旅メモ ~旅について思うがままに考える~

元鉄道マンの視点から、旅と交通について思うがままに考えたことを紹介します。

峠に挑んだ電機たち 第2章 奥羽山脈越えの隘路、33.0パーミルの板谷峠【13】

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《前回からのつづき》

 

 1968年に奥羽本線の交直切換とともに、福島機関区に9両が配置されて運用に就き、急行「津軽」や旅客列車、貨物列車などに使われました。もっとも、初期の頃はED78形の補機としての役割を担い、福島ー米沢間での運用で一部の列車を山形まで列車を牽く程度でした。ところが、1970年になるとED78形が奥羽本線だけでなく仙山線の運用に軸足を移したことにより、EF71形は山形までの列車を牽く本務機として使われることが多くなったのでした。このことにより、本務機と補機の区別が曖昧になってしまうことになりました。

 また、この年から寝台特急「あけぼの」の運用にも充てられるようになりました。当時の「あけぼの」は20系客車で運転されていましたが、13両編成を組むこの列車は書類上、EF71形単機で十分な列車重量だったため、単機でその先頭に立ちました。ところが、実際には列車重量が超過していたことによる空転が頻発し、応急的に補機としてED78形やEF71形と重連を組んでこれを乗り切りました。その後、1977年の調査によって、20系客車の不燃化改造や汚物循環装置の追加といった改造によって、列車重量がEF71形単機では手に余るほどの増加をしていたことがわかりました。書類上だけの重量で大丈夫であると判断し、実際には重量釣果をしていたあたりや、その原因調査まで7年も時間が経っていたことなど、今日の鉄道輸送では考えられない程なんとも後手な対応をするあたりは、ある意味国鉄らしいともいえるでしょう。

 この調査の結果、単機牽引での重量超過であったことが判明したため、空転を頻発させた季節には13両から11両の減車して編成を組み、さらに補機の連結を必須としたことで、「あけぼの」の定時運行を確保したのでした。

 EF71形の運用で特筆すべきことは、気動車特急「つばさ」の補機運用といえます。「つばさ」は当初、キハ80系を使った列車でしたが、DMH17系エンジンの非力さから板谷峠を越えることは困難でした。そこで、EF71形を補機として充て、峠を越える気動車特急を支えたのでした。

 

国鉄初の特急形気動車であるキハ81系、その発展増備形であるキハ82系は、非電化幹線における特急網を広げるものと期待された。しかし、搭載するエンジンが大型で排気量も大きく、その割には出力が小さいDMH17系であったため、平坦線区では何とかつかうことができたものの、勾配線区ではより強力なエンジンの登場を待たなければならなかった。しかし、その登場を待っていては、地方幹線の特急の気動車化は遅れることになるため、やむなく一部の勾配線区でもキハ82系が投入された。奥羽本線の「つばさ」もキハ82系に替えられたが、やはり非力なDMH17系エンジンだったため、板谷峠越えはEF16形などの補機の助けを借りなければならなかった。(©Gohachiyasu1214, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)

 

 1970年に「つばさ」の運行に充てられる車両がキハ80系から、大出力機関を搭載したキハ181系に変更されると、EF71形の補機連結が解消されました。500PSという強力な出力をもつDML30HSC形エンジンを搭載したキハ181系であれば、板谷峠も補機なしで越えることができると考えられたためでした。

 しかし、現実には国鉄の目論見どおりとはいきませんでした。キハ181系は山岳線用の特急形気動車として開発されましたが、冷却系に大きな問題を抱えていました。大出力エンジンを常に高回転で稼働させることが多い山岳線での運用には、確実な冷却機構が必要でした。もっとも高い冷却を得ることができる冷却ファンは、車両重量の増加やファンが駆動するときに振動や騒音を発するため、ただでさえエンジンの振動や騒音が発生するので、静粛性を求める特急用としては好ましいものではありませんでした。また、悪いことにDML30系エンジンを初めて搭載した試作車であるキハ90系の試験でも、満足な結果が得られてなく、未だ開発途上の真っ只中であるにもかかわらず、国鉄の車両設計に携わる技術陣は、キハ181系の開発を急いでしまったのでした。その結果、キハ181系では冷却ファンを使わず、屋根上に自然通風式ラジエターを配置することで解決しようとしたのでした。ところが、勾配を通過するときにはどうしても運転速度が低下してしまい、屋根上のラジエターに十分な冷却風が当たることがなく、その結果オーバーヒートなどの故障を頻発させてしまったのです。

 また、「つばさ」に投入されたキハ181系は、板谷峠を補機なしで運転されるようになりましたが、冷却不足による過熱のほかに、変速機の不調という問題を抱えていました。その結果、走行中にもかかわらず不調となった車両のエンジンを停止させる「エンジンカット」も行われるようになり、ますます板谷峠を単独で越えることを困難にしてしまったのでした。

 

キハ82系が非力なDMH17系エンジンを搭載していたため、国鉄も当初から勾配線区での運用には不向きであることは承知の上で、「つばさ」に投入していた。一方で、強力な新型エンジンであるDML30形が開発され、これを搭載したキハ181系が登場すると、「つばさ」の運用もこれに置き換えられた。強力なエンジンを搭載したことで、板谷峠越えは補機なしでの運用もできると期待されたが、実際には連続した勾配を走行するには低速にならざるを得なく、しかも冷却系が自然通風に頼ったため、低速走行では満足な冷却風を得ることができず、結果としてオーバーヒートを頻発させてしまった。結局、キハ181系にも補機がつけられるようになってしまい、EF71形がその役を担った。(©Gohachiyasu1214, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)

 

 そこで、キハ80系じだいと同様に、キハ181系に置き換えられた「つばさ」にも、EF71形が補機として連結されるようになり、ようやく定時制を確保するに至ったのでした。キハ181系にとっては山岳線用として開発されたにもかかわらず、結局は補機を必要とされたことで屈辱的な扱いになりましたが、EF71形にとっては本来の補機としての運用に充てられた格好になったのでした。

 

《次回へつづく》

 

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