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不定期で投稿させていただいております「コラム」。今回はコンテナに書かれていたマークについてのお話です。
1.国鉄時代の貨物輸送とコンテナ革命
筆者が鉄道マンとして貨物会社に入った頃、貨物輸送の主力はコンテナに移行している真っ只中でした。国鉄時代に始まったコンテナ輸送は、操車場を経由することなく、発駅から着駅まで列車は直行する拠点間輸送方式となり、輸送時間を大幅に短くすることを可能にした、当時としては画期的なものでした。
加えて、荷主が指定した場所で集荷し、指定された場所まで配送するという点でも、コンテナ輸送の大きなメリットでした。従来の車扱貨物では、荷主が発送する駅に貨物を持ち込み、荷受人が着駅に貨物を引き取りに行かなければならないという、現代の感覚で言うと使い勝手のよいものではなかったのです。
集荷や配送を申し込めば対応してくれたそうですが、料金は別に支払う必要があるとともに、対応してくれる駅は限られた上、配送については駅からその範囲も限定されるなど、あまり利用者の立場にたったとは言えない制度でした。極端な言い方をすれば、運びたい物を国鉄が指定する場所に持ってきさえすれば運んでやるけど、それ以外は国鉄の仕事じゃないから、別にお金を払ってくれれば引き受ける、というものだったのです。

国鉄時代の貨物輸送は「車扱貨物」と呼ばれる方式で引き受けていた。これは、原則として貨車1両単位で貨物を引き受けるとともに、発駅から着駅までは操車場を経由し何度も解放と連結を繰り返しながら辿り着くというものだった。そのため、一度発送すると到着までの時間は長く、数日から10日間はかかり、しかも確実な到着日時が直前にならないと分からないという、今となっては使いづらくあり得ない輸送サービスだった。(新鶴見信号場に停車する車扱貨物列車。これは、紙輸送に使われていたもので、荷主が1列車を借り切る形での運行だったため、民営化後もしばらくの間は残っていた。ワム80000形380000番台 ワム380310 新鶴見信号場 筆者撮影)
しかも厄介なのは、一度発送したらいつ相手に届くのか分からないという、輸送サービスとしては致命的な欠陥を抱えていました。貨物を送った荷主が、いつ届くのかと駅に問い合わせたところで、「そんなの、貨車に聞いてくれ」と言わんばかり、貨物の到着は数日から1週間かかるのが当たり前というものでした。
もっとも、このような「殿様商売」とも言って過言ではない貨物輸送は、ストの頻発もあって荷主の信頼を失い、仕舞には赤字を作り続けるだけの存在になり、国鉄の台所事情を悪化させるばかりになってしまいました。
使いづらい、いつ届くのかわからない、ヘタをすれば職員のストで運ぶこともままならないといった無いない尽くしの国鉄に見切りをつけた顧客は、トラック輸送へ切り替えるのも当然でした。慌てた国鉄は、コンテナを使ったサービスを始めるものの、時はすでに遅しと輸送量は減る一方でした。
2.民営化とともに変わる輸送スタイル
しかし、分割民営化によって新たに設立されたJR貨物は、顧客の要望や環境、輸送する貨物の事情によって車扱貨物は必要なものだけ残され、多くをコンテナ貨物に切り替えていきました。
そのコンテナは、JR貨物にとって一般の目に触れることが多い、数少ない「商品」です。いわばJR貨物という存在を、多くの人に知ってもらうことができる「走る看板」の役割をもっていたと言えます。
会社発足直後は国鉄から引き継いだコンテナを使わざるを得ませんでしたが、それだけでは依頼された貨物を運ぶことができるのに限度がありました。毎日休むまもなく使われるコンテナは、損耗の激しい物の一つです。国鉄から引き継いだ時点で状態が良くても、事故によって破損が生じたために廃棄されたり、経年による老朽化によって廃棄対象になったりするものです。そのため、コンテナはほぼ毎年に渡って置換えと補充が必要な備品なのです。
しかし、いくらコンテナを補充するにしても、国鉄時代のものをそのまま作り続ける、ということはできませんでした。民間企業になったJR貨物は、最も必要なコンテナといえども潤沢に予算をつぎ込むことはできません。可能な限り生産コストを抑えながら、効率よく輸送することができるコンテナを作らなければなりません。また、国鉄時代であれば自身が作るコンテナに顧客が合わせていましたが、民間企業になった以上は顧客の要望を汲み取ることも不可欠になりました。

分割民営化後、JR貨物は多くのコンテナを国鉄から継承して貨物輸送に使い続けた。しかし、コンテナは使う頻度が非常に高く、鉄道輸送に使う備品の中では最も損耗の激しいものの一つだといえる。また、コンテナの名容積を大きくとることにより、顧客のニーズに近づけることが可能であることから、損耗したコンテナの補充として新たに18立方メートルの内容積をもつ18A形コンテナを開発し量産した。この際、コンテナのデザインも大きく変え、青22号を基本にクリーム色の斜めストライプを入れ、従来はJNRマークがあったのに代えてJRマークを大きく入れることで、新会社に変わったことをアピールした。(©Gazouya-japan, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)
こうしたこともあり、従来のC20形やC35形のような国鉄から引き継いだコンテナを使いつつ、新たに設計したコンテナを製造・増備していました。内容積は従来のコンテナが17立方メートルから18立方メートルへ拡大させ、重さに比べて嵩張る貨物に対応した18A形をはじめとした新コンテナを登場させました。
この民営化後に制作増備されたコンテナは、側面にリブのない平滑な面があるなど、国鉄コンテナと比べて大きく異なりました。違うのはそれだけでなく、装いも青22号を基調としながら、クリーム色のストライプを基本にしたマーキングと、JRマークが描かれているなど、イメージを一新したデザインにもなりました。
(次回は9月7日に掲載の予定です。)
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