旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【15】

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《前回からのつづき》

 

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 時代は変わり、こうした電機品の技術も進歩してきたことで、EF62形は国鉄で初めて、本格的に電動カム軸式による制御装置を装備するとともに、機関士が電流計を見ながら適切なノッチを1段ずつ操作していた手動進段から、速度や電流値に基づいて自動でノッチ制御をする自動進段を、これまた国鉄で初めて本格的に採用したのでした。また、主制御器による進段とともに生じる電圧差を少なくするために、バーニア制御器も装備することで、ノッチ段数を多く設定して、細かい速度制御とトルク制御を可能にしました。

 ブレーキ装置は国鉄電機の標準的なものとして数多く使われ実績のある、EL-14AS形自動空気ブレーキと、長い連続した勾配を降りるときに生じる速度を抑えるための抑速発電ブレーキを装備しました。これは、連続勾配を降りるときに、重力の法則に従って加速することを抑えるためのもので、通常の踏面ブレーキを使い続けると制輪子が発熱してブレーキを破損してしまったり、動輪軸が加熱することで車輪のタイヤ部を歪ませてしまうなどしたりすることのないように、主電動機を発電機として使い、その負荷として主抵抗器を使うことで、主電動機に生じる回転抵抗をブレーキとしするものです。この方法では、制輪子や動輪のタイヤ部に発熱を生じることを防ぐことができる一方、制動力は主抵抗器の容量に左右されるため、勾配線区で運用される車両で抑速発電ブレーキを装備する場合は、大容量の主抵抗器も搭載していました。

 EF62形は長い連続した勾配の多い信越本線で使うことが前提だったため、この抑速発電ブレーキを装備していました。しかし、碓氷峠というひときわ勾配の厳しいところをおよそ10kmにわたって走行するので、この主抵抗器は大容量のものが採用されました。また、この大容量の主抵抗器は、発電ブレーキを使うほど多くの電流が流れてくるので、大量の熱が生じてしまいます。発電ブレーキの短所として、電気エネルギーを主抵抗器で熱エネルギーに変換するため、これを放熱する形で破損することを防ぐことを目的に、大容量の冷却用送風機を装備しました。そのため、車体側面には大型のルーバー窓が並べられ、外気との交換が容易になるように配慮されています。

 信越本線では本務機として運用することを前提とししていましたが、碓氷峠区間では下り列車で登坂するときには、列車の先頭に立つとともに、最後尾には補機である重連のEF63形の後押しを受ける計画でした。その一方で、上り列車で降坂するときには、列車の先頭に連結されたEF62形の前に、EF63形重連を連結した「前補機」による補助を受ける運用となりました。そのため、降坂時にはEF62形とEF63形の3重連で運転されることから、EF62形には協調運転用の総括制御回路が装備され、実際の運用では本務機となるEF62形と補機であるEF63形のうち先頭の車両にそれぞれ機関士が乗務し、運転操作はEF63形に乗り込んだ機関士が担いました。この総括制御回路を接続するため、試作車である1号機と第一次量産車にはKE63形を、25号機以降の第二次量産車にはKE77A形ジャンパ連結器を装備し、この区間を走行するときにはEF62形とEF63形重連が電気的にも連結(接続)された状態での運転となりました。*1

 このような特殊な運用方法のため、EF62形にはEF63形との間で機関士同士が協調運転のための運転操作にかかわる意思疎通をする必要から、無線機も搭載していました。落成時から搭載された列車無線機は、150kHz帯の電波を使う誘導無線でしたが、碓氷峠区間には数多くのトンネルがあるため、雑音がひどく聞き取りにくいなどの問題がありました。そこで、この雑音を解消して機関士同士の通信を聞き取りやすくすることと、麓にある横川機関区や駅などとも通信が可能になる、400MHz帯の空間波無線を使うことになり、トンネル区間では漏洩同軸ケーブル(LCX)を設置して電波の送受信をすることにし、1975年に無線機もこれに応じて交換されています。また、空間波を使うため屋根上には列車無線用のアンテナを追設しました。

 

EF62形とEF63形は、当初は150kHz(ラジオのAMよりも低い周波数)という中波帯の電波を使った誘導無線を装備していた。しかし、雑音が多く聞き取りにくいという欠点があったため、後に400MHz帯の極超短波帯を使った空間波無線に切り替えたものの、屋根上に設置したアンテナは短いため、利得が小さくノイズが入りやすく不安定だった。そこで、車端部にコーリニアアレイアンテナを追加して対応した。このアンテナは長いため、利得も大きくなり受信感度を高めることができた。アンテナ下部から伸びている同軸ケーブルが、車体に入り込んでいるのが分かる。(EF62 54〔田〕 碓氷峠鉄道文化むら 2025年5月4日 筆者撮影)

 

 150kHzという低い周波数の中波を使った誘導無線から、400MHz帯の極超短波による空間波無線に切り替えられたものの、屋根上に設置されたアンテナは長さが短くなってしまうため、電波を拾うことができる能力を表す受信利得が少なくなるため、特にトンネル挟んだ場合の受信強度が不安定なり、やはりノイズが入りやすく聞き取りづらい状況が続いたといえます。

 そこで、1990年に両エンドの運転席前に、コーリニアアレイアンテナという長いアンテナを追設しました。このアンテナは全長が長く、受信感度を表す利得を大きくすることができます。トンネルや山などで電波が弱くなっても、利得が大きい分だけそれを補うことができるのです。

 一般に、アンテナは使用する周波数の波長(λ)に対して、相応の長さを必要とします。そして、この長さが長いほど受信利得は高くなるので、屋根上に設けられたアンテナよりも、運転席前に設置されたコーリニアアレイアンテナの長さは大きくすることができるので、障害物の多い碓氷峠区間での受信感度を大きくして機関車同士はもちろんのこと、横川駅と軽井沢駅、そして横川機関区との間の無線通信をより確実なものにしました。

 

《次回へつづく》

 

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*1:

本務機となるEF62形は、補機となるEF63形と電気的に接続することはできるが、下り列車で登坂するときには、本務機が先頭に連結されるため、総括制御ができない。そのため、本務機にも機関士が乗務して運転操作などをするので、協調運転となった。