旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

回想録 ディーゼル機を使った貨物駅での入換作業【2】

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《前回からのつづき》

1:横浜羽沢駅の場合

 筆者が勤務していた電気区(後に保全区)があった横浜羽沢駅は、比較的多くの列車が停車する途中駅でした。途中駅といえども到着や発送する貨物の量はそれなりにあったので、当時は昼夜を問わず駅構内をトラックやフォークリフトなどが走り回っていました。

 横浜羽沢駅に停車する貨物列車は、本線から場内に入ると着発線と呼ばれる線路へと、いくつかの渡り線を通過して進入してきます。そして所定の位置で機関車が停車しますが、その線路には駅の輸送係が必ず待機していました。

 下り列車と上り列車では機関車の位置が違うため、多少手順が異なっていたようですが、どちらにしても列車の到着時刻が近づいてくると、駅の輸送本部で待機していた輸送係は、あらかじめ立てておいた操車計画に基づいた位置に待機することになります。

 下り列車の場合、神戸方の先頭に機関車が連結されています(当たり前ですが)。列車によっても多少違いがありますが、多くは着発線で機関車と貨車を切り離していました。

(1)下り列車機関車を切り離して引き上げ線へ

 到着した下り列車の停車位置に待機していた輸送係は、列車が完全に停車したことを確認すると、機関士に入換作業の手順を通告します。機関士は運転台の側窓を開けて、輸送係からの通告を必ず受けます。互いに、どのような手順で入換作業をするのかを確認します。

「5071列車機関士さん、単機で引き上げ線へ移動してそこで待機です」

「単機で引き上げ線へ移動、そこで待機、オーライ」

 言い方は輸送係や機関士によって多少の違いはありますが、概ねこのようなやり取りがされます。

 この通告があったあとは、原則として機関士は勝手に車両を動かすことができません。動かすためには必ず輸送係の添乗と誘導が必要になります。もっとも、例外というものもあり、例えば入換信号機の現示に従う場合はこの限りではありません。

 ここでは、すべて入換標識の現示に従っての入換作業、つまり輸送係の誘導と指示に従っての方法で話を進めます。

 輸送係は機関士への通告と入換作業の打ち合わせを終えると、持っていた入換用無線機を機関士に渡します。以後の輸送係と機関士のやり取りは、この入換用無線機を使って行います。そして、後位側へと回り込み、機関車と貨車をつないでいる連結器を切り離す準備をはじめます。機関車と貨車の両方の連結器の解錠テコを上げて、どちらも解放できる状態にします。片方でも解放はできますが、このあとの作業で車両を連結するときに連結器の破損を防ぐため、必ず両方の解錠テコを上げなければなりません。

 解錠テコを上げると、次はブレーキホースの切り離しをします。機関車と貨車の間に体を入れての作業で、狭い空間でできるだけ手早く済ませなければなりません。ブレーキホースが接続されているコックを閉めることはさほど難しくはありませんが、ブレーキホースを切り離すのは至難の業だと言えます。両手でそれぞれのブレーキホースを握り、先端を捻じる(?)ようにして離すのですが、ホースの中には高圧の空気が充填されたままなので、これがかなりの力仕事だといいます。

 しかも油断をするとブレーキホースがあらぬ方向に飛び跳ねてしまうので、当たりどころが悪ければ骨折などもしかねませんし、体に当たらなくても車両に当たってしまってブレーキホースの先端を破損してしまっては、その後の運行ができないどころか、車両所や機関区へ修理のための臨時入場をさせる羽目になってしまいます。この作業を、車両と車両の狭い空間でしなければならず、輸送係は習熟しなければならないので、新人の駅員は相当な苦労をしているのです。

 無事に切り離し準備が終わると、輸送係は信号扱所との打ち合わせをします。

 輸送係と信号扱所の連絡方法はいくつかありますが、多くの駅では「トークバック」と呼ばれる通信機器を設置していました。線路と線路の間にある通路に設けた柱に、小型のトランペットスピーカーに似た音声通話装置や、通路の地上に高さ10cmほどの台形をした金属のフタのようなものの中に仕込まれた音声通話装置で、現場側で通話ボタンを押すと、信号扱所との間に回線が開いて、信号取扱をする輸送係(多くは指導職以上のベテラン)と会話ができます。

 

鉄道駅の構内において、車両の移動は信号あるいは標識によって行われている。入換標識や入換信号機がある場合、操車を担当する輸送係や運転操縦をする乗務員は、カナ選らずこれらの現示に従わなければならない。JRでは写真のような灯列式が使われ、標柱のある丸形の青白い灯火があれば「信号機」として、なければ「標識」として扱われる。前者は輸送係の操車誘導の必要はないが、後者の場合は乗務員のみでの車両移動はできない。(©運動会プロテインパワー, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)

 

 操車誘導をする輸送係は、トークバックのボタンを押して信号扱所を呼び出すと、事前の計画通りに引き上げ線へのルートを開いてもらいます。

「5071、単機でもって引き上げ線」

「単機引き上げ、オーライ」

 短い会話ですが、これで十分に伝わります。余計なことを喋ると、かえって混乱するので打ち合わせは簡潔で明瞭なことが求められるのです。

 信号扱所の輸送係は、信号操作卓の信号てこと呼ばれるスイッチを操作し、最後に進路を開くためのボタンを押します。このボタンを押すときには、1度だけでなく必ず2度押ししています。これは、機械ものなので万一動作不良などが起きた場合に備えて、確実な動作をするための操作だといいます(もっとも、この二度押しをするために、スイッチの消耗が激しくなって故障も多くなるので、保守には苦労させられましたが)。

 現在ではこのような機械的な信号操作卓はほとんど姿を消し、コンピュータ端末を使った方法に置き換えられているので、このような二度押しをすることはないようです。

 信号扱所の操作によって着発線から引き上げ線へのルートが開かれると、入換標識の灯火が「進行」を現示します。かまぼこ型の黒い信号機で、灯火は下に2個、上に1個の三角形状に並んでいます。通常は停止を現示するので、下の2個が灯っていますが、進行を現示すると左下の1個はそのままで、右下のものが消えて代わりに上の1個が灯ります。

 輸送係はこれを確認すると、機関車の先頭部にあるステップに乗り、腕を手すりに絡めるようにします。こうしないと万一揺れたときに振り落とされてしまい、よくて腕か脚を切り落とす重傷、最悪の場合は機関車に巻き込まれて命を落とすことになります。稀にかすり傷や骨折程度で済んだという話を聞きましたが、これはかなりの強運の持ち主でした。

 ステップに乗り準備が整うと、輸送係は入換用無線機のマイクを握ります。

「5071機関士さん、単機1両持って引き上げ線」

「単機1両持って引き上げ線」

 輸送係の短い指示に、機関士も確認の復唱をします。入換無線機を使っての通告も、機関士は必ず復唱をしなければなりません。

 機関士の復唱を確認すると、いよいよ輸送係は車両の移動を始めます。無線機を使った入換の場合、マイクに付いている入換合図のボタンを押します。すると、無線機からは「プー、プー、プー」という音が響きますが、この音が鳴っている間は機関士は車両を動かすことが許されるのです。

「短期1両もって引上線、前、オーライ」

 入換合図の音が無線機から聞こえると、機関士は単弁を操作してブレーキを寛解し、ノッチを入れて機関車を走らせます。入換作業中は最高でも25km/hまでしか出すことが許されないので、すぐにノッチオフになりますが、それでも巨大な車体をもった機関車が眼の前を通り過ぎる姿は圧巻でスピード感があります。なによりも、機関車は自重が重いので、レールの継ぎ目を通過するときの振動は相当なものです。

 こうして、着発線から電気機関車が離れていくと、そこにはコンテナをほぼ満載したコンテナ車だけが残されるのです。

 

《次回へつづく》※次回、この稿は11月5日(水)の投稿を予定しています。

 

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