《前回からのつづき》
国鉄で最も厳しい勾配を抱える難所の碓氷峠を越えるために、特殊装備を満載したEF62形・EF63形ほどではないにせよ、板谷峠をはじめとした勾配区間に対応した電機として1964年に開発されたのがEF64形でした。
EF64形は国鉄初の新性能F級機として開発された貨物用のEF60形の設計を基にしていたといえます。EF60形は開発当初はクイル式駆動を採用し、主電動機は出力390kWのMT49形を搭載していました。しかし、クイル式駆動がその構造からくる弱点が露呈したため、第2次車からは吊り掛け駆動方式に戻されるとともに、主電動機は出力425kWのMT52形に変わりました。このEF60形第2次車の基本設計は、後に製造される新性能直流電機に大きな影響を与え、EF65形にまで受け継がれていったのです。そして、EF64形もまた、主電動機はMT52形を搭載し、歯車比はEF60形よりも高速寄りに変更して1:3,83に設定したことで、旅客列車・貨物列車問わずに使える性能をもたせたのでした。
勾配線区に対応したEF64形は、これに対応するための機器も装備していました。特に連続した下り勾配を走行するときには速度を抑えるためにブレーキを多く使わざるを得ません。とはいえ、車輪を制輪子で挟み込み、その摩擦で制動力を得る踏面ブレーキを使いすぎると、車輪に生じた摩擦熱で過熱状態になり、火災や制動力を失って過走する危険が高くなってしまいます。
そこで、主電動機を発電機として使うことで、その抵抗力を用いて制動力を得るブレーキを使いますが、発電した電流を集電装置を通して電車線(架線)に戻す電力回生ブレーキ(回生ブレーキ)と、抵抗器に流して電気エネルギーを熱エネルギーに変換する発電ブレーキとがあります。

ED60形を嚆矢とする新型直流電機は、従来の先台車と先輪、そしてデッキを備え牽引力を台車枠から直接連結器に伝える構造から、台車枠から台枠を通し、そこに設置された連結器へと伝わる構造に変わった。これにより、動台車はボギー台車になったことで構造は従来機よりも簡素になった。EF64形は新型直流電機の中で勾配線区向けに設計され、平坦区間ではEF65形と同等の走行性のをもつが、連続した勾配を下りるときには過走を防ぐために抑速ブレーキとして働く強力な発電ブレーキを備えていた。この発電ブレーキを使うために、大容量の抵抗器とこれを冷却するために大型ブロワーを装備していた。このような重装備になったのは、EF64形はもともと板谷峠や上越国境といった急峻な線形をもつ線区への投入が前提であったためだった。(EF64 18〔塩〕 勝沼ぶどう郷駅前 2016年12月4日 筆者撮影)
回生ブレーキは発電した電流を架線に戻すことで、同じ線路を走る電機や電車が使うことができます。そのため、全体の消費電力を抑えることができるので、列車の運行コストを削減できるなど、効率性を高めることができます。その反面、回生ブレーキはすでに述べたように、同じ線路上に戻した電流を使う列車が走行していなければなりません。同じ回路上に負荷となる列車がいなければ、発電機にかかる負荷もなくなるので、回生ブレーキとしては使えなくなってしまいます。そこで、板谷峠に投入されたEF16形は、地上の変電設備にその負荷となる機器を整備することで、安定した制動力を得ることができました。しかし、その機器を維持するために、電力区の職員による保守管理を欠かすことはできず、運用コストもかかってしまいます。
そこで、EF64形は安定した制動力と、運用コストを抑えるために、発電ブレーキを装備しました。発電ブレーキは回生ブレーキと同様に、主電動機を発電機として使うことで、回転抵抗を制動力として使います。発電した電流を架線に戻す代わりに、機器室内に設置した大型の抵抗器に流して消費するのです。そのため、発電ブレーキの制動力は、抵抗器の抵抗値に左右されます。EF64形の場合、強力な制動力を必要とするため、その抵抗値も大きなものになっていました。
その抵抗器に流された電流は、電気エネルギーから熱エネルギーに変換されます。身近なものでいえば、オーブントースターや電気ストーブなどで、「弱」に設定すると消費電力は抑えることができますが、発熱量も少なくなります。逆に「強」に設定すれば、発熱量は大きくなりますが、その分消費電力も多くなるのです。発電ブレーキはこの現象を応用したもので、EF64形の抵抗器は大きいため制動力が大きくなる分、発熱量も大きくなるのです。
EF64形はこの大容量の抵抗器から発する熱を冷却すつため、非常に強力なブロワー(送風機)を装備しています。その音は遠くからもそれとわかるほどで、「騒音」といっても過言でないほどでした。

新鶴見機関区の「中線」と呼ばれる仕業検査庫脇に留置されているEF64 50重連。誘導用ステップに乗るのはJR職員時代の筆者で、着用している防寒着から入社間もない1991年の冬頃と思われる。EF64形は強力な発電ブレーキを使うため、大容量の抵抗器と、これを冷却するための強力な大型ブロワーを装備していたため、走行時はEF65形とは比べものにならない「騒音」をまき散らしていた。この音は、線路内に立ち入って作業するときに、遠くにEF64形がいても聞き取れるほどで、EF64形が多く出入りしていた八王子機関区構内では、車両の接近を識別するのに役に立つほどだった。新鶴見機関区構内でもそれは同じだが、日中にEF64形が入出区するのはあまりないので、ブロワーの音が聞こえてくるとつい手を止めて眺めてしまったものだった。(EF64 50〔篠〕 新鶴見機関区 1991年冬頃 筆者撮影)
実際、筆者が鉄道職員時代に新鶴見機関区や八王子駅で線路内で仕事をしているとき、遠くからブロワーの発する轟音を聞くと、「ロクヨンが来た」と分かるほどでした。特に重連、まれに三重連を組んだEF64形から聞こえてくるブロワーの音は、100m以上遠くからでも聞こえるほどで、まるでいくつもの掃除機を一斉に動かしたようなものでした。
これだけの音を轟かせるほど強力なブロワーを装備しているのは、やはり大容量の抵抗器と、それか得られる発電ブレーキの制動力のためでした。抵抗器が熱をもったままの状態で放置するとやがてそれは赤熱化し、抵抗器が溶断して故障につながり、発電ブレーキの制動力を失います。それだけでなく、最悪の場合は火災が発生して大事故にも繋がりかねません。そのため、騒音を轟かせようとも、強力なブロワーは欠かすことのできないものなのです。
《次回へつづく》
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