旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

峠に挑んだ電機たち《第1章 国鉄最大の急勾配の難所・碓氷峠》【21】

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《前回からのつづき》

 

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 EF63形は急勾配区間だけで運用することを前提としていた特殊な専用機であるため、特にブレーキ装置にはこの形式でしかないものを装備していました。常用ブレーキにはEL14AS形自動空気ブレーキを装備していましたが、この他に、上り列車として峠を降坂するときに速度を制御するための発電ブレーキを搭載していました。

 この点では、EF62形など勾配線区で運用することを前提とした電機では、一般的な装備だといえますが、約10kmにも渡る連続した急勾配を降坂するため、発電ブレーキを作動させるときに負荷となる主抵抗器にかかる電流量は大きく、その発熱量も大きなものでした。そのため、勾配線区で運用する電機には、主抵抗器を冷却するための電動送風機もまた強力なものを装備するのですが、EF63形の場合は他の形式よりも発熱量が大きくなることを想定したので、強力かつ迅速に冷却することを目的に、電動送風機は4基搭載として、それにかかる電圧を通常の200Vではなく375Vに引き上げました。この電圧を高くすることで、電動送風機の回転は早くなるので、その分だけ冷却能力が高くなりますが、作動音も高くなるといった特徴がありました。

 また、途中の勾配上で緊急停車などをしたときを想定し、台車には電磁吸着ブレーキを装備していました。このブレーキは、通常の減速時などには使わず、あくまでも勾配上で停車したときに使うためのものです。勾配が厳しいところで列車が停車した場合、常用ブレーキとして使われる自動空気ブレーキによって車両を止めますが、それだけでは制動力が不足して予期せぬ逸走につながりかねません。制輪子と車輪の踏面との間に起こる摩擦によって制動力が発生しますが、列車の重量や勾配の角度など条件によっては、自動空気ブレーキの力だけではそこに留まることが不可能な場合も想定し、強力な摩擦を発生させて制動力を得るために、電磁吸着ブレーキを装備していました。

EF63形が装着する台車。上からDT155形(上野方)、DT156形、DT155形(軽井沢方)。台車中央にある枕ばねの真下に、異常時に作動させる電磁吸着ブレーキ(レールに平行する形で設置されている横長の金属製部品)が見える。(EF63 1 碓氷峠鉄道文化むら 2025年5月4日 筆者撮影)

 

 電磁吸着ブレーキは、台車に設置された大きな電磁石をレールに吸着させて制動力を得るブレーキです。このブレーキは車輪ではなく、レールに対して作動するので減速などでは使えません。万一使ってしまった場合は、レールの頭部を損傷するだけでなく、分岐器を通過してしまうと、それ自体を破損してしまいます。また、電磁吸着ブレーキは鉄心に巻いたコイルに電流を流すことで発生する磁界=磁力によってレールに吸着させて大きな摩擦力を得るので、停電時には使うことができない欠点がありました。

 加えて、自動空気ブレーキは元空気だめ管に圧縮空気がある限りは、ブレーキ装置が働き制輪子が車輪を挟み込んで制動力を保つことができますが、元空気だめ管に圧縮空気を送り続けなければなりません。ブレーキ管は可能な限り空気漏れが起きないように設計と整備がされていますが、完全に密閉することは非常に難しく、どこからか僅かな量が漏れてしまいます。元空気だけ管の空気圧が下がるとコンプレッサーが作動してこれを補いますが、そのためには電源が供給されていることが前提です。停電時にはこの電源が喪失するため、コンプレッサーを動かすこともできなくなり、僅かな空気漏れが続いた結果、ブレーキ管の空気圧は下がっていき、その結果として制輪子が車輪を挟む力が弱くなってしまいます。

 こうした停電時のブレーキ緩解による制動力の喪失を補うために、通常の鉄道車両では機械的に制輪子を作動させるための手ブレーキが装備されていて、特に駅や運転区所などで長時間車両を留置するときには、このブレーキを使います。言い換えれば、自動車のサイドブレーキと同じともいえるでしょう。

 しかし、平坦な場所でならこの手ブレーキを使って得られる制動力で十分ですが、勾配のある場所、特に碓氷峠区間のように急勾配では制動力が十分ではなく、最悪の場合は車両の転動につながる恐れがあります。

 そこで、EF63形にはこれらのブレーキを補完し、停電時にも制動力を得ることができるように、空気ブレーキのシリンダーに連結されているブレーキてこを機械的かつ物理的にロックする「カム式転動防止ブレーキ」を装備していました。

 さらに、何らかの理由によって過走状態に陥ったときに使う、電機子短絡スイッチと呼ばれる特殊な電気ブレーキも装備していました。通常は主抵抗器などとともに主電動機に接続して回路を構成しますが、このスイッチが投入されると主抵抗器など通常必要とされる機器を短絡し、直接主電動機だけで発電ブレーキ回路を構成して強力な制動力を得るのです。そして、碓氷峠区間では機関車3重連の550トンの列車重量が転動したとしても、わずか3km/hの速度に抑えることが可能で、万一の暴走を防ぐことを目的にしていました。

 しかし、このブレーキを作動させた場合、3km/h程度に速度を抑えることができたとしても、その発電量は約400Aという大電流が発生させることになり、それだけの電流を消費するための主抵抗器は短絡させているので回路上にないため、最終的には主電動機を破損させる危険もある「諸刃の剣」ともいえるブレーキでした。

 実際にこの電機子短絡スイッチが使われたのは1度だけで、1975年に上り単機回送列車として運行されていたEF62形2両+EF63形2両が、規定の25km/hを超えて過走状態に陥り、機関士は非常制動を試みたものの効果がなく、最後の手立てとしてこの電機子短絡スイッチを作動させたのです。結局、そのあらゆる努力も虚しく列車は脱線、築堤の下に転落する事故を起こしました。この事故により、EF62形2両(12,35号機)とEF63形2両(5,9号機)が廃車になってしまいました。

 

比較的多くが保存されたEF63形の中にあって、もっとも美しい状態で保存されているのがこの10号機だろう。旧横川運転所の検修庫内に収容され、風雨にさらされることなく、現役時代そのままの姿を保っている。隣に写る18号機も庫内に保存されているが、片側はシミュレータの運転台に改造されてしまっているので、原形を留めているのはこの10号機だといえる。(EF63 10〔横〕 碓氷峠鉄道文化むら 2011年7月18日 筆者撮影)

 

 このように強力な非常ブレーキを幾重にも装備していましたが、やはり最後の砦であり、使う状態にならないことが最も良いことです。そのため、EF63形には過速度検知装置も装備し、走行中は常に貨物列車で25km/hを、客車列車では35km/hを超えないで走行しているかを常に監視していました。万一、これらの規定以上の速度を超えて走行した場合、直ちに非常ブレーキを作動させて安全に停車させることを可能にするなど、幾重にも安全対策が施され、そのための特殊な装備を数多くもっていたのでした。

 

《次回へつづく》

 

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