《前回からのつづき》
本来の役割を事実上失ったともいえる911形ですが、もう一つの役割も存在しました。それは、ドクターイエローの元祖ともいえる、軌道検測車である921形0番台を牽引するというものでした。
東海道新幹線開業当初から検測車は存在していましたが、電力・信号通信設備の検測車と軌道検測車とではそれぞれ別々のものでした。前者は東海道新幹線開業前の二宮実験線で使われていた試作車である1000形を改造した922形0番台、後者はこれとはまったく別の921形を用いて、電気設備や軌道の検査などを行っていたのです。
このうち922形は試作車の改造とはいえ、自力で走行できる電車だったのですが、921形は自力走行できない構造でした。言い換えれば、新幹線用の事業用客車のようなもので、本線上を検測走行するためには他の動力車に牽かれなければなりません。その921形を牽く役割が、911形に与えられたのでした。
しかし、911形が軌道検測車921形を牽いて活躍した期間は、新幹線車両のご多分に漏れず短いものでした。921形0番台の運用を始めてから10年も経つと、老朽化が目立つようになります。0系のような営業用車両と違い、運用に入って走行する距離と時間は短いので、事業用車両は比較的良好な状態を長い間保つことができますが、二宮実験線時代に新製された921-1はともかくとして、921-2は旧形客車からの改造によって製作されたため、1回の運用で長距離・長時間の走行は過酷なものだったといえます。もともとが客車からの改造であったことも、老朽化を進める一因だったといえます。
また、軌道検測をするときには、電気検測とは別の列車を仕立てなければならないことや、その運行のためにディーゼル機の操縦をすることができる運転士を手配しなければならないこと、最高運転速度が160km/hと営業列車に比べて低いため、922形のような営業列車と同じダイヤを組むことができないなど、手間のかかるものだったのです。加えて年を追うごとに列車が増発されたことも、921形0番台を使った軌道検測を困難なものにしたのです。
車両基地で待機する911形。前部標識灯のライトが光っていることから、エンジン稼働状態になっていると思われる。前面の形状はEF66形にも類似する高運転台構造で、前方の視界を良好にさせている。(©Shellparakeet, CC0, via Wikimedia Commons)
試作車である1000形B編成を改造して製作された初代ドクターイエロー、922形0番台T1編成が老朽化による置き換えのために、1974年に新製された922形10番台T2編成には、編成中に軌道検測車921形10番台を組み込んだことで、921形0番台の役割が終わり、同時にその牽引機である911形も、定期的に活躍できる機会を失ったのです。
その後、921形0番台と組んで担った軌道検測の役割を922形10番台と921形10番台に譲り、本来の目的でもある自力で走行できなくなった列車が発生したときに備え、いつでも救援に向かうことができるように待機する日々を過ごすことになります。時として、工事列車を牽く運用にも充てられたようですが、それは営業列車の運行が終わった深夜のことで、多くは人目に触れることがないものでした。
そして、1987年に国鉄が分割民営化されると、東海道新幹線はJR東海へ、山陽新幹線はJR西日本が継承し、911形は911−2がJR東海に継承されたものの、911−1と911−3は余剰車となって廃車されてしまいます。
さらに、民営化後は活躍の機会はほとんどなく、工事列車も進化する保線用機械にその役割を譲っていきます。無車籍の保線用機械であれば、ディーゼル機を操縦できる運転士を手配する必要もなく、線路閉鎖さえ施行すれば保線区の職員だけで作業をすることが可能になるので、合理化を進めコストの削減をすることができるので、この方が新会社にとっては都合がよかったのです。
それでも、JR東海は民営化から9年間は911−2の車籍を保持し続けていました。大きな運用の機会もなかったようですが、やはり、最速の走行性能を活かして、万一のときに備えていたのでしょう。
911形ディーゼル機関車は、921形軌道検測車を牽引し、走行しながら軌道の状態を検査するという重要な役割を担っていた。しかし、ドクターイエローこと922形10番台の登場により、921形はこの編成中に連結する運用に変わったことで、911形の大きな役割の一つを失うことになった。(922-26【幹トウ】 リニア鉄道館 2022年8月3日 筆者撮影)
1995年、911−2がついに廃車になり、車籍が抹消されてしまいました。1964年に登場して以来31年で形式消滅となったのです。
世界でも類を見ない200km/hを超える高速鉄道として開業した東海道新幹線ですが、そこに使われた技術は最新鋭のものばかりでなく、国鉄が長年培ってきた確実で信頼性の高いものも数多く投入されました。まだ誰も踏み入れたことのない領域となる高速鉄道で、何よりも安全を最優先させるという国鉄の考えは、軌道や信号保安設備、そして車両や運用の面でも多く取り入れられました。そして、万一の輸送障害が起きたときに、自力走行ができない車両を救援列車を仕立てて現地に向かわせ、障害を取り除くという発想もまた、在来線で長く培われた技術だったといえます。
その重要な役割を与えられ、ディーゼル機としては世界最速の性能をもった911形は、まさに「新幹線の守護神」という名が当て嵌まると筆者は感じています。人目に触れる機会もほとんど泣く、常に影で支える役回りでしたが、その存在は一言では言い表せない、大きく、そして重要なものだったといえるでしょう。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました
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