《前回からのつづき》
◆碓氷峠最後の補機 特殊装備を満載したEF63形
信越本線の碓氷峠区間を、従来のラック式運転の時代から、特殊な装備を持った補助機関車が不可欠でした。特に登坂時には補機による強力なトルクを、降坂時には過走しないための制動力を必要としました。ラック式運転時代はEC40形に始まるピニオン機構と発電ブレーキを備えた電機が、碓氷峠区間を通過するすべての列車に連結され、急勾配を安全に登り降りをさせていました。
1963年から粘着式運転に切り替えることが計画されていましたが、碓氷峠区間の急勾配を粘着式で走行可能な特殊な性能をもった電機の開発が計画されました。碓氷峠区間を含む信越本線全線で運用する本務機としてEF62形が開発されるとともに、従来のラック式電機であるED42形に代わる補機専用機としてEF63形も同時に開発されました。言い換えれば、この2つの形式の電機が揃って、初めて碓氷峠区間を粘着式運転で走行可能にするといえるもので、そのどちらかがかけてもこの計画は実現不可能だったと言えるでしょう。
最大66.7パーミルという急勾配を擁する碓氷峠区間では、特に上り列車、すなわち峠を降りる降坂時がもっとも条件が厳しいといえます。そもそも重さのあるものは、重力の法則に従って下に落ちていくものです。鉄道車両は重量が重いために、急勾配ではブレーキをかけなければ重力に引っ張られて、坂道を速度を上げて「落ちて」いってしまいます。
また、鉄道は自動車と異なり、路面との摩擦係数が大きくありません。自動車であれば、道路の路面=アスファルトとタイヤのゴムの間の摩擦が大きく、ある程度の制動力は望めます。自動車を一定程度の速度まで上げて、あとは惰性で走ったとしても、そのまま走ることができる距離はたかが知れています。
しかし、鉄道の場合は車輪の踏面とレールの頭部に起こる摩擦係数は小さく、起動が平坦であれば惰性で一定程度の距離を走ることができます。気動車であれば発車時にエンジンを、電気車であれば主電動機を回転させて加速し、一定程度の速度になると惰性で走行するのはご存知のことでしょう。この鉄道独特の特性により、貨車など比較的軽い車両を1両であれば、人力によって動かすことも可能なので、それだけ「転がりやすい」ものなのです。*1
このような摩擦に関する特性のため、急勾配を降坂するときには、過走を防ぐためには安定的で確実に動作し、指定された制限速度を保つことができるブレーキが必要なのです。
碓氷峠区間のように特殊な環境の中で、安全かつ安定的に走行できる装備と性能をもった車両は必要不可欠であり、特に補機専用機にはこれらの条件を満たす必要があることから、ED42形に代わり粘着運転に適した車両としてEF63形が計画されたのでした。
EF63形はEF62形とほぼ並行して設計されました。どちらも碓氷峠区間に適した装備をもった車両ですが、EF63形は碓氷峠のある横川駅−軽井沢駅間だけで運用することを前提とした、国鉄電機史上数少ない専用機でした。

EF63形をもっとも象徴するのは、やはり電車や気動車に連結され、補機としての存在感を示す姿だろう。国鉄の難所中の難所ともいえる碓氷峠を越えるため、多くの列車は列車重量を大幅に制限する必要があるため、自走できる電車や気動車といえども、この区間では自力走行が禁じられ、EF63形の力が必要だった。しかし、輸送力の面では制限が厳しいため、連結両数を増やしたい事情もあった。そこで、機関車と電車との「協調運転」という方法を実現するため、EF63形と電気的にも連結できる電車を開発、連結両数も大幅に増やすことを実現させた。(パブリックドメイン)
EF63形は下り列車として登坂時には列車の最後尾に連結して推進運転を、上り列車として降坂時には戦闘に連結して牽引する運用することを前提としました。また、常に2両1組で重連を組むこととしたため、車体の前面は貫通扉を設置した構造でした。EF62形も貫通扉を設置した構造でしたが、EF63形は貫通扉部分がほぼ垂直で幕板部分まで伸びており、幕板部には通風口のスリットが設けられていました。そして、貫通扉の左右にある前面窓の部分は後方に傾斜していたため、貫通扉部分が飛び出たような目立つデザインでした。
運転席・助士席の前面窓は他の国鉄電機と同様に、側面に回り込んだパノラミックウィンドウに準じたもので、前方視界を確保して機関士・機関助士の負担を軽減することを考慮していました。しかし、EF63形では、ガラス窓は金属抑えを採用したため、側面に回り込む部分は平面窓が採用されました。金属抑えとこの平面窓のために、非常に角張った厳しい印象を与える面持ちとなったために、「峠のシェルパ」と呼ぶにふさわしい力強く頼もしいイメージを与えたと考えられます。
また、前面窓には結露による窓ガラスが曇ることを防ぐためのデフロスターが装着しました。これは、山間部において外気温が低く車内の温度との差が大きい場合、湿気が窓ガラスに付着してしまうことによって起きる結露が、視界を遮ることがあるためでした。この装備は運転操作をする機関士にとって欠かすことのできない装備だといえます。
実際、筆者が門司区勤務時代に関門トンネルを走行するEF81形に添乗した際、トンネル内の湿気が車内に流入し、外気温との差で窓が結露して視界を遮りましたが、EF81形にはこれら熱線入りガラスを前面窓に装備していたにも関わらず、そのスイッチを機関士が操作しなかったのか、ほとんど前が見えないに近い状態になりました。もっとも、関門トンネル内に人が侵入することはないのが前提で、しかも通過時間はごく短いものだったのでトンネルの外に出るとものの数分で改善することや、トンネル内では閉塞信号機などが確認できればよかった(曇っていても信号機の灯火の色は確認できた)ことから、熱線入りガラスを作動させなかったのかもしれませんが、やはり欠かすことのできない装備であるといえます。
《次回へつづく》
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