旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

2022年ダイヤ改正で委託運転が解消 JR貨物が迎えた一つのターニングポイント【4】

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《前回のつづきから》

 

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 経営基盤が脆弱で、設立当初から「数年もてばいい」とまで揶揄された貨物会社は、様々な負担軽減策を施されていました。アボイダブルコストルールによる線路使用料の軽減や、旅客会社への貨物列車の運転委託など、その方法は様々でした。

 バブル景気によって貨物輸送量が増え、それに対応するために列車を増発したことで、その施策は貨物会社にとっては有利に働いたといっていいでしょう。しかし、旅客会社としてはあまりいい話ではありませんでした。

 もともとは国鉄という同じ組織ではありましたが、赤字を湯水の如く生み続けた貨物部門は、結果的に国鉄を破綻に至らしめた原因の一つであり、それを切り離したことで経営的にも安泰になったのです。その「元凶」ともいえた貨物部門を引き継いだ貨物会社が、本来は支払うべきコストを旅客会社が肩代わりしているのに儲けていくという構図は納得し難いものがあったといいます。

 その「恨み」に似たようなものは、2020年代に入った今日も続いているといって過言ではないでしょう。その一例が、自社管内にH級の機関車の入線を認めなかったJR東海の方針により、中央西線にはいまなおEF64 1000番代の重連運転が存在していることです。重連運転については別の稿でお話しているので、ここでは割愛しますが、いずれにしても非効率的で高コストな運転方法で、しかも、国鉄が最後に新製したとはいえ、すでに40年近くの車齢を重ねた老兵であり、老朽化による取替も時間の問題でした。

 このように、必ずしも旅客会社と貨物会社は盤石とはいえず、経営的に厳しい旅客会社は、貨物会社のためにコスト負担することに疑問を持っていることは否めません。

 とりわけ2020年に始まった新型コロナウイルスの感染拡大によって、旅客輸送料はJR発足後初めてマイナス成長に転じ、首都圏という超ドル箱を抱えて経営基盤が強固だといわれたJR東日本ですら、赤字に転じて一気に経営が厳しくなりました。

 一方、JR貨物新型コロナウイルスの感染拡大による「引きこもり」により、通販などの宅配便需要が急増しました。そのせいもあって、貨物輸送量はマイナスに転じたものの、旅客会社と比べれば軽微なうちに収まりました。

 こうした時代とともに経営環境が変化したことで、旅客会社としては事業用車も機関車+貨車または客車ではなく、電車や気動車をベースとした車両を開発していきました。こうすることで、営業列車を運転する運転士が、そのまま事業用車を運転できるようにし、養成に係るコストを軽減し効率化を進めたのです。

 このような変化から、貨物会社からの受託運転のために、機関車の運転ができる運転士を確保することをやめるようになり、貨物列車の受託運転を解消する方向になっていったのでした。

 一方、JR貨物も貨物列車の効率的な運用と、それに伴う不要な列車の削減を進めました。かつては空コン回送専用ともいえる列車や、利用が極端に少なくコンテナの積載がない列車も多数存在していました。

 こうした非効率な列車の運転をやめ、常にほぼ満載に近い状態の列車を運転するように改めたのです。また、国鉄時代から続いていた車扱貨物のコンテナ化を進め、法令や荷主の制約によってコンテナへ転換できないものを除いて、原則としてコンテナ貨物のみを取り扱うようになりました。そのため、専用貨物列車を大幅に削減したことによって、機関車や機関士の運用にも余裕がでてきたのです。

 様々な輸送改善を進めていた結果、旅客会社への運転委託を解消する環境が整い、分割民営化以来続いていた旅客会社の運転士による貨物列車の乗務が減少していき、代わりにJR貨物の機関車が自社の列車を牽き、JR貨物の機関士がハンドルを握るようになったのでした。

 2010年代に入りその施策が急速に進んでいった結果、2020年には四国の予讃線伊予西条駅−高松貨物ターミナル駅間を走る貨物列車1往復が運転委託として残りました。この列車は新鶴見機関区に配置されているEF65 1000番代が先頭に立っていますが、筆者の地元に配置されている機関車が遠く西の地で走っていること自体も驚きですが、そのハンドルをJR四国の運転士が握っていることも驚きでした。このような運転委託が残っていた背景には、予讃線の貨物列車の最西端となる松山貨物駅まで高松貨物ターミナル駅から相当な距離があり、伊予西条駅以西にまで自社の機関士によって運転すると、乗務員運用が厳しくなっていたからと考えられます。

 2022年のダイヤ改正で、この唯一残った、国鉄分割民営化の産物ともいえる運転委託はついに解消されました。この運転委託の解消により、定期で運転される列車で、旅客会社の運転士が機関車に乗務する列車がすべてなくなったことになるのです。

 このダイヤ改正以後は、岡山機関区に所属する機関士が、予讃線内を走るすべての貨物列車に乗務することになり、伊予西条駅−松山貨物駅間もJR貨物の機関士が乗り入れるようになるのです。

 

JR貨物が運行する貨物列車は、本州や九州だけでなく、津軽海峡を越えて北海道へ、あるいは瀬戸内海を越えて四国まで運転されている。このうち、四国内を走る列車は山陽本線岡山駅から宇野線本四備讃線(通称瀬戸大橋線)で瀬戸内海を越え、予讃線高松貨物ターミナル駅と松山貨物駅にまで達している。この予讃線を走る貨物列車には、新鶴見機関区所属のEF65 1000番代が充てられることが多く、いわゆる「四国運用」とも呼ばれていたようだ。2022年のダイヤ改正からは、吹田機関区のEF210が運用に入っている。このような国鉄形電機であるEF65 1000番代が主役だったのは、JR貨物の機関士は伊予西条駅までの乗務で、そこから松山貨物駅まではJR四国の運転士が乗務していたことに起因すると推測される。このダイヤ改正で四国内の貨物列車はすべてJR貨物の機関士が乗務するようになり、EF210の運転操作にも熟知しているために実現したことで、EF65 1000番代の負担も大きく減ることになった。(EF65 2074[新] 2021年 新鶴見信号場 筆者撮影)

 

 国鉄分割民営化からすでに35年。その時の産物ともいえる貨物会社による旅客会社への業務委託は、駅構内での入換作業など小規模のものを残して、ほとんどが解消されました。

 我が国の物流において、長年それを支え続けた鉄道貨物輸送は、モータリゼーションの進展と高速道路網の整備、さらには国鉄自身の労使間の激しい対立によるストの頻発と相次ぐ運賃値上げによって、そのシェアは大きく奪われてしまい、国鉄の財務体質を悪化させる要因の一つにまでなってしまいました。

 そうした「赤字を生む」とまでいわれた鉄道貨物輸送を国の政策によって継承・設立されたJR貨物は、設立当初から財務基盤は非常に脆弱で、果たして民間企業として成り立つのかと疑問視されていたともいいます。

 しかし、国の政策で設立したため、簡単に経営破綻させるわけにもいかないので、可能な限り鉄道貨物輸送を持続させる仕組みを織り込みました。その一つが、貨物会社と旅客会社の「連携」による業務委託で、分割民営化当初は様々な分野で委託しあっていたのです。

 この間、JR貨物は事業の効率化を進め、同時に国鉄時代から引きずっていた体質を解消させ、営業面ではコンテナ化の推進や効率の高い列車の運行など、多くの努力をしてきました。もちろん、35年前にJR貨物を維持するために一定程度を旅客会社に負担させるスキームに守られてきた側面は否めませんが、少なくとも筆者が鉄道マンとして勤務していた頃では考えられなかった様々な施策を打ち出し、そのせいかを挙げているといえます。

 2022年のダイヤ改正で、予讃線内の貨物列車の運行を、JR四国への委託を解消したことは、民営化後の歴史の中で大きな出来事だったといえるでしょう。言い換えれば、このダイヤ改正JR貨物にとっても一つの「ターニングポイント」となり、新型コロナウイルスによって世の中の仕組みが大きく変貌しつつある時代にあって、今後もあらゆる経営努力によって言葉通り「独り立ちした会社」となっていくことを期待してやみません。

 

 今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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