《前回からのつづき》
■国鉄・JRの場合
国鉄が製造した多くの車両は、新製当初は非冷房のものがほとんどでした。特急や急行など、優等列車で使われた車両も、1960年代までは非冷房が当たり前だったのです。その状態に大きな変化をもたらしたのが、有名な151系(当初はモハ20系)で運行された特急「こだま」でした。
151系は初の本格的特急用電車として設計され、客室窓を固定化することで静粛性をもたせました。従来の客車列車では、たとえそれが特急用であっても窓は必ず開けることができました。それは、蒸機による牽引が主体だったため、客車に冷房装置を載せることで編成重量の増加を招くことと、小型軽量の冷房装置がまだ開発途上であったことなど、多くの要因がありました。
一方、151系は動力分散式の電車であり、編成中の電動車はすべて動力をもっています。そのため、蒸機牽引の列車のように、機関車の性能に左右されることなく長大編成を組むことが可能になったのです。
編成中の電動車の比率が高ければ、それだけ走行性能は向上します。そうなると、冷房装置を搭載することも可能になるのです。
そして、151系は初の本格的特急用電車であるとともに、国鉄で初めて全車に冷房装置が搭載された車両になりました。この頃には車両用の冷房装置の小型軽量化に目処がたったこともあって、151系は全車が冷房装置を搭載したのです。
151系に搭載された冷房装置はAU11と呼ばれるものでした。小型冷房装置で、これを1両に複数搭載することで、冷房能力を確保しました。AU11は1基あたりの冷凍能力は4,000kcal/hと小さいものの、これを5〜6基搭載することで1両あたり20,000〜24,000kcal/hを確保しました。今日の車両と比べると、なんとも頼りない非力な冷房能力に見えるかもしれません。これを家庭用のエアコンに置き換えると、AU11の1基あたり4,000kcal/h=4.5kWなので12畳用のエアコン(4.0kW)に相当し、これを6〜7台備えたのとほぼ同等なるのです。
しかし、AU11の冷房能力では非力だったのでしょうか、後に増備される181系ではAU12に変更されました。AU12の冷房能力は4,500kcal/hとAU11と比べて500kca;/hも強化されました。これを6基搭載した181系では、1両あたりの冷房能力は26,000kcal/hとなって快適になったといえるでしょう。
やがて国鉄はAU12をさらに強力にしたAU13を開発しました。1基あたりの冷房能力は5,500kcal/hと1,000kcal/hも真夏の混雑時にも車内を快適に保つことができる能力を得ました。冷房能力が強力になった分、車両へ搭載される数も減らすことが可能になりました。151系と同じ特急形電車の485系では、1両あたりAU13を5基搭載しまし、車両全体では27,500kcal/hとなって搭載する台数こそ減ったものの、車内を冷やすには十分な性能をもつに至りました。
国鉄形電車の初期に採用されたAU12は、冷房能力4,500kcal/hと現在のものとは比較にならないほど低出力だった。それでも、車内を冷やすことができる装備として重宝され、主に特急列車に使用される電車・気動車に装備されていた。外観は「キノコ型」のキセが大きな特徴。(モハ484−61 鉄道博物館収蔵車両 筆者撮影)
AU12は外観からは比較的大型の装置を連想しがちだが、2個1組でキセが被せられているため、実際には写真のように個別のものとなっている。吹出口は枕木方向のみである、そこから天井伝いに冷気を送るようになっていた。意外なのは、動作状態を示すランプがついていたことであろう。これで冷房がついているのか、それとも故障しているのかなどの判別ができたようだ。(モハ484−61 鉄道博物館収蔵車両 筆者撮影)
このAU13は、国鉄の分散式冷房装置の決定版となりました。485系など特急形電車だけでなく、153系や455系といった急行形電車、さらには12系や14系座席車といった客車にも搭載され、数こそ少なくなったものの2022年現在でもJR線上や譲渡先の私鉄などでも見ることができます。
いずれもAU13は、1両につき5基搭載が基本でした。これは、電車も客車もデッキで客室と乗降用扉が仕切られていることや、車両そのものに大きな発熱源がないことなど、5基でも十分だと考えられたのです。
しかし、気動車はそうはいきませんでした。気動車は床下に走行用のディーゼルエンジンを装備しているため、ここから発生する大量の熱が車内にこもってしまいます。そのため、冷房化された急行形気動車であるキハ58には、AU13が7基も搭載され、その冷房能力は38,500kcal/hに引き上げられました。
これでも、床下のDMH17系エンジンから発生する熱は相当なものでした。そもそも、国鉄制式エンジンは概して基本設計が古く、大型で重量がかさみ、燃費が悪い割には出力が低いものでした。キハ58系に装備されていたDMH17系は、排気管過熱事故を起こしやすい問題をはらんでいて、実際にこれを原因とする事故も多発させていました。そのため、床下には断熱材が施されていたとはいえ、室内の温度を上昇させてしまうこともあったため、保守の手間が増えることは承知でAU13を7基搭載としたのでした。
AU13は国鉄にとって非常に使い勝手のよい冷房装置のようでした。非冷房の車両を冷房化する際に、AU13のような分散式かAU75のような集中式かを選択することになりますが、急行形電車や気動車、客車を冷房化するときにはほとんどがこのAU13を採用していました。中には旧型客車の一等車を冷房化するときにもAU13が使われています。スロ54やスロ62、オロ11がそれで、いずれもAU13を5基搭載して冷房化されました。
国鉄の分散式冷房装置で、最も多く装備されたのがAU13だった。冷房能力は5,500kcal/hとAU12よりも増強され、これを複数装備することによって、より快適な車内空間をつくり出すことができた。近郊形電車から特急形電車、気動車、新系列の座席客車、果ては旧型客車の一部の優等車両にまで使われ、かつてはどこでも見かけることのできたものだった。(クモハ455−1 鉄道博物館収蔵車両 筆者撮影)
AU13の室内吹出口は、AU12と同じ枕木方向に吹き出す形態をとっていた。一方、動作状態を示すランプはなくなり、下面には車内の空気を取り入れる吸入口のルーバーが取り付けられていた。冷房能力が大きくなった分、吸入量も増えたため、ルーバーは全体に広がったが、デザイン的には機能優先といった感が否めなかった。今日でも、AU13を装備している車両は営業運転に用いられているので、見ることができる。(クモハ455−1 鉄道博物館収蔵車両 筆者撮影)
これは、AU13のような分散式では、冷房装置1基あたりの重量がそれほど重くないため、屋根の改造工程も必要最小限で済むことが挙げられます。大規模な補強を必要としないことは、工程数が少なくなるだけでなく、改造コストも比較的安価で済むことや、なにより工場への入場日数も短くすることができ、改造車両を早期に運用に戻せるなどメリットがあったのです。
また、国鉄は廃車になった車両から発生したAU13を数多くリユースしました。分割民営化を目前にした時期に、大量の115系を先頭車化改造しましたが、中には発生品のAU13を使って冷房化した車両もありました。さらに、民営化後に165系の機器を再利用して製作されたJR東日本107系電車は、クハ107に165系が搭載していたAU13を移植していました。このように、小型軽量のAU13は民営化後も使い勝手のよい冷房装置として重宝されたのです。
《次回へつづく》
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