旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

「お家の事情」で構造が異なっても同一形式を名乗った北の交流電機【2】

広告

《前回のつづきから》

 

 1966年に開発されたED75 500番代は、711系と同じく無可動・無接点化を実現できるサイリスタ位相制御を採用した交流電機でした。

 通常の交流電機は、主変圧器に設けられた接点を切り替えるタップ切換制御が主流でした。このタップが主変圧器の高圧側にあるか、低圧側にあるかでも変わるので、前者は高圧タップ切換制御、後者は低圧タップ切換制御と呼ばれていますが、いずれもこのタップを切り換えることで電圧を調整しているのです。

 ED75はED74までの高圧タップ切換制御ではなく、低圧タップ切換制御を採用しました。こうすることで、水銀整流器を主整流器に用いていた黎明期の交流電機と同様に、連続的に電圧を制御できるので、粘着性能もほぼ同等にすることができたのです。ただし、これには磁気増幅器を使用することが前提で、ED75にも磁気増幅器は装備されました。そのため、0番代のことを「M形」と呼ばれますが、これは磁気=Magneticの頭文字からとられているためです。

 しかし、既に述べたように、北海道の雪は水分が少なくサラサラとした粉雪です。僅かな隙間からも雪が舞い込んできて、主変圧器のタップ部にも付着する恐れがあります。万一、粉雪が付着してしまうようなことになれば、絶縁不良などの故障の原因になってしまいます。また、タップ切換は機械的な動作によっておこなわれるので、その動作部に粉雪が付着し、それが溶けて凍結するとたちまち制御不能に陥ってしまいます。

 こうしたことから、国鉄は北海道で使用する電機は無接点化、無可動化を目指して、サイリスタ位相制御を採用したのでした。その試作機がED75 500番代だったのです。

 1966年に製造された試作機500番代は、各種の運用試験がおこなわれました。サイリスタによる電圧の連続位相制御は良好でしたが、大きな問題が立ちはだかりました。

 

国鉄交流電機の「標準形」ともいえるED75は、九州向けに製作された300番代を除いて50 Hz区間で運用するため数多くつくられた。そのため、製作された時代や運用する線区に特化した仕様の派生形もあるが、その中でも500番代は北海道向けの試作車として1966年に製作された。一般形が低圧タップ切換制御を採用していたのに対し、500番代は全サイリスタ位相制御を採用し、電気的構造は大きく異なっていた。このことは、後に開発される交流機に大きな影響を与えたが、半導体を用いたスイッチング動作によって出される高調波が原因の誘導障害を解消するには至らず、量産されることはなかった。(ED75 501〔岩二〕©Rsa, CC BY-SA 3.0, 出典:Wikimedia Commons)

 

 それは、「高調波」と呼ばれるものでした。

 サイリスタ位相制御はサイリスタと呼ばれるダイオード、すなわち半導体を使います。このサイリスタに電流を流すことで、スイッチのようにONとOFFがされ、その動作特性で電圧を制御します。この技術は今日も多く使われていて、サイリスタダイオードの派生でもあるゲートターンオフサイリスタGTO)は、1990年代から製造された多くのVVVFインバータ制御の電車などにも使われています。

 しかし、サイリスタがスイッチ動作(これを「スイッチング」という)をする回数は周波数として表されます。言い換えれば、スイッチングをすることで電波を発振することになります。しかし、目的の動作のための電波であれば問題はないのですが、中には不要な電波を発振して輻射してしまいます。目的の電波周波数よりも低い不要電波を「低調波」、高い不要電波を「高調波」と呼びますが、いずれも不要であることには変わらず、周辺の電気品などに悪影響を及ぼすこともあります。

 ED75 500番代は全サイリスタ位相制御としたため、無接点化に成功しましたが、サイリスタのスイッチングによる高調波の発振も問題になりました。この高調波によって、信号機器や通信設備に誘導障害を発生させるばかりか、札幌都市圏という運用環境から沿線にも高調波による誘導障害を引き起こすことが懸念されました。

 また、北海道の冬は本州以南の人々にとっては、想像を絶する厳しさです。筆者もマグ湯の小樽を訪れたことがありますが、寒気が入り込んだ日には言葉通り「身を切られる痛みを伴う寒さ」であり、極寒の地では暖房装置は欠かすことのできない装備です。しかし、北海道の客車で使われる暖房装置は蒸気暖房であるのに対し、ED75は電気暖房を使うことを前提としていたため、必須となる蒸気発生装置(SG)は装備していませんでした。

 もっとも、ED75 500番代は試作機であり、全サイリスタ位相制御が実用可能かどうかを探るための車両であることを考えると、蒸気発生装置は必要がないと考えたのでしょう。

 結局、全サイリスタ位相制御を使うことで生じる高調波による誘導障害が問題であり、それを解決することが難しいことと、北海道で必須となる蒸気発生装置を装備していないことなどから、ED75 500番代は量産されずに終わりました。

 しかし、ED75 500番代の試験結果は無駄にはなりませんでした。無接点化を実現できる全サイリスタ位相制御の採用は諦め、無電弧低圧タップ切換制御としたものの、タップ間電圧はサイリスタ位相制御を採用することで、タップ間電圧の位相制御を可能にした新たな交流電機を開発することになりました。

 

《次回へつづく》

blog.railroad-traveler.info

blog.railroad-traveler.info