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峠に挑んだ電機たち 第3章 今も残る補機運用 川の水を分かつ安芸国の隘路・瀬野八【2】

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■瀬野八用補機は戦前製省形電機EF53形・EF56形改造のEF59形

《前回からのつづき》

 

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 非電化時代の瀬野八は、蒸機が補機として活躍しました。その時々の主力機が補機としての役割を担い、2100形(B6)や9600形、D50形、C59形もその運用に充てられましたが、1962年に広島まで電化工事が完成すると、瀬野八も電化されたことで補機も電機に交代していくことになります。

 瀬野八用補機専用機は、碓氷峠板谷峠の車両とは少しばかり異なりました。

 急勾配用の補機専用機としてまず思い浮かべるのは、碓氷峠用の特殊装備をもったEF63形でしょう。最大66.7パーミルという国鉄でもっとも厳しい勾配を上り下りするため、粘着力を確保するための軸重配分と、下り坂で確実に速度を抑えることができる発電ブレーキ、そして非常時に使う電機子短絡スイッチなど、重装備の機関車です。

 また、板谷峠用のEF71形も、EF63形に匹敵する装備をもっていました。EF63方との違いは交流機であることはもちろん、抑速ブレーキとして回生ブレーキを使うことや、そのために当時としては最新のサイリスタ位相制御を採用したことです。

 どちらもその特殊な構造と性能であるために、EF63形は碓氷峠区間から出たことはなく、EF71形も板谷峠を含めた奥羽本線以外での運用はありませんでした。国鉄の電機としてはそれほど特殊なものだったのです。そして共通するのは、これらの隘路のために開発され、そして新製されたことでした。

 瀬野八の電化とともに補機専用の電機を必要とした国鉄は、新たな車両を開発することになります。とはいえ、碓氷峠板谷峠のような急勾配というよりは、瀬野八の場合は25パーミルの勾配が10kmにわたって続くという条件であるので、電機子短絡スイッチのような重装備である必要がないことや、補機を連結するのは上り列車だけであって、下り列車には連結せず、補機としての運用を終えたら回送列車として坂道を降りるため、列車全体の速度を抑える制動力は要求されませんでした。

 1963年に瀬野八用補機専用機として製作されたEF59形は、EF63形やEF71形のように新造機ではありませんでした。かつては東海道本線の特急列車を牽いた栄光の歴史を持つものの、後継であるEF58形などのその役割を譲り、すでに旧式化した戦前製の省形電機であるEF53形とEF56形を種車に、改造によって製作されたのでした。

 もっとも、瀬野八用補機を開発する際に、最初から改造することが前提ではありませんでした。国鉄でも、瀬野八用補機として新たな車両を開発することは考えられていたようで、EF60形を基本に補機としての性能・装備をもった新形式を開発することも遡上に乗ったようです。また、EH10形やED60形の改造案も考えられたようですが、電車化によって余剰化するEF53形とEF56形を活用する案が採用されたのでした。

 

長らく蒸機による補機運用が続けられてきた瀬野八は、1962年に広島まで電化工事が完成すると、旅客列車のほとんどが電機牽引に代わった。しかし貨物列車は蒸機のまま残ることになり、煤煙の問題や電化区間で蒸機が走ることによりトロリ線など電車線(架線)の汚損が問題になった。特にトロリ線に煤煙の煤がこびりついた状態になると、パンタグラフの集電舟とトロリ線の間に僅かな隙間が生まれ、ここに火花が発生しやすくなる。その結果、トロリ線の溶断や集電舟の破損など重大な事故を引き起こしかねないといった問題になっていったことから、貨物列車にも使うことができる補機専用機の登場が待たれた。そこで、省形旅客用電機であるEF53形を種車に、新たな補機専用電機を改造製作することになった。EF53形は高速で走行することを前提とした旅客用機であるため車両全長が長く、特に車体前面から先に延びた先輪とその上に設けられた広いデッキが、その特徴の一つであった。(EF53 2(EF59 11から外観のみを復元) 碓氷峠鉄道文化むら 筆者撮影)

 

 EF53形とEF56形はその形式名が示すように、もともとは旅客列車用の電機でした。旅客用電機は歯車比を高速よりに設定しているため、引張力は劣りますが、加速力が高いことや定格速度が速いため、高速で走行することができました。

 しかし、勾配を駆け上がるための補機に必要なのは、高速性能ではなく重量のある列車を押し上げる力です。貨物用機のように歯車比を低速よりに設定した車両であれば、トルクを大きく取れる分重量の重い列車を押し上げることは容易です。

 そこで、EF53形からEF59形への改造は、この歯車比を変えることから始まりました。

 EF53形の歯車比は1:2.63、定格速度は68km/hまたは72km/hで、高速走行に特化したものでした。トルク力を確保するため、歯車比を1:3.76と低速よりに変え、定格速度は51km/hになりました。その代わりに、引張力はEF53形では8,500kgしかなかったものが、EF59形への改造によって11,700kgと大きく変化し、大きなトルク力を得ました。

 とはいえ、急勾配区間の補機専用機としては引張力も弱めで、比較的高速で運行することができました。碓氷峠用のEF63形は、歯車比が1:4.44、定格速度は39km/hとかなりの低速でした。引張力は23,400kgとEF59形と比べても大きくとられていましたが、これは碓氷峠の66.7パーミルという急勾配に対応するために与えられた性能だったので、瀬野八の特性が現れているといえるでしょう。

 瀬野八では、旅客列車は単機で、貨物列車は重連で運用することを想定していました。そのため、EF59形には重連総括制御装置が追加され、そのためのジャンパ栓と釣り合い管、元空気だめ管の連結ホースも装備しました。

 

戦前の省形旅客用電機に共通する先輪部とその上には広いデッキを備えていた。旧形電機は主台車は鋼板や鋳鋼によってつくられ、F級機のそれは2軸ボギー式に比べて長かった。主電動機から発生する牽引力は主台車の台車枠に伝わり、さらに車端部に連結された従台車とそこに設置された連結器に直接伝えられていた。しかしこの構造では主台車がなくなり、曲線通過時には連結器の横方向のブレが大きくなってしまうため、これを抑えるために従台車と先輪が必要になった。旅客用機は高速走行時の安定性を重視したため、このような先輪2軸の従台車になっていた。写真はその構造が分かりやすく、左端の連結器は従台車の台車枠に設置され、そのまま従台車は右側にある主台車に連結されている。EF53形は戦前製であるため、リベットを多用した工作方法が採られているのも分かる。(EF53 2(EF59 11から外観のみを復元 碓氷峠鉄道文化むら 筆者撮影)

 

 瀬野八では他の急勾配区間で補機を必要とする線区では見られない、特殊な運用も前提としていました。これは蒸機時代から行われていたもので、走行中に列車から補機を解放するというものでした。この走行中解放のために、東京方、すなわち1エンド側の連結器を解錠するための自動解錠装置も追加されました。

 こうした瀬野八用の装備と必要な性能をもたせる改造を受けたEF53形は、まず2両が1963年にEF59形と形式名を改め、瀬野機関区に配置されて、瀬野ー八本松間での後補機運用に就きました。

 

《次回へつづく》

 

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