旅メモ ~旅について思うがままに考える~

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悲運の貨車〜物流に挑んだ挑戦車たち〜番外編 ローカル線荷物輸送近代化を担うも短命で終わった荷物気動車【7】

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《前回からのつづき》

 

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■車齢など関係ない 荷物輸送の廃止とともに運命を絶たれた気動車たち

 1984年2月のダイヤ改正、いわゆる「ゴー・キュウ・ニ改正」は、日本の物流に大きな影響を与えたダイヤ改正だったといえるでしょう。このダイヤ改正では、多くは国鉄の貨物輸送に大鉈を振るったものでしたが、それは貨物列車だけでなく、郵便・荷物輸送にも大きな影響を与えたのでした。

 鉄道郵便輸送のうち、鉄道郵便局員が乗務して車内で区分作業をする取扱便が休止となり、区分室をもつ郵便車はその役割を失い、余剰車と化して廃車解体される運命を辿ることになります。護送便や締切便用の郵便車は残されたものの、それとていつまでも続くわけがなく、いずれ同じように消えゆく日が待ち構えていました。

 キユニ28形のように、国鉄保有する車両は郵便車のように、用途喪失=即廃車というほど残酷な(?)運命ではなかったものの、郵便荷物車の区分棚のある郵便室は不要な設備になってしまいました。

 

キユニ28形は、登場時は気動車一般色を身に纏っていた。キハ40系の車体設計を基本にしていたので、前面の意匠はキハ40系そのものだった。しかし、キハ40系は登場したときから首都圏色を身に纏っていたため、一般色で塗装されたものはなく、こうしてみると現代のリバイバルカラーに見えなくもなく、そしてある意味では新鮮にも感じられる。急行列車に併結されることもあったようで、キハ58系は気動車急行色、先頭に立つキユニ28形はそれを反転したような一般色という組み合わせも、なかなかお目にかかれないものだったといえる。(©Gohachiyasu1214, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)

 

 それにつられるように、荷物輸送も縮小していきました。定時性と確実性が求められる新聞のようなある一定の輸送量と定期的な利用が見込まれるものを除いて、同じ1986年のダイヤ改正をもって荷物輸送も原則として廃止、多くの荷物車もまた郵便車と運命をともにしたのでした。

 1978年から改造によって製作された、比較的新しいキニ28形、キユニ28形、そしてキニ58形も例外ではありませんでした。先輩格であるキニ26形などは一足早く1984年に廃車が始められたものの、改造からの経年が浅いキハ58系改造車は何とか生き存えたものの、世の中の潮流には逆らうことはできませんでした。

 1986年11月の国鉄最後のダイヤ改正をもって、鉄道による郵便・荷物輸送は廃止なり、これによってキハ58系改造車もまた仕事を失ってしまい、多くの車両は配置されていた区所の片隅に追いやられ、あるいは廃止になった旧操車場に連れて行かれ、そこの仕訳線に同じ命運を辿った車両たちとともに解体され消えゆく運命の列に並ばされたでしょう。そして、ダイヤ改正直後の1986年12月から廃車が始まり、翌1987年2月には車籍が残っていた車両が一斉に除籍されてしまいました。

 最初期につくられた車両は1978年改造なので、キニ28形、キユニ28形、そしてキニ58形としての車齢は9年、1番最後に製作されたキユニ28 28は高砂工場で1983年2月に落成したので、僅か3年半程度でその生涯を終えたことになります。もっとも種車となったのはキロ28 36で、1961年に新製されたのでトータルとしての車齢は25年にも及んでいたため、車体は新しくてもわざわざ改造してまで残す理由はなかったといえます。

 このように、改造から10年も満たずに短い生涯を終えた「悲運の郵便・荷物気動車」でしたが、これもまた時代の荒波に翻弄されたといえるでしょう。

 また、例によって現場が必要だからと言えば予算を割いて車両をつくってしまう、国鉄の悪癖の一つとも考えられます。荷物輸送の現状、事業の見通しなど具体的にもてていれば、このようなわずか3年で廃車になるという悲運の車両を生むことなく、同時にただでさえ潤沢でない予算を無駄に使わずに済んだと考えられます。そうした意味で、国鉄の無策に振り回された車両だったともいえるでしょう。

 今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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