旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

Column:貨物列車で空気ばね(エアサス)が一般的にならない理由【2】

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《前回からのつづき》

 

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 トラック輸送で使われるトラックには、前述のように精密機械輸送に特化したエアー・サスペンションを装備した車が多くあります。これは、一般用のリーフサスペンションに代えて、空気ばねを装備したものです。空気ばねの特性から、揺れも小さく振動を吸収するので、バスなどでは乗り心地がよくなります。また、精密機械など振動を嫌う貨物を載せることもできるといったメリットがあります。

 かつてはオプションないしグレード別設定だったエアサスペンションも、現在では標準装備となりました。例えばバスでは、路線用の車はバス停に停まって乗降用扉を開けると、乗客が乗り降りしやすいように車の左側にある空気ばねをパンクさせて床面を下げる「ニーリング」と呼ばれる機能があります。観光用では同じく乗降用扉が開くと、前方の空気ばねをパンクさせる「クラウチング」と呼ばれる機能があり、いずれも空気が入っていなければばねとしての役割がなくなってしまうという、空気ばねの特性を逆手に取った機能と言えます。

 他方、鉄道車両も近年製造される車両の多くは、枕ばねに空気ばねを使った台車が装着されるようになりました。かつては特急用など優等列車に使われる車両だけの装備でしたが、現在では台車重量を軽量化できるボルスタレス台車の台頭によって、一般用の車両にも空気ばねが使われるのがほとんどになりました。

 しかし貨物用の貨車となると話が変わります。やはり、空気ばねを装備した台車は高価であり、製造コストを抑えるためにはなかなか採用することが難しいのが現状だといえます。

 さて、貨車にトラックのようなエアサスペンション、すなわち空気ばねを台車に使うことはできないのでしょうか。

 その答えは、「できる」です。そして、これを標準とすることは「できない」のです。

 実際に空気ばねを装備した台車を使った貨車が、国鉄時代に製造され営業列車に使われていました。

 10000系高速貨車と呼ばれる貨車の一群は、国鉄の貨物列車史上最速の100km/hで運行することを前提として開発されました。有蓋車としてワキ10000形が、冷蔵車としてレサ10000形とレムフ10000形が、そしてコンテナ車としてコキ10000形とコキフ10000形がそれぞれ製造されたのです。

 そして、これら10000系高速貨車には、国鉄としても初めての経験である貨物列車の100km/h運転ということで、動揺と振動を極力抑えるために枕ばねに空気ばねを装着した、インダイレクトマウント式のTR203形を開発しました。

 TR203形は弓形の台車枠に、防振ゴムを回り込むようにして取り付けた軸箱という、国鉄の貨車用台車としては異例の形状をもっていました。そして、枕ばねには空気ばねを使ったことで、高速走行時に起こる動揺や振動を極力抑えることに成功し、例えば幡生−東京市場間で運転された鮮魚特急貨物列車「とびうお」は、27時間の運転時間で到達することができ、出荷後3日目には魚介類をセリに出せることを可能にし、高い鮮度のものを市場に出して飲食店や一般家庭などに提供できることを実現したのでした。

 このように、空気ばね=エアサスペンションを装備した台車であるTR203形を装着した10000系高速貨車の登場によって、それまで一度発送したらいつ到着するかわからないという、国鉄の貨物輸送の常識を覆し、ヤード継走輸送から拠点間輸送へ転換させ、列車の到達時間を大幅に短縮させるとともに、空気ばねの最大のメリットである動揺と振動を抑えることで、荷崩れなどによる貨物の破損を最小限に抑えることを可能にしたのは容易に想像できるでしょう。また、当時は貨物列車にも車掌(列車掛)が乗務することは義務付けられており、それらの職員が乗る緩急車となるレムフ10000形やコキフ10000形は、貨車といえどもそれなりによい乗り心地であったため、ただでさえ過酷な乗務環境にさらされていた車掌にとって、10000系高速貨車の緩急車に乗務するときは相当の安心感があったと考えられるのです。

 このように、いいことずくめにも見える空気ばね台車であるTR203形でしたが、その一方で多くの課題を抱えていたことも事実でした。

 空気ばねはダイヤフラム形やベローズ形の空気ばねに圧縮空気を送り込むことで、初めてそれが機能します。

 トラックの場合、ブレーキ装置は一般の乗用車のような油圧ブレーキではなく、空気の圧力によって作動する空気ブレーキが使われています。そのため、圧縮空気を作り出すことのできるコンプレッサーが搭載されています。また、鉄道車両も空気ブレーキが使われていますが、電車や補機として同じくコンプレッサーが搭載されているので、ブレーキ装置はもちろんのこと、台車の空気ばねに圧縮空気を送り込むことができます。

 しかし、客車や貨車の場合は異なります。多くは金属コイルばねを使った台車を装着していたので、ブレーキ装置を作動させるための圧縮空気は機関車から送り込まれていました。そのため、自前で圧縮空気を作り出すコンプレッサーはありませんでした。当然、運用がある意味では「その日暮らし」ともいえる貨車に、コンプレッサーを搭載することなど非現実的でしたし、そんなことをしようとすれば製造コストはもちろんのこと、運用や保守にかかるコストの増大を招いてしまいます。

 

国鉄の貨物輸送は、いわゆる「ヨン・サン・トオ改正」まで最高速度は65km/hだったが、トラックの台頭によってシェアを奪われつつあったことから、これに対抗する意味もあって多くの二軸貨車の走行装置を二段リンク式に改造、75km/hへと速度を向上させた。これとは別に、さらなる運転速度の向上による輸送時間の短縮を目指し、最高運転速度100km/hで走行する特急貨物列車用として開発されたのが10000系貨車だった。重量の重い貨物を積んだ貨車が、100km/hで走行することから動揺や振動による荷崩れなどを想定したため、枕ばねに空気ばねを使ったTR203形が新たに開発され、これらの車両に装着された。貨車としては「贅沢」な台車であり、運用面でも保守面でも手間とコストのかかるものだった。この台車のおかげで、コキフ10000形やレムフ10000形に乗務する車掌にとって乗り心地のよいものだと好評だったという。(©永尾信幸, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)

 

 ところが、10000系高速貨車はそうした国鉄貨車の「常識」を打ち破った、空気ばね台車を装着させたのです。当然、これに送るための圧縮空気が必要でしたが、運用が他の貨車とは異なり一定程度固定化され、客車と同様の方法がとられたとはいえ、貨車であることに変わりませんでした。そのため、自前で圧縮空気を送り込むことはできなかったのです。

 そこで、10000系高速貨車で運行する列車には、これに対応した装備を機関車に施して、運用を限定することにしたのでした。

 

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この稿の続きは、6月8日に投稿予定です。

 

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