨物門司機関区に常駐していました。関門区間を通過する客車列車の運転は、JR九州の運転士ではなく、JR貨物門司機関区に所属する機関士が担っていました。また、JR九州保有するEF81が故障や検査などで不足する場合などには、JR貨物保有するEF81が代走に充てられていました。

 

分割民営化に際して、経営基盤が脆弱であるために経営が困難であると予想された三島会社と貨物会社には、可能な限り必要とされる人員と車両を継承するように留められた。そのため、旅客会社と貨物会社の間で列車の運転取扱業務から車両の検修、さらには施設電気の設備管理に至るまで、あらゆる分野で受委託がなされた。写真のカートレインは国鉄末期から分割民営化当初まで、汐留駅汐留駅廃止後は浜松町駅)-東小倉駅の間を結んだ列車だったが、運転区間の短い下関駅門司駅東小倉駅間は、関門トンネル用のEF81 400番代が先頭に立ち、その保有は車体に描かれているJRマークからJR九州保有するものとわかる。しかし、この機関車のハンドルを実際に握るのはJR九州の職員ではなく、JR貨物門司機関区に所属する機関士たちだった。これは、短い区間の、ごく限られた列車のためだけに運転士を門司に常駐させるのはコストがかかることと、機関車と電車では運転操作が大きく異なるため、国鉄時代から機関車を運転してきた門司区の機関士に任せた方が合理的であったからだ。また、日常の仕業検査や交番検査から、台車検査、全般検査に至るまで、JR九州保有する機関車はJR貨物小倉車両所に委託して行われていた。もっとも、部品単位にまで分解検査をする際に、電気機器は小倉車両所ではなく同じ敷地にあるJR九州小倉工場の電気職場が担当していた。このように、当時は日常的に業務の受委託が行われていた。(©永尾信幸, CC BY-SA 3.0, 出典:ウィキメディア・コモンズ)

 

 こうした乗務員の委託は運転区間の短さと、列車の運転本数が関係していました。下関駅門司駅間はわずか6.3kmと非常に短いものの、交直セクションと関門トンネルが存在する特異な区間です。加えて、EF81を必要とする旅客列車は寝台特急をはじめとした客車列車に限られ、その本数は全体から見ると非常に少ないものでした。

 筆者が門司にいた1991年当時でも、「さくら」「はやぶさ」「富士」「みずほ」「あさかぜ」「あかつき」「なは」「彗星」「金星」のみで、臨時列車である「明星」「霧島」「玄海」がある程度でした。その僅かな本数の列車のためだけに、わざわざ門司に運転士を配置するのは効率が悪く、かえってコストが高くなってしまいます。ただでさえ経営基盤が厳しいJR九州が、国鉄時代のような職員配置をしていては分割民営化をした意味がなく、経営そのものを圧迫してしまいます。門司港運転区などから運転士を派遣すればいいという考えもあるとは思いますが、門司港区の運転士は電車運転士であり、機関車を運転することはできません。同じ電気車でも電車と機関車ではその構造が大きく異なり、運転操作などの技術もまったく違うので、電車運転士が機関車運転士を兼ねることは現実的ではないのです。

 そこで、国鉄時代から関門間の列車を多く運転してきた門司機関区の機関士が、民営化後も客車列車を担えば、JR九州がわざわざ運転士を配置しなくても済み、コスト面でも有利になります。また、JR貨物にとっても、わずか6.3km程度とはいえ、運転を受託することで収入が得られるので、両者にとっても悪い話ではなかったようです。

 このように、貨物会社が運行する貨物列車を、旅客会社に委託して、ときには機関車と乗務員をセットにして委託することは多くあり、貨物会社の負担を軽減させることに効果を上げていました。

 

《次回へつづく》

 

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