《前回からのつづき》
・緩急車の終焉、国鉄最後のダイヤ改正とワンマン化
1985年にダイヤ改正で、列車掛は車掌車や緩急車ではなく、機関車の後方に乗務する形に変更され、原則として貨物列車には緩急車を連結しないことに改められました。終戦直後、GHQが緩急車の連結を義務化する命令を発し、運転取扱規程を改定してから30年近く維持され続けた制度そのものが変わり、ついにその役目を終えたのでした。
そして、分割民営化を目前にした1986年に、国鉄最後のダイヤ改正をもって、貨物列車の列車掛の乗務が原則として廃止されました。これにより、貨物列車は機関士1名が乗務するのみの「ワンマン運転」へと移行し、長きに渡る2人以上の乗務は事実上終焉を迎えたのです。
貨物列車の緩急車連結の廃止により、多くのヨ8000形も余剰車として廃車の手続きが取られ、車籍を失ったことは解体待ちの列に並ばされることになります。車掌車の中では車齢も浅く、まだまだ使えるものが数多くあったにもかかわらず、鉄くずとして解体処分される日を待つという、悲運の末路をたどることになったのでした。

国鉄時代は、このような光景がよく見られた。特に1980年代に入ってからの貨物輸送は激減したと言っても過言でないほど輸送量が落ち込み、貨車1両だけで運行する列車もあったほどだった。写真のようにDD51形が牽くにはあまりにも軽い列車であるとともに、パワム(ワム80000形の通称)1両でも緩急車であるヨ8000形を連結し、列車係も乗務させなければならなかった。21世紀も四半世紀の視点から見ると、非常に効率が悪くコストがかかっていたことが窺える。(©Olegushka, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)
・民営化後の継承と限定的な活用
しかし、ヨ8000形は比較的新しい車両だったこともあり、ごく一部は新会社へ継承されるために車籍が維持されたものもありました。もっとも多く継承したのはJR貨物で、その数は148両と、全製造数の1割強程度が残りました。他にもJR東日本の55両をはじめ、旅客会社に少数が継承されたことで、全部で336両が残ることができました。
民営化後は、特にJR貨物に継承されたものは、国鉄時代に近い形で運用されました。甲種輸送や特大貨物では控車として活用されたり、JR貨物自身が新製した貨車の受領検査の試運転や配給列車では、車両所の検修職員が乗り込んで状態確認のために使ったりしました。

国鉄分割民営化後、ヨ8000形は経年の浅い車両が多かったことと、甲種輸送や特大貨物など緩急車の連結を必要と考え、100両以上がJR貨物に継承された。その後は数を減らしてきているが、甲種輸送では車両メーカーの係員の添乗用としてか強うされた。しかし、ヨ8000形自体の老朽化などによりその数を減らし、甲種輸送などでも車掌車を連結しないことが増えてきている。(©Goncyan, Copyrighted free use, via Wikimedia Commons)
その際、最後尾に連結されたとしても、国鉄時代のように後部標識灯は点灯させず、一般の貨物列車と同じく後部標識板を取り付けての運用だったため、殿を務めたとしても赤いランプを灯すことはありませんでした。これは、緩急車の連結廃止時に運転取扱規程が改められたことによるもので、機関車に牽引される車両は、その最後尾に後部標識板を掲げて最後尾であることを示すとされたのです。このため、後部標識灯を点灯させることができる車両も、例外を除いてあの赤い円盤を取り付けて運行する列車を見かけるようになったのです。
その後、年を追うとともにヨ8000形は徐々に姿を消していきます。23両のヨ8000形を継承したJR東海は、機関車をいち早く淘汰したことによって、2009年の時点で全車が廃車されまていました。また、最大数を継承したJR貨物も、老朽化と用途が少なくなったため、同年の時点で22両が残るのみにまで減ったのです。
2025年現在も車両製造工場から、発注主であり荷受人でもある鉄道事業者の最寄りとなる貨物取扱駅までの間を、甲種輸送で新車などを輸送する列車が運行されることがありますが、残念ながらヨ8000形を連結する姿を見かけることはなくなりました。この点でも、車両技術の進歩やそれに伴う合理化などによって、ヨ8000形の役割は狭められていったのです。
・異例の譲渡と最後の定期運用
ほぼ現役で活躍するヨ8000形が姿を消した中で、少々変わった目的のために大手私鉄に譲渡された車両もいました。JR西日本が保有していたヨ8000形8709号と、JR貨物が保有していたヨ8634号が東武鉄道に譲渡されました。
これは、JR北海道から借用したC11形蒸気機関車に東武用のATSが設置できないことによるもので、これら譲渡された2両のヨ8000形は、機関車の次位に連結されてC11形の代わりにATS装置を搭載したことによる措置でした。
列車の殿を務めることはなく、しかも次位に連結されるとはいえ、定期的に運行される最後の車掌車となったといえます。また、国鉄・JRの貨車が大手私鉄に譲渡されることも事態も非常に珍しく、東武鉄道の蒸気機関車の復活と動態保存として定期運用をするために、多くの鉄道事業者が車両の譲渡をはじめ、運転面、検修面でも多大な協力があったからこそ、2両のヨ8000形が現役で走り続けることを実現させたのです。
《次回へつづく》
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