旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

さらばキハ28 DMH17系エンジンの終焉【8】

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《前回のつづきから》

 

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■最後のキハ58系 房総へ渡ったキハ28 2634(つづき)

 国鉄・JR時代はあまり注目されることのない地味な存在でしたが、全国に数多くいた僚機が次々に姿を消し、キハ58系として数少ない存在担った頃から注目を浴び、さらに最後の営業用車両となったキハ28 2346は、まさに貴重な存在といえども齢には打ち勝つことは非常に難しくなっていました。
 また、鉄道車両は一定期間ごとに法定検査が義務づけられていますが、キハ28 2346のように古い車両は、新型車両と比べて検査費用も高価になりがちです。これは、交換が必要な部品などが既に製造中止になっているなど、希少なものになってしまっているためで、同じ部品を多くの車両に使われていた頃は大量生産によって値段も下がりますが、製造中止品などをメーカーにお願いして製造してもらうと、受注生産品、それも特別受注になって価格も大きく跳ね上がってしまいます。

 

JR東日本木原線から三セク転換して設立されたいすみ鉄道は、自社で運用する車両としていすみ100形気動車を用意した。この気動車は、富士重工が三セク鉄道や輸送量の少ない私鉄向けとして開発したLE-CarⅡと呼ばれる軽快気動車で、車体や乗降用扉、冷房装置から駆動用機関に至るまで、バス用のものを転用していた。そのため、導入コストを大幅に軽減でき、車体の軽量化と小型軽量で出力の大きい日産ディーゼル製のバス用エンジンを搭載することで、従来の気動車と比べて大幅に運用コストを軽減させた。輸送量が非常に少なく、厳しい経営環境におかれていたいすみ鉄道にとって、このような低コストで効率性の高い車両による列車の運行は不可欠であり、集客・観光用とはいえ運用コストが高くなる国鉄気動車は、同社の経営に少なからず影響を与えたことは想像に難くない。(いすみ201 大多喜駅 筆者撮影)


 加えて、古い車両を検査するためには、その車両や搭載機器に関する技術や知識をもった人間でなければなりません。もちろん、運用するいすみ鉄道でも日常の検修に関しては自社の職員でできますが、全般検査のように大規模なものになるとすべてを自社で行うことは難しくなります。
 いすみ鉄道の場合、検査自体は大多喜駅に隣接して検修庫がありここで検査が行われていますが、検査と修繕の施行は自社の職員が中心になりますが、エンジンの検査と修繕、車体の修繕と塗装などは外部に委託されていると考えられます。どちらも非常に古いため、痛みも激しく部品の交換や補修などをする数も多くなり、自ずと検査費用は高騰してしまうのです。
 さらに追い打ちをかけるように、2019年には新型コロナウイルス感染症パンデミックを引き起こし、政府の緊急事態宣言の発令によって不要不急の外出が制限される事態になりました。これによって、多くの鉄道事業者は輸送量が急激に落ち込み、運賃収入が激減し、常に黒字を出していたJR本州三社や大手私鉄は軒並み赤字を計上するという、異常な事態に陥りました。いすみ鉄道のように、国鉄・JR線から転換した三セク鉄道は、ただでさえ経営が厳しい状態であることろに、新型コロナウイルスの影響を受けて運輸収入が激減し、厳しさに追い打ちをかけたことは想像に難くないでしょう。
 そのような状況の下で、キハ28 2346の全般検査にかかる費用は1億円になると見積もられたといいます。人々の移動の制限や自粛にある中で、観光列車として運用されてきたこの古豪であるキハ28 2346に、これだけの金額を投じることは不可能に近いという判断に至ったと考えられます。
 残念ながら、キハ28 2346は2022年11月をもって定期運用を終了し、検査期限が切れるぎりぎりの2023年3月まで、企画列車として不定期での運用を続けた後、運用から完全に退かせて静態保存をすることがアナウンスされました。これは、DMH17系エンジンを搭載した数少ない気動車が減ることを意味し、残るは同じJR西日本から譲渡されたキハ52 125と、小湊鐵道のキハ200だけになります。この残されたDMH17系エンジン搭載の気動車は、いずれも車齢が40年以上にもなる古豪であり、いずれは鉄路から姿を消していくのは間違いないことです。

 

JR西日本から序とされたキハ28 2346は、いすみ鉄道にやってきた時点で車齢は50年近くに達していた。これは、鉄道車両としては類い希なる長寿であり、特に普通鋼製の車体では耐用年数を大幅に超えていたといっても過言ではない。そのため、車両の至る所に痛みが見られ、雨水がたまりやすい窓枠のR部などは腐食や泥化した汚れの塊が散見された。(キハ28 2346


 キハ28 2346が車齢40年を超えてもなお、いすみ鉄道にやってきて多くの人を集めて走り続けてきたことは特筆に値し、そして会社にとって大きな実りもたらしました。筆者も一度訪れて乗車しましたが、昭和の雰囲気と香がたっぷりと乗ったこの気動車は、まさに古の鉄道車両を今日に伝える貴重な「証人」であったといえます。他方、三セク鉄道にとって集客をしてくれる存在でも、その維持にかかる費用は莫大なものであり、平時であれば何とか検査費用を捻出できたかもしれませんが、コロナ禍のような異常時ではかえってそれが大きな負担としてのしかかり、過去の功績が大きくても、真っ先に「印籠を渡す」存在になってしまうのでしょう。
 国鉄の代表的な気動車の一つであるキハ58系は、キハ28 2346が2023年3月で完全に現役を退くことによって廃系列となり、1961年に製造が始められてから62年という実に長い歴史に幕を下ろすことになります。これだけの長い歴史をもつ鉄道車両は稀なことで、キハ28 2346をはじめとした車両の検修に携わった検修職員と、堅牢な造りを旨とした設計陣の技術力と不断の努力が、このような「還暦」を超える長寿な車両を生んだといえます。