《前回からのつづき》
キニ28形の前位側には、当然ですが運転台が設けられました。従来の荷物気動車は、旅客用の車両と同じデザインの前面だったため、運転台は低い位置に設置されていました。キニ28形では踏切事故などのときに運転士の安全を確保するため、キハ58系と同様に運転台は高い位置に設置されました。このことにより、運転士からの前面展望は改善され、信号機などの安全確認をしやすくなったといいます。
また、キニ28形は運転士の執務環境の改善も僅かながらに図られました。従来の荷物気動車であるキニ17形は、前面端部から乗務員室の仕切壁までの長さがわずか1280mmしかありませんでした。これでは運転士が座席に座ると、背中の直ぐ側には仕切壁があり、しかも前方にはブレーキ関係の空気配管などが立ち上げられれていたことにより足元は狭く、そして計器類を収めたパネルやマスコンやブレーキ弁などといった機器類が陣取っていたため、非常に窮屈な思いをしていたのではないかと考えられます。
このことは後に登場するキニ55形で改善が図られ、運転士側だけ奥行き長さを広げたことで、前面窓部分から仕切壁まで1725mmまで拡大されました。約500mm=50cmも広げられたことは大きく、人間工学に配慮した設計になったと言えます。そして、キニ28形では、これよりもさらに200m広げられた1940mmにもなり、さらに言えば運転士側だけでなく貫通路部分や助士席側も同様に広くなったので、乗務員室の面積そのものが大きく変化したと言えます。
荷物室は前述の通り、積み込んだ荷物を走行中に仕訳ができるように、床面は金属製のすのこになっていて、手駒を使って重い荷物を素早く移動させることができるようにしました。また、荷物車の中での作業は時間との闘いであったことから、今日では考えられないよう荒っぽい扱いがなされていたため、万一に側窓や開き戸の窓に荷物が当たったときに備えて、側窓は少なく、あっても荷物がぶつかったときに破損を防ぐため、金属製の防護柵を取り付けていました。
キニ28形は荷物車なので、乗務員室以外はすべて荷物室になっていました。前位側から運転台設置の乗務員室、荷物室、車掌室の順で配置されていました。荷物室は幅2740mm、長さ15,015mm、総面積は41.38㎡と広くとられていたため、車内での荷捌きも比較的しやすかったのではないかと考えられます。後位側には荷扱専務車掌と荷扱手が乗務する車掌室が設けられ、室内には執務机と椅子、休憩用の座席とトイレ、そして洗面所と水タンクが設置されていました。

キロ28形を改造した郵便荷物車のキユニ28形は、足回りなどの駆動系はキハ58系、車体は当時新製が続けられていたキハ40系をベースにしていた。そのため、運転台はキハ58系よりもさらに高い位置になり、前面の意匠もキハ40系そのものだった。老朽化したキハ55系などを改造した車両に代わって、地方幹線やローカル線での運用が多かったが、これは、郵便と手小荷物輸送が全国津々浦々で提供するユニバーサルサービスだったがゆえに、このような合造車が活躍する余地があったと考えられる。(©Olegushka, CC0, ウィキメディア・コモンズ経由で
キユニ28形は郵便荷物合造車であるため、車内の構造はキニ28形とは異なりました。
前位側から運転台を設置してた乗務員室、その次位に郵便室が設けられていました。郵便室は郵袋を積み込む幅1200mmの扉が設置され、ここに郵袋を置いていました。郵袋のまま輸送する護送便としても使うことができるとともに、郵袋から郵便物を取り出して区分する郵袋置き場としても使われたようです。そして、その後位には郵便物を仕訳する区分室があり、区分棚と消印を押すための消印台もあり、取扱便としても運用できる設備をもち、区分棚の上には郵便車の特徴ともいえる小さな採光用の窓が並んでいました。
郵便室の後位は荷物室で、ここを隔てる仕切壁と扉が設置されていました。これは、車両は国鉄が保有するものでも、郵便室は鉄道郵便局員が乗務すると郵政省の管轄になるためでした。郵便物には「通信の秘密」が保障されており、送達中は郵便局員以外は触れてはならない*1ことになっています。また、郵便物の中には現金書留のような貴重品も含まれているため、盗難など郵便事故防止の観点から、国鉄職員といえどもここに入ることは許されなかったと考えられます*2。
郵便室の後位側には、荷物室が設けられていました。全室荷物車のキニ28形と比べると面積は小さくなっていましたが、合造車でも足りる輸送量の線区であれば、半室荷物車でも十分だったと考えられたといえるでしょう。荷物室内の構造は、キニ28形と同じで窓には保護柵が設置され、床面は金属の簀の子とされました。その後位側には、キニ28形と同じ設備と構造の車掌室が設けられていました。
キニ28形、キユニ28形はともに冷房装置は装備していませんでした。種車となったキロ28形では接客サービスの観点からこれを搭載していましたが、郵便・荷物輸送という旅客が乗らない車両には、冷房装置を搭載することは考えられていませんでした。
郵政省が保有する郵便車には、車内で区分作業をする時に窓を開けてしまうと郵便物が風で飛ばされ紛失などの事故を起こす恐れがあったことと、特に夏場に窓を開けることができない場合、車内で区分作業などをする郵便局員にとって過酷な執務環境になってしまうことから、客車、電車、気動車を問わず冷房装置は標準装備でした。
しかし、国鉄が保有する郵便荷物合造車には、郵便室にも冷房装置は設置されませんでした。その理由はやはり、冷房装置を設置するだけの予算が組めないことでした。もはやこの時代、国鉄の台所事情は火の車状態であり、そのような「贅沢」な設備に回せるお金などなかったのです。
そのため、こうした車両に乗務しなければならない鉄道郵便局員は、ただでさえ揺れる車内で決められた時刻までに膨大な郵便物を捌かなければならないという過酷な労働環境の中で、夏場は気温も高くなるので、想像を遙かに超える過酷さがあったといえるでしょう。
積載できる荷重は、キニ28形は12トン、キユニ28形は郵便室が6トン、荷物室が6トンの合計12トンとなり、量刑式ともに最大荷重は同じでした。
前面は既にお話したように、高運転台構造であるため前面窓は高い位置に設けられるとともに、視界に優れたパノラミックウィンドウを採用していましたが、前面のデザインや構造はキハ58系のマイナーチェンジ車とは異なり、貫通扉の窓が運転士・助士席の前面窓よりも低い位置にある、当時製造が進められていたキハ40系と同一のものになりました。そのため。運転台は高運転台構造ではあるものの、キハ58系よりもさらに高い位置とされました。
キニ28・キユニ28形の走行装置関係は、種車となったキロ28形のものを再利用し、走行用のエンジンはDMH17H形を1基搭載していました。このエンジンは、このブログで何度もお話してきたDMH17系のもので、直列8気筒、排気量17リットルという比較的大きなエンジンですが、その出力は180PSに留まる性能しかない非力なものでした。
しかし、キハ58系を製造した当時、国鉄が気動車に使うことができるエンジンはこのDMH17系だけだったため、非力でも何でも使わざるを得なかったのです。改造時にキハ40系に搭載されているDMF15系に換装すればよかったのではと考えることもできますが、やはり新しいエンジンに載せ替えてしまうと、その分のコストは上昇してしまうので、国鉄としてはできるだけ安価に抑えたい考えから、エンジンの換装は含まれませんでした。
このエンジンに組み合わせた液体変速機は、やはり当時の国鉄気動車の標準ともいえるもので、振興造機製のTC-2A形と新潟コンバータ製のDF115A形のどちらかを採用していました。

国鉄形気動車の標準ともいっていいDT22形台車は、電車用のDT21系に属するものだった。枕ばねは金属コイルばねを使い、軸箱支持はウィングばねのペデスタル式だったが、DT21形と比べてDT22形は軸箱支持のばね高さを高くなっている。(©Mitsuki-2368, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)
台車も種車のものを活用したため、金属コイルばねを枕ばねに使い、軸箱支持はウィングばねを装備したペデスタル式のDT22/TR51形を装着していました。この台車は言わずもがなの国鉄電車・気動車の標準型ともいえる台車で、最高速度は100km/hで走行できるように設計されていました。
もっとも、国鉄時代はこのような速度で走る列車は一部の特急列車だけで、これに充てる車両は空気ばね台車を装着していたので、DT22/TR51形を装着した車両にそのような運用をすることは考慮されていません。キニ28・キユニ28形は特急列車のような高速で走る列車での運用は想定されていなかったため、特に問題はないと考えられたのでしょう。
《次回へつづく》
あわせてお読みいただきたい
*1:
書留郵便物は現金のほかに、キャッシュカードやクレジットカードなども含まれている。また、裁判所から送達される特別送達もある。そのため、紛失などは特に大きな事故として扱われるだけでなく、その損害を賠償しなければならなくなる。
*2:
このため、郵政省の管轄であるものの、郵便局で特に現業の職務に携わる者も国家公務員であった。郵便局員の殆どは郵政事務官ではなく、郵政外務か郵政内務の試験を受けて採用された者たっだ。また、年末年始を中心とした繁忙期には、正規の局員だけでは足らなくなることから非常勤職員(いわゆるアルバイト)を採用して業務に当たらせていたが、書留を含めて郵便物を取り扱う立場になるため非常勤の国家公務員(郵政外務)としての身分だった。筆者も高校時代に郵便局にアルバイトとして採用され、集配課に配属となって配達業務を担当したが、非常勤国家公務員としての身分を与えられ、現金書留を含めた書留郵便物の送達も担っていた。(今ではアルバイトに書留郵便物を担当させることはない)