旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

鉄道車両の冷房装置 出力の肥大化と大都市の気温上昇を考える【7】

広告

《前回からのつづき》

 

blog.railroad-traveler.info

 

■2000年代以後、冷房能力の肥大化

 これまで、国鉄時代から民営化直後の頃までの、鉄道車両の冷房化およびその装置の歴史についてお話してきました。1990年代には、JRと大手私鉄は冷房化率100%を達成することができ、夏季の旅客サービスの向上に貢献したことは言うまでもありません。

 1990年代は、鉄道車両の冷房装置はほぼ完成された形になったものの、技術の進歩によって同じ冷房性能でも消費電力をできるだけ抑えることを可能にしました。

 従来は冷房用の電源には、電車線(架線)などから得た電力を、冷房装置に適した電流へ変換・供給するために電動発電機(MG)を使用していました。これは、直流1500Vの電流で電動機を回転させ、その回転力を交流発電機に伝えることでサービス用電源として交流440Vの電流を供給していました。

 この方法では発電機を回すために電動機に回転力を起こさなければならないため、消費電力も大きくなってしまいます。そこで、電動発電機に代わって静止型インバータ(SIV)を装備して、直流1500Vを交流440Vに変換して電源を供給する方法が、1980年代から私鉄を中心に広がっていきました。半導体の進歩によってサイリスタが実用化されたことによるもので、電動発電機のように機械的に駆動する部分がないため、保守の面で有利になりました。また、発電機を回すためにわざわざ電動機を回転させないので、電気的ロスも少なく効率的にサービス用電源を供給できます。そのため、消費電力もMGに比べてSIVでは小さく抑える事が可能になりました。

 また、冷房装置自体の省電力化も進みました。冷房能力は可能な限り高くしながらも、従来の冷房装置と比べて商品電力が少ない装置も開発され、同時に軽量なものも開発されました。

 JR東日本の209系やE217系は、国鉄時代の車両と一線を画する新機軸を普段に取り入れた新系列電車の第一世代で、冷房装置も冷房能力42,000kcal/hを確保したAU720を装備しました。冷房能力だけを見るとAU75と同じですが、AU721はそれと比べて若干小型になり軽量な冷房装置でした。排熱ファンもAU75では2基備えていたのに対し、AU720は1基のみになるなど、機器構成の面でも簡略で効率的なものになりました。

 しかし、次に登場した新系列電車の第二世代ともいえるE231系では、初期に製造された車両では42,000kcal/hの能力をもつAU725が装備されましたが、後に増備された車両には冷房能力が50,000kcal/hにもなるAU726が装備されました。

 AU75を始祖とする通勤用車両の集中式冷房装置は、改良がされてもその能力は同等に抑えられていましたが、E231系増備車からはこの原則が崩れたといえます。続くE233系も、E231系増備車と同じ強力なAU726を標準の装置として採用され、首都圏を走るJR東日本の一般用電車はこのAU726が標準装備となっていったのです。

 もっとも、JR東日本の新系列電車は、209系を除いて裾絞りのある拡幅車体となりました。そのため、客室容積も大きくなったため42,000kcal/hでは性能不足になると懸念されたのでしょう、50,000kcal/hという強力な冷房装置が採用されたと考えるのが妥当かもしれません。

 一方、JR西日本は民営化後に221系、223系と新系列電車を新製していくことになりますが、JR東日本とは異なる方針を採っていました。JR東日本が集中式を採用していたのに対し、JR西日本は集約分散式を採用しました。

 4扉の通勤形である207系は、E231系などと同じ拡幅車体をもっていましたが、冷房装置は21,000kcal/hのWAU702を2基備え、車両全体の冷房能力は42,000kcal/hとAU75と同等に抑えました。後に製造される4扉通勤形の321系では、20,000kca/hのWAU708を2基として、40,000kcal/hに抑えました。4扉拡幅車体をもつ車両でありながら、冷房能力はAU75よりも下回る能力の冷房装置を装備するという、JR東日本とは真逆の方針をとったのです。京都など地形に起因する暑い地域が多い関西にあって、冷房能力を低くするとは思い切った方針ともいえますが、多少低くても十分に車内を快適に冷やせると判断したのかもしれません。

 他方、私鉄ではどうでしょうか。

 筆者がもっとも気になる車両として、東急9000系を例に挙げましょう。

 東急9000系VVVFインバータ制御を関東私鉄で初めて採用した車両で、1986年に登場しました。新製当初から冷房化されており、東芝製の分散式であるRPU-2114を4基搭載していました。RPU-2114は1基あたりの冷房能力は10,000kcal/hで、在来の8000系が搭載していたものと比べて強化されていました。

 車両あたりの冷房能力は40,000kcal/hになり、夏季の車内を冷やすには十分すぎるほどの性能をもっていたといえます。スイープファン(三菱製)を併用して冷気を車内全体に広げる方式は、国鉄の扇風機併用と同じであり、実際に20分ほども乗車していると体は十分に冷やされ、ともすると「寒い」とさえ思えるほど強力なものでした。

 これに対し在来車の8000系では、扇風機を併用してはいましたが、外気温によっては「もう少し冷えないかな」と思うこともしばしばありました。これは、車両あたりの冷房能力が32,000kcal/hと、4扉通勤用電車としては低めであり、国鉄・JRのAU75はもちろん、9000系にも及ばない性能であったためでしょう。しかし、あまり冷えすぎるのも考えもので、20分程度の乗車では冷えすぎず暑すぎずといった具合で、もしかすると人間の体にはちょうどよかったのかも知れません。

 また、冷房装置から出てくる冷気は、8000系では装置そのものの吹出口から出ていました。扇風機を併用していたといっても車内をくまなく冷やすには、少々力不足だった感も否めませんでした。実際、真夏の昼間、最も気温が高くなる時間帯に乗ると、少し温度が高めかなとさえ思うこともありました。

 9000系では老装置から出てくる冷気は、天井ダクトを伝って車内に吹き出していました。天井の構造も屋根鋼板に直にではなく、ダクトを設けるため平天井にした二重構造でした。そのため、屋根にあたった温度の外気で温められた天井鋼板は、ダクトを通すための平天井板に遮られて、車内の温度を保つ断熱機構も兼ねたものになりました。冷房能力が上がったことも加わって、車内はとにかくよく冷えました。8000系とは逆に、真夏の昼間でさえ、長い時間乗っていると体は十分すぎるほどに冷やされて、ともすると寒く感じることさえあったほどです。

 屋根構造と在来車に比べて強化された冷房装置と相まって、十分な冷房性能を備えた9000系でしたが、2001年になって一部の車両に冷房装置を換装する工事が施されます。新たに換装された冷房装置は、12,500kcal/hの能力をもつCU-503またはRPU-4018で、比較試験を経て東芝製のRPU-4018が採用されました。

 

東急9000系は、新製当初から10,000kcal/hの冷房能力をもつRPU−2214(写真上)を1両につき4基搭載していた。従来の8000系が8,000kcal/hであったことを考慮すると、必要十分な能力だったといっても過言ではない。実際、夏季に9000系に乗ると「寒い」と感じることもしばしばあるほどで、女性や体の小さい子どもにとっては、「過剰」な性能だったといえる。しかし、2000年代に入り、一部の装置を12,500kcal/hの能力をもつRPU-4018に換装し、冷房能力を高めた。必要十分ともいえる性能をさらに高め、冷却力を高めたのは、恐らくラッシュ時の対策であったことが考えられる。一方で、冷房能力が高くなった分、消費電力も大きくなったため、給電するSIVの容量が追いつかず、1両あたり2〜3基の換装にとどまるなど、中途半端な感は否めない。(2018年8月 旗の台駅 

 

 そして、2004年から9000系に対して、本格的に冷房装置の換装工事が施されるようになり、1両あたり2基、1編成で14基が強力なRPU-4018に換装されました。この換装によって、1両あたりの冷房能力は40,000kca/hから45,000kcal/hに強化され、国鉄のAU75よりも高い能力をもつようになったのです。

 さて、この東急9000系の冷房装置の換装による能力の強化ですが、筆者としてはなぜコストをかけてまでこの工事を行ったのかが疑問でした。落成時から装備していたRPU-2114でも車内を十分快適にできていたと、実際に通勤通学で乗車して実感していたので、なんとも理解に苦しむところです。また、4基すべてを交換した車両もあれば、2基だけ交換した車両もあります。冷房能力が高くなったぶん、電力消費量も上がるのは電装品が避けられないことであり、4基全てを交換して編成を組むと、SIVの容量が不足するということで、2〜3基を交換するのに留めた車両もあるので、電力消費量も増えるのは当然のことといえます。

 加えて、異なる装備を使えば、検査や補修にも別の部品を用意したり、検査では取り扱いが異なるので、恐らくは検修サイドにとっても負担は増えていたと考えられます。しかしながら、9000系は登場から30年近くが経っていることから、冷房装置の老朽化もあっての交換ということ、同じ冷房能力の装置がすでに製造中止となっていたことを考慮すると、この交換もなるほどと思えるところはあるのです。

 

《次回へつづく》

 

あわせてお読みいただきたい

 

blog.railroad-traveler.info

blog.railroad-traveler.info

blog.railroad-traveler.info